説得

 フレアは花束を緩く抱えて深呼吸をした。

 これから犯罪組織ドミネーションの一団が武器を手に襲撃してくる。世界警察ワールド・ガードはもちろん、魔術学園グローイングに対して害意があるだろう。


 フレアが説得するのは無謀だろう。耳を貸してもらえるか分からない。


「でも、やるわ」


 フレアは決意を新たに、奇声と慌しい足音が騒々しく聞こえる方向を見つめる。南だった。

 遥か遠くに山々が見える。襲撃者たちが越えてきたものだろう。

 その山々の向こうにブレス王国がある。

「頑張らないと」

 独り言を呟くフレアを、その場にいる全員が奇異な目で見ていた。

「なんであんたが説得を? 失敗したら、あんたが真っ先に殺されるのに」

 声を掛けたのはシェイドだった。両目を白黒させていた。

 フレアは騒々しい方向へ歩き出す。


「襲撃者が説得できる人たちだったら世界警察に倒されるのが可哀そうだし、ストリーム村出身の人がいたらセレネが悲しむから」


「……セレネの事まで考えたのか?」


 シェイドの問いかけに、フレアは力強く頷いた。

 セレネに連れられてストリーム村に行った時の事を思い出していた。悩みを聞いてくれて、空で素晴らしい景色を見せてくれて、励ましてくれた。

「セレネに救われたわ。私に本心で付き合っていなくても、感謝しているわ」

「あの女が心を開く相手は限られているからな。俺にだって本心を伝えない事があるぜ」

 意外な言葉を聞いて、フレアは思わず足を止めて振り返った。

「本当なの? あなたに本心を伝えないなんて」

「強く反論されると考えると、本音を語らねぇ時もある。まあ、全てをさらけ出す必要は無いだろうけどよ」

 シェイドは含み笑いをした。自らの銀髪をポリポリとかきながら、フレアと同じ方向に歩き出す。


「雑談が長引いたな。あいつらに何を言うか考えようぜ」


「あなたも説得に行くの?」


「無関係のあんたが行くのに、俺が逃げるわけに行かねぇだろ。それこそ神の怒りを買っちまう。めんどくせぇ」


 シェイドの歩みに迷いはない。いつのまにか追い抜かされて、フレアは慌てて追いかける。

 そんな二人を、クロスとローズも追いかける。


「フレアばかり危険に晒すわけにはいかない」


「この私を差し置いてカッコつけようなんて、そうは行きませんわ!」


 フレアは追いかけてくる二人を肩越しに確認しながら、笑顔を輝かせた。

「みんなありがとう!」

 クロスは微笑み、ローズは得意げに高笑いを響かせていた。

 世界警察ワールド・ガードの面々も、ブライトと目配せをして、フレアたちの援護や救済を可能にする配置をしていた。

 練習場を出て、南へ。

 魔術学園グローイングから歩いてすぐに。


 その時は来た。


「地獄へ道連れだぁぁああ!」

 奇声をあげながら乱暴に剣を振りまわす男を先頭に、武器を持った人間たちが走ってくる。

 大勢が慌しい足音を立てて、地響きが鳴っていた。

 フレアは覚悟を決めた。

「武器を収めて! 私たちに戦う意思はないわ!」

 できるだけ大きな声で、ゆっくりと言った。

 しかし、武器を持った人間たちの殺気と怒気が膨れ上がった。

「嘘つけ!」

「世界警察とグルなのは分かっているぞ!」

「シェイド様を殺しておいて、よくも!」

 フレアとシェイドは顔を見合わせた。

 シェイドが舌打ちをした。

「まずは足止めをするか。イービル・ナイト、シャドウ・バインド」

 剣を振り回していた男の影が歪な形になると、男の足が急に止まり、勢い余って転んだ。

 その男に次々に引っかかり、武器を持った人間たちが転んでいく。多くの人が転んだ時の痛みにうめく。

