フレアとローズの力

 どよめきを耳にしながら、フレアは自らが抱える花束を見つめた。

 花束はローズがくれたもので、絞ればポーションになる代物だ。しかし、今から作りたいものはポーションではない。

 エリクサーだ。

 死に掛けた人間の命を繋ぎとめる伝説級の回復薬だ。


「助けられる人を見捨てて、誰かが傷つくなんて嫌だわ」


 フレアは目を閉じて祈りを捧げる。

 エリクサーの生成に成功すれば、限界を超えて魔力を放ち続けたグレイスたちの命を繋ぎとめられるだろう。

「グレイスたちを助ければ、きっとセレネも喜ぶわ」

 セレネには世話になり、いい思い出をもらった。

 たとえフレアをいいように利用するといった目的があったとしても、心から友達になりたいと思った。

 フレアの胸の内が熱くなる。

 目を開ければ、全身に赤い燐光を帯びていた。

 フレアは深呼吸をして呪文を唱える。


「バースト・フェニックス、エリクサーを作って!」


 フレアは花束を見つめる。

 花束が赤い燐光を帯びる。熱い魂が乗り移ったかのようだ。

 一瞬だけ赤い光の柱が立ち上ったが、赤い光が花束に収束されていく。

 もう少しでうまくいく。

 フレアを含めて、その場にいるほとんどの人間がそう思った。


 しかし、次の瞬間に花束は燃えだした。


「きゃっ!?」


 あまりの熱さに、思わず両手を離してしまう。

 火種は地面に燃え移り、地面を溶かしていく。このままでは溶岩になるだろう。


「ど、どうしよう、どうしよう!?」


「まずは落ち着こう。大丈夫だ。深呼吸をしよう」


 涙目で慌てふためくフレアに、クロスが隣から微笑みかけた。

 フレアは言われるがままに深呼吸をした。

 胸の内がいくらか落ち着く。呼吸がだんだんと整っていく。

 フレアの様子を見計らって、クロスが呪文を唱える。

「カオス・スペル、リターン」

 クロスの両手から黒い波動が広がり、燃えさかる地面に溶け込んでいく。

 炎と黒い波動はゆっくりと混ざり合い、地面にしみこむように消えていった。

 フレアの燐光も消えていた。

 周囲から安堵の溜め息が聞こえだす。

 しかし、シェイドは落胆の溜め息を吐いていた。

「……失敗したか。まあ、仕方ねぇな。エリクサーは都合よく作れるもんじゃなかったんだろ」

「ごめんなさい。せっかく待っててもらったのに」

 フレアは頭を下げた。

 シェイドは穏やかに笑って、パタパタと片手を振る。


「なんであんたが謝るんだ? 助けようとしてくれた事には感謝するぜ」


「うう……」


 フレアの両目に涙がこみ上げる。両手を握り、肩を小刻みに震わせる。

 悔しさと悲しさを抑えられなくなっていた。

 フレアの身体が再び赤い燐光を帯びていた。フレアの足元が溶け始める。

 周囲の人間は戸惑っていた。

 そんな時に、場違いに明るい高笑いが響く。

 ローズが得意げに胸を張る。


「何を泣いているのかしら? フレアならエリクサーをすぐに作れますわ!」


「失敗したよ」


 フレアは辛うじて顔を上げた。涙をぬぐっても、すぐに涙が出てきてしまう。

 しかし、ローズは強気の態度のまま自らの金髪をかきあげた。

「思いのほか強力な魔術になって、フレアがびっくりしたせいですわ。失敗した理由が分かっているのなら、対策すれば良いのですわ」

「どうすればいいの?」

 フレアが尋ねると、ローズは高笑いを強めた。


「姓はクォーツ、名はローズ。この私と連携なされば良いのです! 説明するよりご覧いただく方が早いですわ。フラワー・マジック、ダンシング・ハーブ」


 ローズの魔力に応えるように、地面から何本もの蔦が生える。蔦は宙を縦横無尽に伸びて、いくつもの花を咲かす。

 花はひとりでに絞られて、黄色い雫を落とす。黄色い雫はポーションだ。間もなく地面に落ちるだろう。

 ローズは両手を広げる。


「さぁ、フレア! 先ほどの魔術を使ってみなさい!」


「え?」


 フレアは戸惑い、首を傾げた。

 その間に、ポーションは地面のシミとなっていた。

 ローズは人差し指を立てた。


「もう一度申し上げますわ。とにかくあの魔術を使いなさい!」


「バースト・フェニックス、エリクサーを作っての事?」


 フレアは慌てて口をふさいだが、遅かった。

 赤い光の柱が立ち上る。周囲に広がる蔦をどんどん燃やしてしまう。

 ほとんどの人間が悲鳴をあげる中で、ローズは大笑いをしていた。


「素晴らしいですわ! あとは諦めずに愛情を注ぐだけですわね!」


「愛情……そう、愛情ね!」


 フレアの顔に笑顔が浮かぶ。涙は止まっていた。

 思い返せば、フレアがエリクサーを作るのに成功した時には、ポーションを作ろうとする過程があった。

 フレアは最初からエリクサーを作ろうとしていたわけではなかった。


「みんなの役に立ちたいわ」


 フレアは素直な気持ちを呟いた。

 蔦を燃やしていた炎は、フレアの想いに応えるように、温かな光に変わっていく。虹色に輝き、降り注ぐ。

 降り注ぐ虹色の雫を、円錐状の白い花が受け止める。

 エリクサーの注がれた花が、八つできていた。

「マジかよ……こんなに大量にエリクサーができるなんて」

 シェイドが呆然としていた。

 ローズが高笑いをあげる。

「これがフレアと私の力ですわ! よく覚えておきなさい!」

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