フレアの辛さ

 村人たちは歓喜の声をあげた。

「魔術の指導をしてもらえるなんて羨ましい!」

「ドミネーションがますます発展するわね」

 ストリーム村はお祭り騒ぎになりそうだ。フレアは歓喜の波に呑まれそうだった。

 魔術制御の指導をされる。

 その事に抵抗はない。むしろありがたい。

 しかし、ドミネーションのために全力を尽くすのはブライトに対する裏切りであり、魔術学園グローイングにも多大な迷惑を掛けるだろう。

 フレアは悩みに悩んだ。意を決して気持ちを伝える。


「ごめんなさい、ドミネーションのために全力を尽くす事はできないわ」


 辺りが静まり返る。

 フレアは続ける。

「友達やお兄ちゃんがドミネーションの幹部に傷つけられたから、許す事ができないの」

 村人たちが互いに顔を見合わす。

「ドミネーションの幹部というと、どっちだ?」

「どっちにしろ、この子はホーリー家だろ? この子のお兄ちゃんも悪いと思う。ドミネーションのエージェントを何人も殺しているから」

 フレアは唇を噛んだ。

 心は傷ついたが、言い返す言葉がない。

 ブライトを信じていないわけではないが、世界警察ワールド・ガードとして様々な任務があっただろう。犯罪組織ドミネーションと戦う事は何度もあっただろう。

 その過程で相手を殺してしまった事もあっただろう。

 ブライトはフレアに話さないだけで、痛い時もあったはずだ。しかしフレアにはずっと優しい笑顔を浮かべていた。

「……お兄ちゃんは辛かったと思う」

 ようやく口を開く事ができた。

 村人たちがざわつくが、フレアは続ける。


「世界警察ワールド・ガードの任務のために、ドミネーションと戦う事があったと思う。殺すのは嫌だったと思う」


 フレアの言葉に、村人たちが激昂する。

「ドミネーションのエージェントだって死にたくなかったはずだ!」

「生きていたらこの村を支援してくれたはずだったのに」

 村人たちの怒りをフレアは受け止めきれない。

 悪夢の魔術師シェイドの冷酷さを目の当たりにして、怖い想いをした。犯罪組織ドミネーションは、魔術学園グローイングの卒業生を何人も殺してきただろう。

 フレアは村人たちに共感できない。

 悲しみが込み上げていた。全身が震えてどうしようもない。

 しかし、フレアは頭を下げた。

「私がこんな事を言っていいのか分からないけど……戦って傷つくより、もっと他にやれる事がないのかなと思うわ」

 謝罪の言葉を述べる事はできない。しかし、互いに辛かったのは分かる。


「お兄ちゃんとドミネーションは、もう仲良くできないと思うけど、殺し合わない方法を模索したいわ」


「言いたい事は分かりますが……その魔術をどうにかしてください」


 セレネの指摘に、フレアは首を傾げた。

「魔術ってなんの事……!?」

 フレア自身が赤い燐光を帯びていた。足元の地面は真っ赤になり、溶けかけている。

 いつの間にか感情が高ぶり、魔力が溢れたようだ。

「ごめんなさい、また暴走しているみたい」

「いつ呪文を唱えたのか分かりませんが早く消してください」

「消そうと思っても、なかなか消えないんだ……」

 フレアの声は消え入りそうだった。

 セレネは眉をひそめた。

「消そうとしているのに消えないなんて、ありえません」

 セレネはフレアにずいっと迫る。

「この村を滅ぼすつもりですか?」

「そ、そんな事ないよ。ただバースト・フェニックスを抑えられないだけで」

 刹那、天高く赤い柱が立ち昇った。

 柱は勢いが衰えず、広がろうとしている。このままででは、ストリーム村をあっという間に焼き尽くすだろう。

 フレアは申し訳なさそうに告げる。

「……これが私の魔力特性なの」

 セレネは悲鳴をあげて飛び退いていた。

「こんなに簡単に膨大な魔力が放たれるなんて……! 早く止めてください!」

「止めようとしているんだけど……」

「いいから早くしてください!」

 セレネは急かすだけで、具体的な対処法が分からない。恐怖で足がすくみそうになっている。

 フレアは泣きそうになっていた。

 止めようとしているのだが、バースト・フェニックスを消す事ができない。赤い柱は少しずつ広がっている。

 村人たちが悲鳴をあげて逃げ出すが、腰を抜かして動けなくなる人もいた。

 フレアは必死で冷静さを保とうとする。

「止めなくちゃ、止めなくちゃ!」


 同じ頃に、クロスは焦っていた。

「やっぱり暴走したか!」

 平原を全力で走るが、到底間に合うとは思えない。残酷なまでに距離がありすぎる。

 しかし走るしかない。

「フレア、諦めずに頑張ってくれ。すぐに行くから!」

 そんなクロスの想いが通じたのか。

 赤い柱に漆黒が混ざったと思ったら、徐々に消えていったのだ。漆黒はクロスが放ったものではない。

「あの魔力特性はイービル・ナイト……まさか!」

 クロスは更に急ぐ。


 柱が消えた頃に、フレアは両目を見開いた。

 唐突にセレネの影から、痩せた長身の男が出現したのだ。長さのそろわない銀髪を生やしていて、黒いローブを身につけている。

 その男が呪文を唱えて、柱を消したのだ。

 村人たちの両目が輝いた。

「神の御使いだー!」

「助かったー!」

 神の御使い呼ばれた男は舌打ちをした。

「神より格下なのは認めるが、わざわざ口にするな。俺の事はシェイドと呼べ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る