素晴らしい景色
空を飛んでいる。
フレアにとって信じられないような体験だ。
風圧が強い。きっと恐ろしく高い場所にいるのだろう。怖くて目が開けられない。
そんなフレアを抱えながら、セレネは優しく声を掛ける。
「目を開けてください。素晴らしい景色ですよ」
「……本当に?」
フレアは目を開けようと努力した。しかし、恐怖がまさって、まぶたが思うように上がらない。
セレネはクスクスと笑う。
「安心してください。私の魔術でしっかりと支えますから、落ちる事はありません。せっかくの景色ですよ。ぜひご覧ください」
フレアは意を決して両目を開ける。
地上は遥か彼方にあった。
思った以上に空高く飛んでいたのだ。見下ろすと、鳥の群れが一瞬で通り過ぎていた。
魔術学園グローイングも、クロスと共に歩いた草花の道も、ずっと後方にあった。
気づかなうちに遠くに来ていた。
日の光に照らされた景色は美しい。草原も川も山々も生き生きとしている。
「すごい……」
フレアは感動して、胸がいっぱいになった。キラキラした瞳で、一生懸命に景色を見ていた。セレネと出会わなければ、一生味わえない感動だろう。
「本当にありがとう。こんなに素敵な景色を見せてくれるなんて」
「素直についてきたからですよ。言ったでしょう、神は見捨てないと」
セレネが微笑みかける。
フレアはセレネをいい人だと思った。落ち込んでいた所を励ましてくれたし、かけがえのない体験をさせてくれた。
友達になれたらいいなと思った。
「セレネは優しいね。天使みたい」
「天使なんてそんな……恐れ多いですよ!」
セレネは顔を真っ赤にした。
「私なんてただの人間です。本当の神の御使いに対する侮辱です」
「ごめんね、そんなつもりじゃなかったの」
フレアが素直に誤ると、セレネの顔は元の色白になる。
「人間は誰しも過ちはあります。そろそろ地上に降りますが、今日の事を忘れないでくださいね」
「うん、絶対に忘れないよ!」
「良い心掛けです。神はあなたを祝福してくれるでしょう」
ゆっくりと高度が下がっていく。
少しずつ地上に近づく。広葉樹の森がはっきりと見えてきた。
森の真ん中付近がポッカリと空いて、その空白を埋めるように木造の家々が並んでいる。集落があるようだ。
集落のすぐ東を、綺麗な川が流れている。その川の水をくむ人たちの表情は明るかった。
フレアは感激した。
「この村に降ろしてくれるの?」
「はい。とても気のいい人たちが集まっています。しばらくお世話になるといいでしょう」
「お世話になりっぱなしなのは気が引けるわ。私にできる事はない?」
フレアが尋ねると、セレネは穏やかに笑った。
「素直な良い子ですね。村の人たちは世話好きなので、あまり気にしないと思いますが……そうですね、お話を聞いてあげると良いでしょう」
「話を聞くだけでいいの?」
「相手の伝えたい事を受け止めるのも、立派な善行です。きっと喜ばれますよ」
喜ばれる。
この言葉を聞いた時に、フレアは俄然やる気になった。
今まで優しくされるばかりで、誰かに頼って生きていた。誰かの役に立ちたいとずっと思っていた。
「頑張るわ!」
「いいですね、その調子です」
セレネは地上に充分に近づいた所で、魔術を消した。
ふわっと優しい風がフレアたちを包み、ゆったりと地上に降りる事ができた。
「ありがとう、セレネ。この恩はきっと返すわ!」
「そうしてください」
セレネは微笑んで、こっそり呟く。
「ここはドミネーションを崇拝するストリーム村です。皆さんのお話をしっかりと聞いてあげてくださいね」
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