戦い終わって

 漆黒の嵐は消えて、朝焼けが広がっていった。

 黒焦げになった倒木に朝露が流れ、美しく光る。

 漆黒の嵐を引き起こしたシェイドとセレネは、寄り添うようにうつ伏せに倒れていた。

 昏倒して気を失っているのだ。

 世界警察ワールド・ガード長官グランドが、急いで魔力封じの掛かった手枷を二人に付ける。

 しばらく目を覚まさないと思っても、万が一に備えるのが世界警察の在り様だ。

 そんなグランドも、今は安堵の溜め息を吐いた。

「終わったか……」

 グランドが仰向けになって倒れた。

「こんなに必死になったのは久しぶりじゃよ」

「ご助力いただき感謝します。おかげで助かりました」

 ブライトが両膝をついた。

「みんなもありがとう。本当に危なかった」

「本当に危なかったですわ!」

 ローズが高笑いをあげた。

「姓はクォーツ、名はローズ。この私がいなかったら悪夢の魔術師シェイドに勝てなかったでしょう。世界一の天才美少女魔術師としてあがめなさい!」

「そうだね、ありがとう」

 ブライトは素直に微笑んでいた。

「あとは傷ついたみんなの治療ができるといいんだけど……」

「安心なさい。私がいれば全てが解決しますわ! フラワー・マジック、ダンシング・ハーブ」

 ローズが呪文を唱えると、大地から蔦や草花が生えてひとりでに動き出し、自らを絞る。ポーションを生成しているのだ。ポーションは蔦を通じて、倒れている世界警察の面々の口元に運ばれた。

 ブライトは感心した。

「あれほどの魔術を使った後で、こんな事ができるなんて。すごいよ」

「すごいのは当然ですわ! もっと褒めてもよろしくてよ!」

 ローズの高笑いは止まらない。足元はふらついているが、強気の態度は健在だ。体力が尽きていても、気力は満ちているようだ。

 クロスは溜め息を吐いた。

「ローズは相変わらずだな。その相変わらずになんだか救われるが」

 フレアは頷く。

「みんな生きてて良かったわ」

 グランドが起き上がった。

「世界警察に犠牲者がいないか確認する必要はあるのぅ」

 ゆっくりと立ち上がろうとする。


 そのグランドの首筋に、ナイフが当てられた。


「……動いたら死ぬぜ」


 ナイフの持ち主が、暗く低い声で言っていた。手枷をはめられた両手でナイフを握り、両腕でグランドの顔を挟み込んで動きを封じていた。

 グランドが両目を見開く。

「シェイド、意識があったのか!?」

「たった今目を覚ました所だ。魔力封じなんてふざけたマネをしやがって」

 シェイドはほくそ笑む。

 ブライトは苦々しい表情で立ち上がり、十文字槍を構える。

「君の要求は何だ?」

「あんたらの死と言いたいが、そうもいかねぇだろ。セレネを逃がす事はどうだ?」

「無理だよ。君もセレネも重大な犯罪者だ。見逃すわけにはいかない」

「見逃さないなら、世界警察の長官が死ぬがいいのか?」

 ブライトが言葉を失う。

 シェイドがせせら笑う。

「賢明な判断をした方がお互いのためだぜ」

「儂の命はいい! 捕まった時点で死んだと思え!」

 グランドが声を張り上げた。

「世界警察ワールド・ガードの面汚しにはなりたくないぞ!」

「待って、お願い。ちゃんと話し合いましょう!」

 フレアが両手を広げた。

「私は誰にも死んでほしくないわ。もちろん、あなたたちも」

 フレアの真剣な眼差しが、シェイドに向けられる。

 シェイドは鼻で笑った。

「俺が信用すると思うのか?」

「あなたたちの要求が呑めなかったり、迷惑を掛けた事は謝るわ。ごめんなさい。でも、あなたの事はきっとイーグル先生が助けると思う」

「イーグル先生が……?」

 シェイドが両目を見開いた。

「俺の事を覚えていたのか」

「とても真面目な生徒だったと言っていたわ。私もクロス君もそうは思わないけど」

「余計な一言を加えるな」

「ごめんなさい、つい本音が出たわ」

 フレアが申し訳なさそうにまぶたを伏せると、シェイドは溜め息を吐いた。

「もう謝るな。俺がかえってみじめになる。死んでほしくないという言葉を俺が信用するかどうかという話だったな」

「私が信用されないのは仕方ないけど、あなたが長官を殺してしまったら、あなたもセレネも助け出すのが困難になるのは確かよ。お願い、ナイフを引っ込めて」

「どのみち俺は殺されるだろ。獄死するか処刑されるかの違いで」

 シェイドの呟きに、フレアは首を横に振った。

「あなたの事は助けられると思う」

「そうじゃ、助けてくれ!」

 唐突にしわがれた声が聞こえた。

 振り向けば、ストリーム村の村人たちが来ていた。

 老人が先頭に立っていた。

「彼らには世話になったのじゃ。何でもするから、助けてくれ!」

「お願いします!」

「お兄ちゃん、たかいたかいしてー!」

 村人たちがいっせいに声を張り上げた。誰が何を言っているのか聞き取るのが大変だ。

 ブライトは思わず吹き出した。

「シェイド、君はいいお兄ちゃんだね」

「うるせぇよ。あんたらは引っ込んでろ」

 シェイドがドスの利いた声で村人たちに告げるが、村人たちが去る気配はない。

 グランドは溜め息を吐いた。

「分かった。シェイドとセレネについては保留とする。しかし重大な被害をもたらしたのじゃ。重要参考人として話を聞かせてもらうぞ」

 グランドは白い護符を握る。おそらく世界警察ワールド・ガードの本部に連絡を入れたのだろう。

 ナイフを握るシェイドの手が、ずるずると落ちていく。

 シェイドは何も言わずにグランドにもたれ掛った。

 ブライトが十文字槍を引っ込めて微笑む。

「安心して気絶したみたいだね」

「もうすぐ護送用の馬車が来る。それまで見張っておこう」

 グランドはシェイドの腕を持ち上げて取り除く。シェイドが地面に突っ伏すのを横目に、よろよろと立ち上がった。

 フレアとクロスに向き直る。

「このたびの任務はご苦労であった。こちらの想定が甘く、多大な迷惑を掛けたがよくやってくれた。礼を言うぞ」

 フレアとクロスは安堵の溜め息を吐く。

「みんな生き残って良かったです」

「油断は禁物ですが、ひと段落ですね」

 ブライトは深々と一礼していた。


「僕からもお礼を言うよ。悪夢の魔術師シェイドを倒すのは世界警察ワールド・ガードの大きな悲願だった。達成できて本当に良かった」


 フレアは満面の笑みを浮かべた。

「私も役に立てたのね!」

 ブライトは力強く頷いた。


「君がいなかったらどうしようも無かったよ。頼もしかった。成長したね、フレア」


 思わぬ誉め言葉に、フレアの両目が潤む。ブライトは幼い頃から頼りになる兄だった。そんな兄から頼もしかったと言われたのだ。

 そして成長を見守ってくれていたのだ。

 フレアは両頬を赤らめて、花がほころぶような笑みを浮かべた。

「どういたしまして、お兄ちゃん!」

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