神の御使い?

 村人たちはシェイドを拝んでいた。手を合わせて深々と頭を下げたり、十字を切って祈りを捧げたり、宗派はバラバラであるが、本気で神の御使いだと信じているのだろう。

 腰を抜かしていた老人がゆっくりと立ち上がる。

「神の御使いのおかげで腰が治りましたぞ」

「俺にそんな能力は無いぜ」

 シェイドは正直に言っているだけだが、老人はふぉっふぉっふぉっと心底おかしそうに笑った。

「何をおっしゃる、あなた様に救われた村人は数多くいるのです」

「俺のような柄の悪い神の御使いなんかありがたみが無いだろ。シェイドと呼べ」

「謙虚なのも良いのぅ」

 老人は地面の上で正座をして、両手を地面に付けた。

「儂も見習わなければならぬ」

「やめろ、そんな謙虚さ誰も求めてねぇよ」

 シェイドは老人を引っ張り起こして、立たせた。

「あんたはすぐに腰を悪くするんだ。無理な体勢は控えろ」

「ああ、儂の身を案じてくださるのか。ありがたや」

 老人は、また地面に両膝を付ける。

 シェイドは老人の両腕を無理やり引っ張って、無理やり立たせた。

「すぐに正座する癖を直せと言っているんだ!」

 シェイドは怒鳴っていたが、老人はありがたやーと言いながら、また正座しようとしていた。

 そんな様子を見て、フレアはセレネに確認を求める。


「あなたが言っていた神の御使いって、シェイドの事だったの?」


「シェイド様とお呼びください」


 セレネの目は座っていた。

「シェイド……様……」

 フレアは両目をパチクリさせたが、セレネの言う通りにした。

 セレネはうんうんと頷いた。

「慣れれば自然と呼べるようになるでしょう」

「俺の事はシェイドでいい」

 老人が立ったままお祈りするという妥協点を見つけて、シェイドは溜め息を吐いた。

「どいつもこいつも、どこで妄想を広げてくるんだ」

 疑問を投げかけられたと思い、村人たちは口々に言葉を紡ぐ。

「妄想ではなく、あなたが起こす奇跡をありがたがっているのです」

「夢に出て励ましてくれました」

「腰が治ったしのぅ」

「お兄ちゃんあそぼー!」

 村人たちの言葉を聞きながら、シェイドは口元を引きつかせていた。

「どれも俺の功績じゃねぇよ。あと、遊び相手は慎重に選べ。死ぬぜ」

 小さい子がシェイドのローブを引っ張った。

「おんぶおんぶー」

「……死にてぇのか」

 シェイドはこめかみに片手を当てて、ドスの利いた声を発していた。

 しかし、子供には効果が無かった。より強く、シェイドのローブを引っ張る。

「おんぶー!」

「うるせぇよ!」

「うわーん!」

 ついには子供が泣き出した。

 老人がふぉっふぉっふぉっと鷹揚に笑いながら、子供の傍でしゃがんで背中を見せた。

「おんぶなら儂がやってやる。あんまり神の御使いを困らせるでないぞ」

「やだー、じいちゃんすぐに降ろすからやだー!」

「おんぶは体力がいるのじゃ、仕方ないのじゃ」

「うわーん!」

 子供は聞き分ける事ができず泣きっぱなしだ。

 シェイドは呆れかえった表情を浮かべて、子供の両脇を抱え上げた。

 高い高いをしていた。

「騒いだら殺す」

「わーい!」

「騒ぐなと言っただろ!」

「わーいわーい!」

 子供は笑顔満面で万歳をしていた。

 セレネは両手をワナワナさせていた。

「シェイド様のご命令があれば、私がすぐに殺しますのに」

「こんな振る舞いをしていれば、いつか誰かに殺されるだろう。俺たちが手を下す事はないぜ」

 シェイドは子供をそっと地面に降ろしていた。

 子供はキャッキャッとはしゃぎながら、今度は老人の背中に乗っていた。

 フレアは思わず吹き出した。

「高い高いとおんぶを両方やってもらうのね。あ、そうそう。シェイド……様……」

「シェイドでいい。何の用だ?」

 シェイドは舌打ちをして睨んでくるが、話を聞いてくれるようだ。

 フレアは微笑む。

「私の魔術を止めてくれてありがとう」

「放っておいたらセレネが死んだだろうからな」

「意外と仲間想いなのね。見直したわ。お礼ができたらいいのだけど」

「あんたに評価されるいわれはねぇよ。だが、そうだな」

 シェイドは口の端を上げた。


「お礼に関してはちょっと考えさせてもらうぜ」


「シェイド様、よろしいでしょうか?」


 セレネが口を挟んだ。

「念のために申し上げておきたい事があります」

「たった今シェイドと呼べと言った所だぜ」

「あなたを呼び捨てにできる身分ではありません。ドミネーションの幹部である事をご自覚ください。改めてシェイド様、よろしいですか?」

「……なんだ? 人前で話せる事か?」

 シェイドは溜め息を吐いた。不服そうな表情だが要件を聞こうとしている。

 セレネは一呼吸置いた。頭の中で、作戦の進捗を振り返っていた。

 概ね作戦どおりだった。ダスクやグリードと協力して、クロスとフレアを離れさせる。そして一芝居売ってフレアをドミネーションに引き入れる。

 ドミネーションに引き入れたら、シェイドの指示通りに魔術を使わせるつもりだった。

 しかし、フレアの魔術を目の当たりにして意見が変わった。

「フレアの魔術は、たぶん誰にも制御できませんよ。無理やり消すのだって、とても大変な事だと思います」

 世界警察ワールド・ガードの壊滅に魔術学園グローイングの乗っ取りなど、やりたい事は数多くあるが、いずれも達成できない気がした。目的を果たす前にセレネの心臓がやられるだろう。


「フレアを世界警察ワールド・ガードに預ければ、私たちが何もしなくても世界警察ワールド・ガードが壊滅すると思いました」


「それは俺も思ったが、世界警察ワールド・ガードが素直に預かるとは考えづらい。魔術学園グローイングに押し付けるだろう」


 シェイドは額に片手を当てて、再び溜め息を吐いた。

「あの学園もしょっちゅう貧乏くじを引かされるな」

「魔術学園を心配するのですね」

「ドミネーションに寝返る優秀な魔術師は多かったからな。壊滅されると人材確保が面倒だぜ」

「さすがです、しっかりと考えているのですね」

 セレネが尊敬の眼差しを向けると、シェイドは首を横に振った。

「一から人材を育てるのがめんどくせぇだけだ」

「分かりました。ひとまずフレアを引き入れる事を考えます」

 セレネが怪し気に笑う。

 フレアは肩を落とした。

「全部聞こえているよ。私ってやっぱり迷惑なのかな……」

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