奥の手

 ローズは高い木の枝に立っていた。

 漆黒の嵐が吹きすさぶ中で、高笑いが響き渡る。

 胸を張り、金髪のツインテールをはためかせ、威風堂々と宣言する。

「姓はクォーツ、名はローズ。世界一の美少女天才魔術師といえばこの私! 犯罪組織ドミネーションなんてすぐに壊滅させてあげますわ!」

 フレアは両目を輝かせた。

 保健室で寝ていたはずなのに、フレアを想って駆けつけてくれたのだろう。頼もしい友達だ。

「ローズ、ありがとう」

「礼には及びませんわ。因縁の対決をしにきましたの」

 太い木の枝の上から、ローズはシェイドを指さす。

「友達を泣かせた事を後悔させてやりますわ!」

 シェイドは露骨に不愉快そうな表情をしていた。

「うるせぇ、めんどくせぇ、とっとと死んでくれ」

「あなたにそんな事を言われる筋合いはありませんわ! ちゃんと対策を考えてきましたの。奥の手をくらいなさい! フラワー・マジック、ダンシング・ハーブ」

 ローズの声量に応えるように、シェイドとセレネの周りで、草花が急速に伸びる。

 そして大量に花開き、シェイドとセレネに向けて、花粉を飛ばした。

 もうもうと花粉が舞う中で、セレネがあざ笑う。

「目くらましですか? こんな子供だましでシェイド様を倒そうなんて……!」

 ふざけている。

 そう言いかけて、セレネの表情が明らかに変化した。

 笑みが消え、焦りが浮かんでいる。

 やがてセレネは両膝を地面についた。その間も花粉は舞い続ける。

「これはいったい……?」

「天然の痺れ薬といったところだな。安心しろ、一時的に痺れるだけだぜ」

 シェイドが愉快そうに言っていた。

「植物には猛毒を含むものもあるが、単独で命を奪う危険があるものは少ない。ここらには生えてねぇが、どうやって用意するのか楽しみだぜ」

 ローズは口元を引くつかせた。心なしか額に汗をにじませている。

 沈黙が流れた。

 漆黒の嵐が草花をなぎはらった頃に、ローズは空を見上げた。

「今日もいい天気ですわね」

「嵐だろうが。おい、奥の手はどうした?」

 シェイドが問いかけると、ローズはオホ、オホホと歯切れ悪く笑う。

「急用を思い出しましたわ。急いでお花摘みに行きませんと」

「花ならここらでいくらでも摘めるだろうが」

 シェイドは眉をひそめた。

「もしかして、痺れ薬が奥の手だったのか?」

「さぁ、行きますわよ! 森よ、暴れなさい!」

 太い木の根が地面から持ち上がり、シェイドを踏みつぶそうとする。

 シェイドは呆れ顔で溜め息を吐いた。

「悪あがきなのが見え見えだぜ。クォーツ家の奥の手というから少しは期待したが、本当にこんなもんか? イービル・ナイト、ロバリィ」

 太い木が闇色に染まり、四方八方をのたうち回る。ローズの魔力がシェイドに奪われたのだ。

 倒れている世界警察ワールド・ガードの面々を叩き潰そうとしていた。

 ローズは髪をかきむしって、魔術を消す。木々はバランスを失い、轟音を立てて倒れた。

 倒れた木の隙間からローズが這い出てきた。

「シェイドが痺れ薬に耐性があるなんて、聞いていませんわ! クロスもなんで教えてくれませんの!?」

「……俺だって知らなかった」

 クロスは弱々しい口調で答えた。

「なんで平気なのか、俺も聞きたい」

「小さい頃に慣らされただけだぜ。それができなかったら死んでいただろうな」

 シェイドは心底愉快そうに笑った。

「あの経験が役に立つなんてな! 世の中分からねぇもんだぜ」

「笑ってないでみんなに優しくしなよ。セイクレド・ライト、ブリリアント・スピア」

 唐突に穏やかな声が聞こえたかと思えば、光る十文字槍がシェイドに迫り来る。

 ブライトが一瞬で距離を詰めていた。

 シェイドは避けようとしない。

 代わりにセレネが立ち上がって、微笑んだ。

「アクア・ウィンド、ボルテックス・シールド」

 セレネがは魔力を放つと、水分を含んだ風が渦巻く。渦巻きは加速度的にスピードを増す。

 十文字槍が猛烈な渦に巻き込まれた。急激な回転についていけず、ブライトはたまらず十文字槍をひっこめた。

「やるね」

「お褒めに預かり光栄ですが、あなたは絶対に殺します」

 セレネの笑顔に影が宿る。

 シェイドは大笑いをしていた。

「役者はそろったぜ。始めようか、楽しい宴を!」

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