魔術師たちの戦い

 シェイドが両手を広げて、狂ったように笑う。

「決定打なんてねぇ、誰が生き残るかなんて知らねぇ。楽しもうぜ、魔術師同士の殺し合いだ! イービル・ナイト、エターナル・ナイトメア」

 シェイドの足元が闇色に染まり、黒い泡が生まれては、弾けて消える。泡が弾けるほんの一瞬の間に、黒い異形のものたちが生まれ落ちる。槍を猛々しく掲げる骸骨、片目が抜け落ちた猪に似た獣、漆黒の闇を背中にまとう六本の腕を持つ怪物……。

 いずれも生者を呪う亡者のように、フレアたちを睨みつけていた。

 ブライトが苦々しく呟く。

「またあの魔術か……悪夢の魔術師シェイドらしいが、気持ちの良いものではないよ」

「悪いが俺は楽しいんだ。俺を倒したいのなら攻略してみろよ」

 シェイドが歓喜の表情を浮かべる。

 フレアは怯えて全身の震えが抑えられなくなった。

 シェイドは殺し合いを心底楽しんでいる。フレアに会う前も、何人も殺してきているのだろう。

 信じられない感覚だ。

 ローズも戦慄していた。

「信じられませんわ……」

 震え声になっていた。

 セレネはクスクス笑っていた。

「戦う事を選ぶのなら、殺し合いは当然でしょう。気持ち良くないと言ったり、怯えて何もしない方が異常です」

「いいえ、あなたはともかくシェイドはとんでもないですわ」

 ローズはじっとりと汗を流して、シェイドを指差した。

「男が男に攻略しろなんて、そんなオープンスケベとは思いませんでしたわ!」

「……もうあんたのペースには付き合わねぇよ」

 シェイドが呆れ顔で溜め息を吐くと、セレネは頷いた。

「シェイド様、好みの男性のタイプがあるのでしたら後で教えてください。力づくで連れてきますので」

「真顔でボケるのはやめようぜ」

「シェイド様のためなら、私は何でもできます」

「じゃあ、ローズの言葉を真に受けないようにしろ」

 セレネは両目をパチクリさせた。

「クォーツ家の出身ですが、よろしいのですか?」

「エリスとは違う。ローズは別種だ」

 ローズは無駄に高笑いをした。

「この私をエリスと同じだと思わないで欲しいですわ。私は高貴なる真のクォーツ家。犯罪組織ドミネーションに属した女よりも、ずっと尊い存在ですの」

「あんたと比べられるのは気の毒だが、あの女ならまあいい」

 シェイドは口の端を上げた。


「おふざけはこのくらいにしようぜ。クロスもブライトも、とっくに呪文を唱え終えただろ?」


 ブライトは十文字槍を地面に突き刺した。

「持久戦を意識したいけど、そうも言っていられない。セイクレド・ライト、シャイニング・ゴッド」

 ブライトを中心に、まばゆい光が生まれる。光は一瞬にして広がり、黒い異形のものたちを包み込み、消滅させる。

 しかし、異形のものたちは、泡が弾けると共に次から次へと出現する。

 その隙間をかいくぐり、ブライトは十文字槍を突撃させていた。

 ブライトは迷わずにシェイドに向かう。今の十文字槍に魔力は込めていない。攻撃力が増す事はないが、シェイドに魔力を奪われる事もない。

 純粋なブライトの力量が試される。

 ただし、そんな状況をセレネが放っておくはずがない。

「アクア・ウィンド、ボルテックス・シールド」

 虚空で渦が巻き、十文字槍の行方を阻もうとする。

 しかし、ブライトは笑みを浮かべた。

「予想していたよ」

 ブライトは大幅に横に跳び、渦のシールドをかわして突進した。

 標的はシェイドだ。

 彼を庇うように異形のものたちが出現するが、ブライトは構わずに突撃する。

「僕は一人じゃないからね」

 事態はブライトの期待どおりになる。

「カオス・スペル、エンドレス・リターン」

 クロスが絶妙のタイミングで魔術を放った。

 異形のものたちが混沌の波に呑まれて引きずり込まれる。シェイドを庇うものはいなくなった。

 セレネの表情に焦りが浮かぶ。

「アクア・ウィンド、ルースレス・ナイフ」

 見えない風のナイフがブライトに襲い掛かる。

 ブライトとシェイドの距離が近い。

 二人共傷つけるかもしれない。しかしセレネが何もしなかったら、十文字槍が確実にシェイドを捉える。十文字槍の方がダメージは大きいだろう。

 セレネは後で罰を受ける覚悟をしていた。多少はシェイドを傷つけても、怒られるだけですめば安いだろう。

 しかし、シェイドは笑みを浮かべる。

「イービル・ナイト、ロバリィ」

 セレネが放った風のナイフが黒く染まり、シェイドの思うままにブライトに襲い掛かる。

 幾つもの黒い刃に迫られて、ブライトは思わず後退した。

 黒い刃が追撃を掛ける。四方八方からブライトに襲い掛かる。

 かわしきれない。

 ブライトが両腕で首を守る体勢に入る。

 その時にクロスが呪文を唱えていた。

「カオス・スペル、リターン」

 クロスの右手から生まれた黒い波動が、黒い刃を包み込む。黒い刃は波動に溶け込むように消えていった。

 ブライトはウィンクする。

「クロス君、ありがとう」

「いいえ、ロバリィが唱えられる前に消すべきでした」

 クロスは淡々と言っていた。

 ブライト自身は警備服が少し切られた程度ですんだが、シェイドは全くダメージを負っていない。

「いい判断だったぜ、セレネ」

 シェイドに褒められて、セレネは頬を赤くした。

「少しはシェイド様を傷つけると思っていました。申し訳ありません」

「細かい事は気にするな。まだまだ楽しもうぜ」

 シェイドは心底愉快そうに笑った。

 その笑いに負けないように、ローズが高笑いをあげた。


「私の事をお忘れになられては困りますわ! フラワー・マジック、フォレスト・マーチ、ダンシング・ハーブ」


 大量の木の根や蔦が這いずり、草花が踊るように螺旋を描いて伸びる。

 森がうごめいているかのようだ。

 フレアは素直に感激した。

「みんなすごい……!」

 魔術師たちの戦いは、まだ続く。

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