下り階段の先に

 下り階段へ突き飛ばされたフレアはバランスを取れず、尻もちをついていた。幸い段数が少なく、大したダメージは受けていない。

「……クロス君は大丈夫かしら」

 フレアはゆっくりと立ち上がる。

 クロスは、操られたブライトの十文字槍に刺されていた。無事ではない。

 このままブライトが猛攻を続ければ、最悪の事態が想定される。

 フレアは首を横に振った。


「大丈夫になるように、操り手のイクリプスを倒さないと」


 フレアは深呼吸をして辺りを見渡す。壁に備え付けられた数個のランタンに照らされて、視界が保たれている。そして、大きな特徴がある事に気づく。

 壁や床に複雑な紋様が描かれている。

「何の紋様かしら?」

「魔力封じだよ。僕以外の魔術師は魔力を振るえなくなるんだ」

 ねっとりとまとわりつくような声は、階段の陰から聞こえた。

 長い黒髪を生やす男が立っていた。黄金色の装飾を施した、白い礼服に身を包んでいる。

 男は嫌らしい笑みを浮かべた。

「ブレス王家のフレアだね。いかにも平和ボケをしていそうだ」

「いきなり失礼な人ね。イラつく事でもあったの?」

 フレアはムッとして尋ねると、男は低い声で笑った。

「僕は楽しんでいるよ。ドミネーションのエージェントや、世界警察のエースを思い通りにできるなんて、最高だ」

「……あなたがみんなを操っているのね。イクリプスで間違いないわね」

 フレアは警戒心を露わにした。


「楽しんでいるというわりには、ちょっとイラついているように見えるけど……もしかして、眠いの?」


「変な所で鋭いね」


 イクリプスから笑みが消えて、殺意が浮かぶ。

「早く誰か死んでくれないかな」

「そんな不穏な事を考えるなんて……よほど疲れているのね。早く寝た方がいいわ」

「本気で言っているのか? 僕を殺そうとしている人間がいるのに」

 イクリプスは露骨に溜め息を吐く。

「察しが悪い子は嫌いだよ」

「さっきは鋭いと言っていたのに」

「変な所でとも言ったよ」

「眠いのは本当なのね。睡眠不足は美容と健康の大敵よ」

 イクリプスは拍子抜けしたように、ぽかんと口を開けた。

 フレアは畳みかける。

「みんなを操っていなければ、私があなたと敵対する理由はないわ。あなたが魔術を消すのがお互いのためだと思うの」

「……僕は銀髪野郎とクロス、そして君に死んでほしいけどな」

 銀髪野郎とはシェイドの事だろう。

 フレアは両腕を組んでうなった。

「簡単に死にたくないわ。あなただって殺されるのは嫌でしょう?」

「僕は君を対等な人間とは思わないよ」

 イクリプスは歩き出す。

「眠気覚ましをしながら、ゆっくりと彼らに死んでもらおう」

「眠気を解消する方法を思いついたの?」

 フレアは両目をパチクリさせた。

 イクリプスはニヤついていた。

「そうだよ、女の悲鳴や泣き顔は興奮する。君には慰み者になってもらう」

「え……?」

 フレアはイクリプスが何を言っているのか理解できなかった。

 困惑している間に、フレアは両腕を掴まれる。

「何するの、放して!」

「いいね、その表情がいいよ」

 イクリプスのまとわりつくような笑い声が耳につく。

 フレアは悲鳴をあげて暴れた。

 イクリプスの手を振り払い、無我夢中でパンチやキックをした。

 気が付いたら、イクリプスはうずくまっていた。

「えっと……」

 フレアは呆けた。体力に自信は無かった。格闘なんでできなかった。

「イクリプス、本当に消耗していたのね」

 ここまで呟いて、慌てて階段を昇る。敵の心配をしている場合ではない。

 そして、階段の先にある天井――王城の床につながっている――を何度も叩いた。

「クロス君、どうすればいいの!? お願い、返事をして!」

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