楽しい作業

 セレネは内心でほくそ笑んでいた。

 フレアに聞こえるように会話をしたのは、わざとだ。シェイドも分かっていて、声のボリュームを下げなかったのだろう。フレアは案の定落ち込んでいる。

 そんなフレアに、セレネは優しく微笑みかける。

「表情が暗いですよ。どうしましたか?」

「みんなに迷惑を掛けてごめんなさいと思って……私はどうすればいいのかな?」

 セレネは口元を押さえて、フレアに背中を向けた。大笑いをこらえるのに必死だった。

 ここまで順調に相手の気持ちをコントロールできると、かえって怖いくらいだ。

 セレネは笑みを隠し、憐みの視線を浮かべてフレアに向き直る。

「みんなに迷惑を掛けるのは辛いですね。ですが、ご安心ください。神は決して見捨てません。みんなに迷惑を掛けた償いをすれば良いのです」

「何をすればいいのかな?」

「今ここに神の御使いがいるので、聞いてみてはいかがでしょうか?」

 セレネは視線でシェイドを示す。

 シェイドは、他の子供を高い高いしている所だった。

 子供をそっと地面に降ろした後で、急に川沿いを上流の方向へ歩き出す。

「いろいろツッコミたいが、めんどくさくなった。さっさとお礼をしてもらうぜ。ついて来い」

「は、はい!」

 シェイドの歩幅は広い。フレアは早足でついて行くのがやっとだ。

 セレネは余裕の表情で後に続く。

「フレアは私がいた方が安心できますね?」

「そうだね、来てくれてありがとう」

 フレアはお礼を言いつつも、汗をダラダラかいて肩で息をしていた。

 運動不足がたたっていた。

 セレネはクスクス笑う。

「無理にお礼を言わなくても良いのですよ。歩く事に集中してください」

「あ、ありがとう」

「言っているそばから足元がフラフラですよ」

 セレネに笑われながら、フレアは足を動かし続けた。

 しばらく歩いた所で、木造の小屋が見つかった。

 小屋から草の臭いが漂ってくる。シェイドに続いて中に入ると、案の定大量の草が積み重なっていた。

 フレアにとって見覚えのある草ばかりだ。

 魔術学園の屋外実習で採取した薬草だらけだ。


「全部ポーションの材料ね」


 フレアが確認すると、シェイドは頷いた。

「村人が集めたもんだ。こんなに大量でなくてよかったけどな」

「あなたって意外と人望があるのね」

「あるわけねぇだろ」

 シェイドはそっぽを向いていた。

「魔術学園グローイングでポーション作りを習ったよな。そこに道具とテーブルがあるから実践しろ」

「こ、ここで?」

 フレアは、部屋の隅にある棚とテーブルを見て、両目をパチクリさせた。

 確かにポーション作りを習っている。しかし、あの時は懇切丁寧な説明書があった。余裕があれば手順を覚えるように言われていたが、魔力を暴走させていたフレアにそんな余裕は無かった。


「……ごめんなさい。手順が分からないの」


 フレアが正直に言うと、シェイドは露骨に眉をひそめた。

「ポーション作りなんて薬草を適当に混ぜるだけだろ」

「その手順を覚える余裕が無くて……」

 フレアが申し訳なさそうにまぶたを伏せると、シェイドは舌打ちをした。

「道具と材料がそろっているのに作れないなんてな。近頃の学生はこんなもんか?」

「みんなはどうなのか分からないけど、私はまだまだ頑張らないといけないわ」

 フレアは顔を上げた。

「あなたが良ければポーション作りを教えてほしい」

「いいわけねぇだろ。めんどくせぇ」

 シェイドは薬草の束を拾って、テーブルに向かった。


「よく見て一発で覚えろ。次からは全部やってもらうぜ」


「いいの!?」


「大量の薬草が、このままじゃ腐るんだ。仕方ねぇ」


 フレアはシェイドの隣に行って、ポーション作りを真剣に学んだ。

 シェイドは道具一式と薬草を順番に並べて、作業に入る。

 薬草を適度に切って、並べた順に混ぜて擦り潰していく。薬草から徐々に水分がにじんで、その水分をこす。

 一見すると簡単な作業だが、フレアはその難しさを知っている。

 混ぜる順番を間違えると薬草同士で水分を吸収してこせなくなったり、水分が出てきても素早くこさないと再び薬草が水分を吸ってしまう。いずれの場合もポーションができないのだ。

 シェイドの手際の良さは、目を見張るものがあった。

「慣れているのね」

「しょっちゅう怪我をするからな。ポーションがあって困る事はないぜ」

 フレアは吹き出した。

「怪我に慣れなくてもいいのに……」

「無駄話をする暇があるなら手を動かせよ。道具の位置はやりやすいように動かしていいが、後で川の水で洗えよ」

「分かったわ」

 フレアは頷いて、一つ一つの手順を丁寧に行った。

 シェイドほど素早くできないが、着実にポーションを作っていく。

 数をこなせば、自然と要領が良くなる。少しずつスピードが上がる。

 フレアは作業がだんだんと楽しくなっていた。


 同じ頃に、クロスは戸惑っていた。

 ストリーム村の村人たちに囲まれて質問攻めにあっていた。

「可愛いねぇ、名前は?」

「走ってきたようじゃが、どこでそんな体力を鍛えたのじゃ?」

「お兄ちゃんたかいたかーい!」

 一度にいろいろ言われて、対処不能になっていた。

「あの……順番にしゃべってもらってもいいですか? 聞き取れなくて……」

 ストリーム村からあがった赤い光の柱が消失した経緯を聞きたいが、村人たちの質問を区切る事ができずにいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る