ドミネーションの動向
セレネの行方
夕暮れ時の迫る空を、一人の女性が飛んでいた。長い銀髪と、上下の分かれた白い囚人服を向かい風になぶらせていた。
女性の名前はセレネ。犯罪組織ドミネーションのエージェントであり、優秀な魔術師だ。空を飛べるのも、彼女が魔術を使っているからである。
しかし、彼女は自分の意思で飛んでいるわけではなかった。口は半開きで、青い双眸に生気はない。何者かに操られているのだった。
その何者かは、ブレス王国の王城の裏門に立っていた。
黒く長い髪を伸ばしている男で、黄金の装飾を施した白い礼服を身に着けている。
セレネは、男の前に降り立って跪いた。
「イクリプス様、遅くなって申し訳ありません」
無表情で、抑揚なく言っていた。
イクリプスと呼ばれた男は満足そうに頷いた。
「そうだね、待ちくたびれたよ。どうやってお詫びをするのかな?」
「この身体と心を捧げます」
セレネが感情のこもらない声を発すると、イクリプスはセレネの銀髪を乱暴に頭上へ引っ張った。
「お詫びの姿勢をこれっぽっちも感じないよ。もっと気持ちを込めて」
イクリプスに操られている状態で気持ちを込めるなど無茶な話だ。
しかしセレネは反抗を示す事ができない。
「申し訳ありません」
「適当に謝ればいいと思っているのか? お仕置きが必要だね」
イクリプスが残忍な笑みを浮かべる。
セレネの青い目に生気が戻る。セレネは両目を見開き、辺りを見渡した。
「ここはどこ? 私はいったい……!?」
戸惑うセレネの視界に、イクリプスが入る。
イクリプスはセレネの銀髪を掴んだまま、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「君は僕の奴隷だ。逆らう事は許されない」
「この声は……あなたがイクリプスですね! アクア・ウィンド、ルースレス・ナイフ」
セレネは呪文を唱えた。風のナイフで相手を切るものだ。
しかし、魔術は発動されなかった。そよ風が吹くだけだった。
「なんで……?」
「僕の魔術スレイブ・コントロールは優秀なんだ。好きな時に意思を奪って、魔術を抑えたり発動させたりできる。君の魔術をシェイドとかいう銀髪野郎に向ける事だって簡単だ」
「そんな……やめてください! 私はこれ以上あの方の足を引っ張りたくありません!」
「それは僕が決める事だね。何度でも言うけど、君は奴隷なんだ。奴隷らしく振る舞いなさい」
イクリプスの嘲笑がこだまする。
セレネの顔に絶望が浮かぶ。
そんな時に、場違いに陽気な鼻歌が聞こえた。
「イクリプスが王城から出るなんて珍しいわね」
裏門から人影が現れる。水色のマーメイドドレスを身にまとった、金髪を結い上げた色白の女性だ。エメラルド色のレースを肩にかけて、妖艶に微笑んでいる。
「私に内緒でセレネを自分のものにするなんてズルいわ。生きているなら教えてくれなくちゃ」
「……またドレスを代えたんだね、エリス」
イクリプスが冷や汗を流して視線をそらすと、エリスは口の端を上げた。
「勝手に話題を変えないでくださる? セレネは私のもの。そうよね?」
「そ、そうだね。君のものだよ。念のために自由に魔術を扱えないように仕組んだけどね」
イクリプスがセレネの銀髪から手を離す。
セレネは一度地面に崩れ落ちたが、すぐに起き上がってイクリプスを睨む。
「その男は私を奴隷と言いました。ドミネーションのエージェントとして抗議します!」
「あら、奴隷でしょ?」
エリスが思わぬ発言をしたために、セレネは唖然とした。
エリスは口元に片手を当てて上品に笑う。
「ドミネーションのエージェントは、ドミネーションを守るための駒に過ぎないわ。奴隷と呼んで差し支えないでしょう」
「しかしながら、私たちは誇りを持っています! 神やシェイド様も同意してくださるはずです!」
「この私に口答えするの? ファントム・ジュエリー、ヴェイカント・シェル」
エリスが呪文を唱えると、セレネの足元に白い複雑な文様が生まれる。
セレネの身体は動かない。深海に沈められた錯覚に陥っていた。
口も動かせない。
そんなセレネの両頬に、エリスが手を添える。
「綺麗な顔立ちね。あなたはもっと美しく着飾らなくちゃ。女性として生まれた事を大切にして。それと……」
エリスは、物音立てずに場を離れようとするイクリプスに鋭い視線を送る。
「私のお気に入りをイジメるのはダメよ。ファントム・ジュエリー、ダイヤモンド・ミスト」
大気がキラキラと白く輝く。光る妖精が乱舞するような、不思議な光景だ。
次の瞬間に、イクリプスの右足に透明な固体がまとわりついた。材質はダイヤモンドだ。イクリプスが両手で殴っても、ビクともしない。
イクリプスは悲鳴をあげて何度も頭を下げた。
「許してくれ! 今後は君の許可なく君のお気に入りに何かしようなんて考えないから!」
「分かってくださるなら結構よ。私の心は海より広いから」
エリスは微笑んで二つの魔術を消す。白い文様は風に流され、大気は輝きを失いもとに戻る。イクリプスの足にまとわりついていたダイヤモンドも消えていた。
セレネはせき込み、イクリプスはその場でガクガクと震えていた。
エリスはセレネの右手を引っ張り、王城に戻っていく。
「さあ、セレネをちゃんとした女性にしなくちゃ」
セレネは複雑な気持ちだった。誰にも聞こえないように呟く。
「エリス様のご厚意を無駄にしたくありませんが……私には私の生き方があります」
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