対面
フレアは、イーグルとの別れ際に、シェイドの指導を受けるのなら昼休み後に練習場へ行くように言われた。
練習場は魔術学園グローイングの敷地の中で最も広大だ。
どれほど威力のある魔術を放ってもいいとされている。
フレアは、食堂でチキンソテーを食べた後で、ローズがくれた花々を抱えて練習場に行った。ローズとクロスも付き添っていた。
昼休み後の練習場は、フレアたち以外には誰もいなかった。穏やかな風が吹いていた。
ローズは首を傾げた。
「自分の魔力特性の理解を深めるという課題が出ているのですから、上級科の生徒がいると思っていましたけど、誰もいませんわね。魔力特性の理解は魔術を放つのが一番ですのに」
「悪夢の魔術師シェイドが来るからな。人払いをしたのだろう」
ローズの疑問に答えるように、クロスが口を開いた。
「見学するだけで危険となる指導をするのだろう」
「……なんだか怖くなっちゃった」
フレアの全身が震えて、顔が青くなった。血の気が引くのはどうしようもない。
「私は生き延びる事ができるのかな」
「安心しろ、本気で危なくなったら俺がシェイドを止める」
クロスが淡々と告げた。
ローズも負けじと自らの金髪をかきあげる。
「私だって放っておきませんわ。フレアにもしもの事があったら、こてんぱんにやっつけますわ」
「あんたらが俺を? リベンジできるのならありがたいぜ」
低い声が聞こえた。
フレアは震えあがり、クロスとローズが声の主を睨む。
長さのそろわない銀髪を生やした、痩せた長身の男が歩いてきた。世界警察ワールド・ガードの面々に両脇を固められていた。上下の分かれた白い囚人服を身に着けて、魔力封じの手枷をはめられているが、その眼光は爛々としていた。
残酷な楽しみを見出した殺戮者の瞳だった。
フレアは震えながら、男を見つめた。
「……手加減をしてね、シェイド」
「手加減をしてあんたの魔術制御が達成できたらな」
銀髪の男シェイドは含み笑いを始める。
「魔術学園グローイングに足を踏み入れる機会があるなんてついてるぜ。さて、さっさと始めるか」
一瞬だけ強い風が吹き、その場にいる全員の髪と服をなぶった。
ローズとクロスは顔を見合わせた。
「本当に大丈夫ですの?」
「俺にも分からないが、世界警察ワールド・ガードの方々がいらっしゃる。何かあれば協力してくれるだろう。ブライトさんもいるし」
クロスが視線で示した先には、十文字槍を背負うブライトがいた。
いつもなら穏やかな微笑みを浮かべているが、今は真剣な眼差しでシェイドの背後を取っている。
クロスは確信したように頷いた。
「ブライトさんにいつもの余裕がない。俺たちも何かする必要があるかもしれないな」
「フレアは大丈夫ですの!? 何かあったら承知しませんわ!」
ローズが騒ぐと、シェイドは舌打ちをした。
「何年もできなかった事を身に着けるんだ。何もない方が不思議だぜ」
「聞き捨てなりませんわね! フラワー・マジック、フォレスト・マーチ」
ローズの両手から数本の太い木の枝が伸びる。勢いよくシェイドを、シェイドの両脇を固める世界警察の面子ごと絡めとった。
ローズはシェイドを睨みつけた。
「フレアの安全を保障しないのなら、このまま締めますわ!」
「百歩譲っても、命を奪わないように気を付けるくらいだぜ。魔術は未知の領域が多すぎる」
シェイドは溜め息交じりに告げていた。
ローズは信じられないと言わんばかりに露骨に、はぁ!? と言った。
「未知の領域をどうにかしてくださいません!?」
「どうにもできないから、未知と言うんだろうが。何かあった時のために世界警察の面々が来ているんだから、そっちに頼んでおけ」
「この私にお願いをさせるつもりですの!? 姓はクォーツ、名はローズ。誇り高い超名門貴族に頭を下げさせるつもりなんて、いい度胸をしていますわね!」
ローズの顔面が真っ赤になった。
木の根の締め付けが強くなる。巻き込まれた世界警察の面子が、苦しそうにあえいでいた。
クロスがローズの後ろから、ローズの両肩を掴む。
「落ち着け。世界警察の方々が苦しんでいる。ひとまず魔術を消そう」
「僕からもお願いするよ。心配なのは分かるけど、任せてほしい」
ブライトがウィンクをした。
「フレアを守ろうとしてくれるのは嬉しいけど、僕たちを信頼してほしいな」
「……フレアはそれでよろしくて?」
ローズが尋ねると、フレアは頷いた。
「もう魔術を暴走させたくないから、頑張るよ」
「分かりましたわ。何かあったら私も魔力を放つので、そのつもりでいなさい」
ローズは渋々と魔術を消した。
太い木の根が急激に枯れて、ドロドロになって地面へと消えていく。
締め付けられていた世界警察の面々は、荒い息をしながら直立不動になった。
そのうちの一人が、鍵を取り出した。
「これよりシェイドの魔力封じを外す」
一呼吸置いて、シェイドの手枷の鍵穴に通す。
カチャリと音がして、手枷が外された。
シェイドは口の端を上げて、両腕を広げた。
「両手に自由があるのはいいぜ」
青空を見つめて深呼吸をするシェイドに対して、ブライトは十文字槍を構えた。
「フレアの指導以外に魔力を使ったら、すぐに刺すよ」
「分かっているぜ。あとは、あんたの魔力を消すだけだな」
シェイドは自らの首筋に片手を当てた。
そこには小さな六芒星が描かれている。ブライトが行った魔力封じの証だ。
シェイドは愉快そうに両目を細めた。
「魔術を使えると思うと嬉しいぜ。イービル・ナイト、ロバリィ」
シェイドの手から漆黒の闇が広がる。
六芒星はみるみるうちにかき消されていった。
暗い風が渦巻く。
悪夢の魔術師の復活を告げるかのようだった。
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