 しかし、起き上がる人が何人もいる。

「シェイド様は世界警察に捕まり、無残に処刑されたんだ! その痛みに比べれば大した事はない!」

「勝手に殺すな」

 シェイドは口元を引くつかせてしゃがみ、最初に起き上がった男の胸倉を掴む。

「誰が流したデマだ?」

「デマだと!? ドミネーションの幹部のエリス様がデマを流すなんてありえないって、あれ? シェイド様?」

 胸倉を掴まれた男は激昂していたが、徐々に声が小さくなっていった。

 起き上がった他の人間たちも戸惑い、困惑した。

 シェイドは呆れ顔になった。

「エリスにはいずれ俺から言っておく。あんたらはさっさと帰れ。あと、俺を呼ぶ時はシェイドでいい」

 シェイドにしてみれば、当然の命令であった。

 男の胸倉から手を離して立ち上がる。

 シャドウ・バインドも消したため、全員が自由に動ける状態になった。

 シェイドは溜め息を吐いた。

「人騒がせな奴らだぜ」

「シェイド様……生きていらしたのですねぇぇええ!」

 先ほど胸倉を掴まれていた男が泣き叫び、突然シェイドに抱きついた。

「あああああ本当に良かったです、もう死んでもいいです!」

「うるせぇよ! それに、簡単に死ぬな!」

 シェイドは一歩片足を後退させて踏ん張った。

 しかし、事態は収まらない。

「また腰を治してくだされえぇええ!」

「うわあああぁああん高い高いしてー!」

 次々にシェイドに抱きつく。

 シェイドはヒッと小さく悲鳴をあげた。自分に向かってくる人間の数が尋常ではない。

「離れろ、落ち着け! 圧迫で俺が死ぬ!」

「なんと、死んでしまわれるのか!?」

「おにいちゃあぁぁん!」

 人々の勢いが止まらない。

 このままでは、シェイドは地面に押し倒されるだろう。急いで呪文を唱えた。

「いいから聞け! イービル・ナイト、エターナル・ナイトメア」

 シェイドの周囲にいくつもの闇色の泡が生まれて、泡が膨れて消えた瞬間に、黒い異形のものたちが現れる。

 今回の異形のものたちは骸骨だらけであった。人々を無理やりシェイドから引きはがしていく。

 抵抗して骸骨を砕いた人もいたが、骸骨が無限に再生するために、少しずつ大人しくなった。

 シェイドは疲れ切った表情で魔術を消した。骸骨たちはひとりでに砕け散り、闇色の泡に混ざって地面へと溶け込んだ。

「落ち着いて答えろ。俺が死んだと言ったのは、エリスだったな」

 シェイドの問いに、人々は正座をして頷いた。

 シェイドは顎に手を当てて考え込んだ。

「あの女がここまで来るとは考えづらいぜ。引率したのは誰だ?」

「グレイス様です。シェイド様の敵討ちだと言っていました」

「俺を倒した奴らにどうやって対抗するつもりだったんだ?」

「分かりません。おいらたちを捨て石にするつもりだったようですが」

「……マジか?」

 シェイドの表情が露骨に変わった。せわしなく辺りを見渡し、焦りをにじませている。

 フレアとローズは不思議そうに首を傾げた。

「どうしたの?」

「トイレなら魔術学園の中にありますわ」

「呑気にそんな事を言っている場合じゃねぇよ! グレイスはとんでもない魔術を使おうとしているぜ!」

 フレアとローズに対して、シェイドが怒鳴った。


「先発隊を用意して、時間を稼いで、ここら一帯を消し飛ばすつもりだ!」


「えええええ!?」


 フレアとローズの悲鳴が重なった。

 クロスも冷や汗を垂らしていた。

「シェイドが死んだと思い込んでいるから、魔力の限界を大きく超えた魔術を放つだろうな。早く止めないと……!」

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