幹部として

 魔術学園グローイングの南方に山が広がる。なだらかで、頑張れば子供でも登れる山だ。

 その山の麓で、シェイドは倒れているグレイスの傍で、地面に片膝をついていた。

 今のシェイドは、左手の指に五つの花を挟んでいる。花は円錐状で、エリクサーを湛えている。

 そのうちの一つだけ、器用にグレイスの口元に傾ける。グレイスは限界を超えた魔術を放ち続けて昏倒している。シェイドは、右手と片膝を使って彼女の首をうまい具合に傾けて、着実にエリクサーを流し込んだ。

 空となった花を地面に置いて、シェイドは溜め息を吐いた。


「……あの時の俺はおかしかったな」


 あの時。

 ストリーム村で世界警察ワールド・ガードと戦闘になり、犯罪組織ドミネーションのエージェントであるセレネが死に掛けた。

 彼女は、大嫌いなブレス王家が作ったエリクサーを飲みたくないと言った。

 そんなセレネに対して、シェイドはエリクサーを口移しするという奇策に出た。

 冷静に考えれば、セレネの意思を尊重して別の救命手段を考えるか、命を落とすまで見守るという選択肢があっただろう。

 しかし、あの時は必死だった。

 とにかくセレネに死んでほしくなかった。


「呆れたもんだ。エージェントに対して平等な対応ができていないぜ」


 能力や実績の違う部下たちを、まったく同じ扱いにする事を平等とは呼ばない。個々人の得手不得手や功績に見合った待遇を考えるべきだ。

 頭では分かっている。

 しかし、セレネに対する気持ちはどうしようもない。

「フレアたちがいなかったら、六人のエージェントを失う所だったしな。幹部のやめ時だな」

 そう呟いて、シェイドはグレイスの頬を軽く叩く。

「おい、意識は戻っただろ」

 グレイスはゆっくりと目を開ける。

 何度か瞬きをした。

「シェイド様……? 私と一緒に地獄に落ちていたのですか?」

「勝手に殺すな。あんたも俺も死んでねぇよ。あと、シェイドでいい」

「シェイド様も私も死んでない……?」

 意識を取り戻したばかりで、シェイドの言葉の意味を理解していないようだ。シェイドでいいという言葉は、ごく自然にスルーされていた。

「私は夢を見ているのですか?」

「疑うなら自分の頬をツネってみろよ」

 シェイドは口元を引くつかせた。

 グレイスは起き上がり、両手で思いっきり自らの頬を、赤い跡が残るくらいにツネった。

「……とても痛いです」

「だろうな。そんなにマジになるとは思わなかったぜ」

「シェイド様、生きていらしたのですね。エリス様が生存は絶望的と言っていたので、もう死んだのかと」

 グレイスは声と両肩を震わせた。

 シェイドはグレイスの頭をポンポンと軽く叩く。

「あの女にはいずれ俺から言っておく。今はドミネーションの非戦闘員を故郷まで引率しろ。世界警察ワールド・ガードの本拠地で謎の襲撃があったらしいから気を付けろ」

「らしい、とは? 確かな情報ではないという事でしょうか」

「ブライトが本拠地の人間と連絡がつかないと言っていたぜ。かなりヤバイ相手だろう」

「分かりました。気を付けます」

 グレイスは力強く頷いて立ち上がった。

 シェイドも立ち上がった。

「俺は他のエージェントたちの様子を見てくる。それと、今後は命を簡単に差し出すような無茶をするなよ」

「そのセリフ、そっくりそのままお返しします」

「俺はいざって時には一人で逃げるぜ」

「世界警察に捕まったのによく言いますね」

 グレイスは視線をそらして、ボソリと呟く。

「セレネが羨ましいです」

「なんか言ったか?」

「シェイド様のご判断に忠実に従わせていただくと申し上げました」

「明らかに違うだろうが、突っ込まねぇよ。じゃあな、お互いに無茶しないようにしようぜ。イービル・ナイト、シャドウ・テレポート」

 シェイドが自らの影に沈み込むように姿を消すと、グレイスは夕暮れを見上げて微笑んだ。

「セレネなら、あの方を幸せにできるかもしれない」

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