もうひと踏ん張り

 やりきったという表情を浮かべながら、フレアもクロスもその場に座り込んだ。疲れ果てていたのだ。

 ブライトはクスクス笑う。

「二人ともお疲れ様。僕はもう一仕事片付けるよ」

 十文字槍の穂先で、地面に文様を描き出す。大きくて複雑な魔法陣を描いていた。

 その周囲に世界警察ワールド・ガードの面々が集まりだす。

 文様の中心には、昏倒して倒れているシェイドとセレネがいる。

「二人の魔力を封じる。手枷と一緒に儀式を行う事でより効果が増すから」

 ブライトは魔法陣を描き終えると、朝日の昇った空に向けて、十文字槍を掲げた。

「セイクレド・ライト、ピュアリティー」

 聖なる光が舞い降りて、辺りを清浄化していく。

 朝露がきらめき、見る人の心を洗う。

 倒れている二人もどこか安らかな表情を浮かべていた。

 やがて光が消える頃に、シェイドとセレネの首筋に淡く輝く小さな文様が浮かび上がった。六芒星の文様であった。

 ブライトは深く息を吐いた。


「成功したよ。これで二人は魔術を使えないはずだ」


 グランドが深々と頷く。

「ご苦労であった。護送用の馬車が到着した。すぐに二人を運ぶぞ」

 世界警察の面々が手分けして、シェイドとセレネを慎重に運ぶ。

 ローズは高笑いをあげた。

「いろいろありましたけど、私たちの完全勝利ですわね!」

「そうだね、君の活躍も大きかったよ。ありがとう」

 ブライトが素直にお礼を言うと、ローズは頬を赤らめて明後日の方向を向いた。

「ま、まあ……私ほどではありませんけど、あなたの活躍もすごかったとは思いますわ!」

「褒められて嬉しいよ」

 ブライトが微笑む。

 フレアは安堵の溜め息を吐いた。


「安心したらお腹すいちゃった」


 手荷物から固焼きパンを取り出す。

 ブライトが興味深そうにのぞき込んだ。

「上手に作っているね。誰からもらったの?」

「クロス君よ! ストリーム村に来る時にもたせてくれたの」

 フレアが得意げに言うと、クロスは微笑んだ。

「ゆっくり食べるといい。美味しいといいな」

「そういえば、クロス君は川に落ちたけど、固焼きパンは大丈夫?」

 フレアが尋ねると、クロスは乾いた笑いを浮かべた。

「落とした。理不尽におまえを疑った報いだろうな」

「そんな! こんなに頑張ったのに何も食べられないなんて、あんまりよ!」

 フレアは自分の固焼きパンを二つに割った。

「半分こしようよ。その方が美味しいから」

「今はいらない。腹は減っていないから」

「でも、疲れているでしょ? 食べたらきっと元気になるわ!」

 フレアが満面の笑顔で、クロスの手に固焼きパンを押し付ける。

 クロスは照れくさそうに受け取った。

「フレアは本当に優しいな」

「そんな事はないよ。友達に食べ物を分けるのは当然でしょ。みんな頑張ったんだから!」

 言うが早いか、フレアは固焼きパンを口にした。ほどよい甘さが口に広がる。

「美味しい〜」

「気に入ってもらえて良かった」

 クロスは、はにかみながら食べていた。


「これだけでは足りないから、マークさんとベルさんにご飯を作ってもらおう。フレアもどうだ?」


「いいの!? ぜひ一緒に食べたいわ!」


 フレアは両目を輝かせた。

 クロスは微笑んだ。


「きっと二人も喜ぶ。少し休んだら帰ろう」


「ありがとう。でも、私はもうひと踏ん張りしなくちゃ」


 フレアは疲れ切った両足で、なんとか踏ん張る。

 クロスも立ち上がった。

「やる事があるのか?」

「私が魔力を暴走させて、小屋の天井を壊しちゃったの。直すお手伝いをしなくちゃ」

 フレアはうつむく。

「森も燃やしちゃったし、ストリーム村の人たちになんて言えばいいのか……」

 フレアは悩み、クロスは何も言えなくなった。

 そんな二人に歩み寄る人間がいる。

