魔術学園教員の都合

 シェイドがフレアにどんな指導をするのか。

 考えるだけでフレアは身震いした。

 シェイドの冷酷さは知っている。悪夢の魔術師と恐れられ、世界警察ワールド・ガードのエースでありフレアの兄であるブライトを凌駕し、殺しかけた。

 シェイドと戦って生き延びたのが奇跡的であった。

 怯えてうつむくフレアをよそに、イーグルは一人で頷きながらどことなく浮かれた表情をしている。

「魔術学園グローイングの卒業生は様々なところで活躍しているが、シェイドもまっとうな道を歩もうとしているんだな。あいつは人にものを教えるのが苦手かもしれないが、努力家だからな。きっと頑張ってくれるはずだ」

「……具体的にどんな事をすると言っていましたか?」

 フレアが恐る恐る尋ねると、イーグルは両目をパチクリさせた。


「おっと、言い忘れていたな。休憩抜きで明日の昼まで魔術を使わせるらしい」


「明日の昼まで!?」


 フレアは顔をあげて両目を見開いた。声は裏返った。

「身体が持ちません!」

「俺もそう言ったが、一度に魔力を使い果たしてはいけないと身体に覚えこませるのが目的らしい。心配ならポーションを持ってこいとも言っていたぞ」

「ポーションがあっても体力が持ちません! 食事やお風呂や睡眠も欲しいですし」

 フレアが抗議すると、イーグルは両腕を組んで考え込んだ。

「それはそうだよな。同じ事を短い時間に終わらせようとすると、フレアの身体にもっと負担が掛かると言っていたが……まあ、学園長も許可を出したし、まずはあいつの説明を直接聞いてくれ」

「……分かりました」

 フレアの声と表情は沈んだ。

 今まで自分の魔力を自力で制御できた試しがない。学園長のグリームさえ抑えられなかった。いろいろな人に散々迷惑を掛けてきた。

 フレアは溜め息を吐いた。

「自分で魔術の制御ができなかったから仕方ないんだよね」

「シェイドに任せるなんて、私は反対ですわ。イーグル先生はあの男の冷酷さをご存知ないのですわ」

 ローズがキッパリと言っていた。

 イーグルをビシッと指さし、力説を始める。


「シェイドは犯罪組織ドミネーションの幹部として恐れられた魔術師で、今更まっとうな道を歩み続けるなんて考えづらいですわ。フレアを泣かせた事もありますのよ。それに、私だってフレアの魔術制御に関して調べておりますの。余計な事は控えていただきたいですわ」


「……そうか。あいつはそんな事を言われる事をやってしまったのか」


 イーグルは悲しそうな表情を浮かべていた。その瞳は揺れていた。

「ブライトは殺されかけたしな。ローズの言う事はもっともだ」

「その通りですわ! フレアをこれ以上危険な目に遭わせないでくださる?」

「危険なのは間違いない。だが、ちょっと言わせてくれ。途中で聞く気が失せたらそれでもいい。俺は殴られる覚悟で言う」

 イーグルのまっすぐな眼差しに、ローズは固唾を呑んだ。

 ローズもフレアも、何も言えなくなった。

 クロスは頷く。


「俺は最後まで聞くつもりでいます」


「ありがとう、嫌になったら遠慮なく耳を塞げ。ここだけの話だが、俺は犯罪組織ドミネーションの壊滅は賛成だが、皆殺しは反対だ。俺の教え子だった魔術師もいるからな。元教え子たちの殺し合いは、いつも胸が痛かった」


 イーグルが胸に手を当てて、天井に向けて息を吐く。

 一度だけ深呼吸をした。

「おまえたちがシェイドを生け捕ったと聞いた時には、喜びのあまり泣きそうだった」

 イーグルはフレアたちに向き直る。


「シェイドは、フレアが良ければ魔術制御の手伝いをしたいと言っていた。卒業生が困っている在校生の手助けをするのは、俺たち教員にとって理想の在り様の一つだ。あいつが今までやってきた事は許されるものではないが、あいつにも卒業生らしい行いをやらせてほしいのが、俺の本音だ」


「……シェイドは、卒業生として理想的に振る舞おうなどと考えていないと思います。おそらく、フレアが魔術を制御できた方が犯罪組織ドミネーションにとって都合がいいのでしょう」


 クロスが淡々と告げると、イーグルは苦笑した。

「そうかもしれない。だが、俺はいつかあいつを絶対に更生させるつもりだ。諦めの悪さが俺の取り柄だからな。教員の都合を押し付けていると言われればそれまでだが、フレアにはあいつの話を聞いてほしい」

「分かりました。話を聞くのはできると思います。シェイドの指導に耐えられるのか分かりませんが」

 フレアが素直に言うと、イーグルはうんうんと頷いた。

「あいつも無理強いはしないだろう。辛くなったら無理だと言えばいいと思うぞ」

「……フレアが納得したのなら、私は何も言うべきではないのかもしれませんわね。ですが、ポーションは持って行かせますわ。フラワー・マジック、ダンシング・ハーブ」

 ローズの両手から、数本の蔦が伸びて廊下にはびこる。蔦からは芽が生えて、ひとりでに花開く。数本の花がハラハラとフレアの手元に落ちていった。

 ローズは自らの金髪をかきあげる。


「その花をしぼればポーションになりますの。三日は持ちますし、好きなタイミングでポーションにすれば良いのですわ」


「ありがとう、ローズ! 天才!」


 フレアが感激すると、ローズは胸を張って高笑いを始めた。

「当然ですわ!」

「フレアにポーションの材料を渡すのはいいが、廊下の蔦は消してくれ。生徒たちが通りづらそうだから」

 イーグルの言う通り、生徒たちが足を取られて歩きづらそうであった。

 ローズは頬を赤らめた。

「そ、そんなの当然、き、気づいておりましたわ。消すのを忘れていたわけではありませんのよ!」

 蔦が急激に枯れて床に落ち、ポフッと軽い音を立てた。そして、床に溶けるように消えていく。

 クロスの顔に微笑みが浮かぶ。

「相変わらずだな。かえって安心した」

「どういう意味ですの!?」

 ローズは憤慨したが、クロスは平然としていた。

「そのままの意味だ。蔦を消すのを忘れていただろう」

「そんな事はありえませんのに! ちょ、ちょっと気が抜けただけですのよ」

 ローズの口調がどもる。

 フレアの笑顔が輝く。

「いつも本当にありがとう!」

「これくらいお安い御用ですわ!」

 三人の明るい雰囲気に、イーグルも思わず微笑むのであった。

「いつまでも元気でいてくれよ」

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