頑張った

 フレアは嬉しかった。

 一度は失敗したエリクサー作りを、ローズと協力して成功した。それも、大量に作った。大成功と言っていいだろう。

 円錐状の八つの花にたゆたう虹色は、混じりっ気のないエリクサーの証であり、見る人を虜にする。

 フレアの両目は輝き、胸の内は熱くなった。


「私だってやればできるんだ。暴走を制御できるんだ」


 赤い光の柱は、いつの間にか消えていた。フレアの想いに応えて、エリクサーの養分となったのだろう。

 ブライトが拍手した。

「よく頑張ったね」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

 フレアは、ブライトに駆け寄って抱き着いた。

「もう魔術の暴走で迷惑を掛けないわ!」

「いい心掛けだけど、無理をしないで。今回はローズに感謝しよう」

 ブライトはフレアの赤髪を優しくなでる。

 フレアはコクコクと頷いた。ブライトから離れて、ローズに笑顔を向けた。


「本当にありがとう、自信が出たわ!」


「私のような天才美少女魔術師にはお安い御用ですわ! 姓はクォーツ、名はローズ。未来永劫、子々孫々まで偉大な救世主として語り継ぎなさい!」


 ローズは胸を張って高笑いをしていた。

 クロスは苦笑する。

「相変わらず尊大だな」

「いや、それくらいの価値はあるぜ。エリクサーを自在に作るなんて、神の御業だ。震えが止まらねぇ」

 シェイドが口を挟んだ。

「フレアをうまく指導できたらドミネーションに引き入れるきっかけになると思ったが、こりゃローズに一本取られたな」

「ローズには感謝しているけど、あなたにも感謝しているわ」

 フレアはシェイドに向き直った。

「ストリーム村で私が魔術を暴走させた時に止めてくれたし、あなたの指導のおかげで魔術を少し理解したと思うの」

「俺がやった事は微々たるもんだぜ。確認するが、本当にエリクサーを持って行っていいんだな?」

「うん、五つくらいいいわ」

 フレアが頷くと、シェイドは両目を見開いた。

「五つもいいのか!? 正気かよ……」

「三方向から魔術を放ったエージェントたちと、セレネとあなたで」

「ダスクとグリードの分は無かったのか」

「え!? 誰!?」

 今度はフレアが両目を見開いた。

 シェイドは首を横に振る。

「知らないならそれでもいいぜ。とにかくエリクサーを五つ持っていく。世界警察も文句ねぇな?」

 シェイドが尋ねると、ブライトはウィンクをした。

「フレアがいいと言っているからね。魔術学園グローイングと世界警察ワールド・ガードに手出ししないと約束するなら、僕から文句はないよ」

「……ちゃっかり制約を設けているな」

「君には一刻を争う仲間がいるんだろ?」

「ごく自然に脅かしやがって。あんたらもドミネーションの非戦闘員に手を出すんじゃねぇぞ」

 シェイドは舌打ちをしながらしゃがみ、エリクサーを湛える円錐状の花を摘み始める。

 ドミネーションの一団は戸惑っていた。

「おいらたちはどうすればいいですか?」

「適当に帰れと言いたいが、世界警察の本拠地に得体の知れない襲撃者がいたようだからな。俺かエージェントが引率する。しばらく待ってろ」

 シェイドは立ち上がった。五つの花を、左手の指の間に器用に挟んでいた。

 フレアは感心した。

「いっぺんに持っていくなんてすごいわ」

「学生の頃に短期バイトで鍛えられたからな」

「バイト?」

「詳しく話すつもりはないぜ。グレイスたちとセレネたちを助けないとな。イービル・ナイト、シャドウ・テレポート」

 シェイドは自らの影に沈むこむように消えていった。

 ローズは首を傾げる。

「どんなバイトだったのかしら?」

「深く知らなくていいだろう。とりあえず魔術学園グローイングに帰らないか? 先生たちが心配していると思う」

 クロスが促すと、フレアとローズは頷いた。

 穏やかな風が吹く。辺りはもうすぐ夕暮れに包まれるだろう。陽の光は傾いていた。


 そんな空から、何者かが飛んでくる。


 人間大の鳥だ。鋭いクチバシと足の爪を光らせて、大きな翼を広げて接近してくる。

 ローズは悲鳴をあげた。

「鷲!? こっちに来ますわ、撃退しませんと!」

「その必要はないよ」

 ブライトが穏やかに微笑み、敬礼をした。ブライトに続くように世界警察ワールド・ガードの面々も敬礼をした。

 鷲はブライトたちの前で降り立つ。

 もうもうと土埃が上がり、一瞬姿が見えなくなる。

 やがて土埃が落ち着くと、鷲はいかつい中年男性に変わっていた。


 イーグルだった。


「そんなに丁寧に出迎えなくてもいいのに。おまえたちの無事を確認したかっただけだから」

「誠実なお勤めに感謝します。ドミネーションの一般人たちの安全を確保したのち、本拠地に帰還する予定です」

 ブライトが敬礼をとくと、世界警察ワールド・ガードの面々も敬礼をとく。

 イーグルは鷹揚に頷いた。

「相変わらず真面目だな。頑張れよ」

「激励に感謝いたします。それでは周辺の警備に入ります」

 ブライトたちが配置に着くと、イーグルはフレアたちに向き直った。

「おまえたちも無事で良かった。疲れたか?」

「まだまだ元気ですわ!」

「ローズ、足元がよろめいているぞ」

「あ、あら?」

 ローズは元気な声を発していたが、足元はおぼつかない。伝説級の回復薬の生成に協力したため、身体に大きな負荷を与えてしまったのだろう。

 フレアはへたり込んだ。

「私も疲れたわ」

「頑張ったな。あれほどの魔術の中でよく生き延びた。エリクサーまで作ったようだし、すごいぞ!」

 あれほどの魔術とは、三方向の魔術の事だろう。

 イーグルがねぎらうと、フレアは首を横に振った。

「鳥に変化したイーグル先生ほどの頑張りではないと思います」

「褒めているつもりなら少し考えろ。俺はこう見えて上級科の魔術師たちの担任だぞ。魔術を使うのは当たり前だ」

「ご、ごめんなさい」

 フレアは頭を下げた。

 イーグルは乾いた笑いを浮かべた。

「安心しろ、侮られるのには慣れている。三方向の魔術に関する報告をしてほしかったが、明日にしよう。今日は気を付けて帰るように」

 クロスは頷いてフレアの手を引っ張って立たせた。

 ローズは高笑いをした。

「明日の報告を楽しみになさい。ごきげんよう!」

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