 ストリーム村に住む老人だった。

「儂らの事を気に掛けてくれるのか。ホーリー家とはいえありがたいのぅ」

「ホーリー家はいい人たちよ。誤解しているわ」

 フレアの言葉に、老人は複雑な笑みを浮かべた。

 どこか悲しんでいるように、懐かしむように、微笑んでいた。

「神の御使いもセレネさんも、ホーリー家には苦しめられたからのぅ。出会い方が違えば、お互いに殺し合いをせずにすんだかもしれぬ。歯がゆいものじゃ」

 老人のいう神の御使いとは、シェイドの事だ。シェイドはストリーム村で尊敬されている。

 フレアは頭を下げた。

「シェイドたちを倒した事を、あなたたちが快く思わないのは当然だと思うわ」

「顔を上げてくれ。戦う以外の手段が無かったのじゃろう。ただ、できれば殺すのだけは避けてほしいのぅ」

 フレアは頭を上げて頷いた。

「私も彼らには世話になったわ。お互いにとって、できるだけ良い方向に進むように頑張るわ」

「その言葉が聞けただけで儂らは救われるぞ。応援しかできぬが、頑張ってほしい」

「はい!」

 フレアは元気よく返事をした。

 老人はフフッと穏やかに笑った。

「儂らも頑張らねば。さて、村に戻ろう」

 そう言って、村人たちに声を掛けて、ストリーム村へ戻っていった。

 フレアはブライトに向き直る。

「お兄ちゃん、ちょっといいかな。提案があるの」

「どうしたの?」

 優しい微笑みを向けられる。

 フレアは考えた事を口にする。

「シェイドたちの事なんだけど、二人が普通の振る舞いをしていたら、普通に扱ってあげていいじゃないかなって。魔術を使わなくて、ナイフを振り回さないのなら、食事やお風呂もお散歩もやらせてあげていいと思うの」

「彼らが普通の振る舞いをできるとは思わないけど……念のために様子を見ようかな。大活躍をした妹の提案だからね」

 ブライトはウィンクをした。

 フレアは両目を輝かせて感激したが、クロスは複雑な表情を浮かべている。

「俺は反対です。シェイドもセレネも厳重に監視するべきだと思います」

「そうだね。もっともな考えだと思うよ」

 ブライトは頷いた。

 クロスは丁寧に一礼する。

「同感いただき安堵しています。できれば取り調べに立ち会わせていただきたいです」

「長官の判断を仰ぐ必要はあるから即答はできないけど、掛け合っておくよ」

「ありがとうございます」

 シェイドとセレネが別々の護送用の馬車に乗せられる。ブライトはシェイドと同じ馬車に乗り込んだ。

 世界警察ワールド・ガードの一部も、馬車に乗り込む。ストリーム村付近の調査を担当する班と分かれていた。

 馬がいななきをあげて、ゆっくりと慎重に歩み出す。連行が始まった。

 そんな様子を見ながら、フレアは呟く。

「私たちにとっても、二人にとっても、いいようになるといいわ」

 クロスは溜め息を吐いた。

「二人ともいつ暴れるか分からないが、世界警察ワールド・ガードに任せよう。そろそろ帰るか?」

「そうね、ご馳走に期待するわ!」

 クロスとフレアが歩き出す。

 その後を、ローズが追いかける。

「あら、この私を置いていくつもりですの?」

「おまえはクォーツ家に帰るだろう?」

 クロスが心底嫌そうに尋ねると、ローズはフフンと鼻を鳴らした。

「この私が途中まで一緒に帰ってあげると言っているのだから、素直に受け止めなさい!」

「そうだね、一緒に帰ろう! 一人は寂しいからね」

 フレアが誘うとローズは胸を張った。

「あなたたちが寂しくならないように配慮してあげますのよ!」

 クロスはうんざりした表情を浮かべたが、フレアは素直に喜んだ。

「ありがとう、帰ろう!」

 三人で家に向かって歩き出す。

 道中は三人共に元気だった。

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