容赦のない指導
暗い風に運ばれるように、練習場に闇が広がっていく。
周囲の熱が急速に奪われ、意識を奪われそうな寒気に襲われる。
その場にいるほとんどの人間が畏怖や怖気を感じていた。
闇の中心にいるシェイドはニヤついていた。
「いい空気になったな。さっさと始めるぜ。イービル・ナイト、エタノール・ナイトメア」
闇がうごめき、幾つもの黒い泡を生む。
黒い泡は弾けては消える。弾ける瞬間に、黒い異形のものたちが生れ落ちる。骨がむき出しの馬、怪しく笑う骸骨、片翼の悪魔など。
いずれもフレアを見据えている。
フレアは震え上がった。今までは、どんなに過酷な状況でも仲間がいた。守ってくれた。
しかし今は、不気味な怪物たちがフレア一人をターゲットにしている。
ローズからもらった、ポーションの材料となる花を幾つも抱えているが、無限に生まれ続ける異形たちを相手に足りるのか分からない。
フレアの胸のうちに不安が広がる。
そんなフレアの胸中を察したのか、シェイドが不適に笑う。
「念のために言っておくが、ポーションの材料を持ってきたところで間に合わないと思うぜ。花を絞ってる間に異形たちがあんたを食らう」
「ひどい事を言わないで!」
フレアは悲鳴じみた抗議をした。
「手加減をしてと言ったでしょ!?」
「会話ができる程度には手加減をしているぜ。俺は、心配ならポーションを持ってこいと言ったんだ。材料からポーションを絞る時間があるなんて一言も言ってないぜ」
「そ、そんなぁ……」
シェイドの容赦ない言葉に、フレアは涙目になった。
シェイドは愉快そうに両目を細める。
「こうして話している間にも、異形たちがあんたを襲うぜ」
フレアの目の前に、骨が剥き出しの馬が走りこんでくる。
フレアは悲鳴をあげた。
呪文を唱える余裕はない。恐怖のあまり足に力が入らず、しゃがみ込む。
何も視界に入れたくない。何も感じたくない。
フレアは花束を抱きしめて、両目を固くつぶった。
刹那、信じられないほどの轟音が辺りに響いた。
不気味しい断末魔が聞こえる。
フレアが恐る恐る目を開けると、赤く輝く柱が天に向かって立ち上っていた。異形のものたちは、赤い柱に触れた途端に、次々に消滅していく。
フレアは安堵の溜め息を吐いた。
「助かったわ」
「本当に助かったのか?」
シェイドの問いかけが終わる前に、闇色の泡から、新たな黒い異形が生まれ落ちていた。
透明な羽を生やした黒い球体だ。ブビビビと耳障りな音を立てて飛んでいる。
その球体は次々と生まれていた。
シェイドが口の端を上げる。
「見た目の割に厄介なものだぜ」
シェイドの視線に応じるように、黒い球体たちがフレアに襲い掛かる。
目にも留まらない速さだった。幸い赤い柱のおかげで、フレアに届く前に消滅していく。
しかし、シェイドの笑みは消えない。
「呪文を唱えた方がいいぜ。イービル・ナイト、ロバリィ」
赤い柱に、闇がまとわりつく。柱の輝きが薄れていく。
黒い球体が柱の同じ個所にぶつかり続けると、穴が開いた。
その穴から一つの黒い球体が突撃し、フレアの頭にぶつかった。
「うう……」
フレアは痛みのあまりうずくまる。
シェイドは声を大にして笑っていた。
「呪文を唱えておけと言っただろ! 今は手加減しているが、そのうち頭蓋骨が割れるぜ」
「怖い事を言わないで!」
「俺に文句を言う暇があるなら、バースト・フェニックスを唱えてみろよ。死ぬぜ」
「ううう……」
フレアは辛うじて顔を上げた。
再び赤い柱が立ち昇っているが、シェイドが魔術を放てば簡単に消えてしまう。
フレアはよろよろと立ち上がった。
「やるしかないのね」
「当たり前だろ。持って生まれた魔力に頼ってばかりで、制御できるはずがねぇよ」
シェイドは舌打ちをした。
「あんたが信じるかはどうでもいいが、魔術は固有の意思があると俺は思っている。人間の言葉は話さないけどよ」
「信じるわ。こんなに頼りになって扱いずらいものを、ただの道具だなんて思わないわ。なんというか、気難しい友達みたい」
「気難しい友達か、いい例えかもな」
シェイドは天を仰いで溜め息を吐いた。
「そこまで分かってて、なんで肝心な所で甘えるのか理解できねぇよ」
「やっぱり甘えているのかな」
フレアはまぶたを伏せた。
思い返せば、魔術の制御はもちろん、日頃から誰かに頼っていた。フレアは愛されて、可愛がられて、幸せだった。
「少しはみんなの役に立って、恩返しをしたいわ」
「役に立たなくてもいいだろうけどよ、魔術を制御するのに魔術に頼りきりになるのはやめようぜ。あんた、言ったよな。魔術は気難しい友達だって」
シェイドは呆れ顔になった。
「頼りない友達が窮地に陥った時に、あんたならどうしたい?」
「すぐに助けたいわ。あ……」
フレアはハッとした。
「……私の魔術も同じ気持ちだったのかな」
「さぁな。実際に使ってみれば分かるんじゃねぇか?」
シェイドは含み笑いを始める。
「これからは本気でやれよ」
「盛り上がっているところ悪いけど、中断してくれ。セイクレド・ライト、シャイニング・ゴッド」
唐突に、ブライトの魔術が放たれた。空から眩い光が舞い降りて、赤い柱と闇を吸い込んでいく。
やがて空には青空が、地面には穏やかな風が残った。
ブライトが頭を下げる。
「いい所で申し訳ないが、フレアたちを避難させなくてはいけなくなった。武器を持った大量の人間が接近していると連絡を受けた」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます