旅立ち
ホーリー家に向かう途中で、フレアの胸の内はいっぱいになっていた。クロスの家の温かみに触れて、感激していた。
クロスは両親と血がつながっていない。しかし、確かに愛情を注ぎ合う家族であった。
「……ホーリー家はどうなのかな」
フレアは朝焼けに向けて呟いた。不安げな口調であった。
みんな優しくしてくれた。ブレス王家の生き残りだからという理由なら、寂しくて悲しい。
しかし、愛情を注いでくれたのは事実だ。感謝しなければならないだろう。
「私の気持ちをちゃんと伝えなくちゃ」
フレアはしっかりと前を向く。
どのような対応をされても、落ち着いて受け入れるつもりだ。
「私は立派な魔術師になるんだから。取り乱して暴走しないようにしなくちゃ」
「そうだな、感情の高ぶりに気を付けた方がいい」
隣を歩くクロスが口を挟んだ。
「おまえはまともに呪文を唱えなくても、魔術を行使できる。羨ましい素質だが、慎重に扱った方がいいだろう」
「ありがとう。クロス君に言われると、ちゃんとできそうな気がするわ」
フレアは微笑んだ。
「もうすぐホーリー家に着くわ。クロス君も挨拶をする?」
「遠慮しておく。貴族の家は苦手だ」
「分かったわ。待たせたらごめんね」
フレアがまぶたを伏せると、クロスはフレアの頭をポンポンと軽く叩いた。
「謝る必要はない。しっかりと自分の気持ちを伝えてこい」
「うん、ありがとう。行ってくるね!」
フレアは片手を振って走った。悲しみや不安を吹っ切るように。
クロスの雰囲気は普段どおり落ち着いているのが、勇気を与えてくれた。
ホーリー家の屋敷にたどり着くと、金髪の夫婦が立っていた。
ホーリー家の主とその妻である。フレアの育ての親たちだ。
二人とも神妙な顔付きである。
「世界警察ワールド・ガードからブライトが倒れたと聞いた。フレアも辛かっただろう」
先に切り出したのは、父の方だった。端正な顔立ちで、年齢より若く見られる事が多い。
そんな父の言葉を取り次ぐように母が口を開く。
「お家に帰って身を守りましょう。これ以上、私の子に何かあったら耐えられないわ」
フレアは唇をかんだ。
育ての親たちは、純粋にフレアを心配している。守ろうとしている。
巣にこもるひな鳥のお世話をするようなものだろう。
しかし、フレアは知ってしまった。
「私はあなたたちの子供ではないのでしょう」
口に出した言葉は、フレアの胸に冷たくしみわたる。
育ての親たちは口を半開きにして、言葉を失っている。
フレアは深呼吸をした。
泣きそうになるのをこらえて、なんとか笑顔を作る。
「シェイドから聞いたわ。私はブレス王家の生き残りなのでしょう」
返事はない。
育ての親たちは何を考えているのか分からない。
だましてきた罪悪感か、勝手に真実をバラされた憤りか。
おそらくどんな答えも、フレアの心に響かなかっただろう。
フレアは続ける。自分の気持ちを伝えるために。
「私はあなたたちが大好きよ。本当に優しくしてくれたし、お世話になったわ。それだけを伝えるために、ここに来たの」
フレアは深々とお辞儀をした。
「今までありがとう。私はもう旅に出るけど、お互いに元気でいましょう」
頭を上げようとした。
その時に、フレアの身体を、育ての親たちの両腕が包んだ。
フレアは一瞬何が起こったのか分からなかった。
ただ、温かいものに包まれて、雫が頬を伝う。
雫はフレアが流したものではない。
育ての親たちが泣いていた。
「ご無礼お許しください」
「不敬罪というのなら甘んじて受け入れます」
父と母は、それぞれ言葉を紡ぐ。
「僕たちはどうなってもいい。ただ、ブライトの気持ちを伝えさせてほしい」
「あの子は、あなたを本当の妹だと思っていました。血がつながっていないのは承知でしたが、大切な家族だと思っていました」
父と母は、嗚咽を漏らしながら続ける。
「僕たちは親として不甲斐なかった。ブライトばかり危険に晒した挙句に、妹を傷つけてしまった。長い間だましてしまった」
「何と言ってお詫びすればいいのか分かりません。でも、これだけは信じて。ブライトは、あなたを何よりも大切に思っていました」
育ての親たちは、フレアからそっと離れた。
フレアの前で跪いて、涙を拭う。
「どんな処罰も受け入れます」
「あなたの本名は、フレア・ベネボレンス・ブレス。慈悲あるフレア様に神の祝福を」
フレアは全身を震わせた。
彼らに何か言わないといけないと思った。しかし、うまく言葉が出ない。
フレアを家族として大切に思っていたのは、ブライトだけではないだろう。真実を隠してフレアを守る事に、葛藤もあっただろう。
フレアの身を案じた故に、苦しんできたのだろう。
「ごめんね……」
一筋の涙と共に、一言が零れ落ちた。
もしもブレス王国が犯罪組織ドミネーションに滅ぼされなかったら。もしもフレアがもっと強かったら。
後悔だけが胸を満たす。
「みんなは何も悪くない」
涙を拭おうとするが、次々と零れ落ちる。
感情が抑えられないと自覚した時には、フレアの全身に赤い燐光が生まれていた。足元が焼け焦げる。このままでは暴走するだろう。
そんなフレアの両肩を、何者かが優しく掴む。
「カオス・スペル、リターン」
肩越しに振り返ると、クロスがいた。
「なんとなく嫌な予感がして来てみたが、相変わらずだな」
「ごめん、本当に。ごめん……」
「謝るより先にやる事があるだろう。おまえの両親が跪いたまま、おまえの判断を待っている」
フレアはハッとした。
感情が高ぶったのはフレアだけではない。
クロスが微笑む。
「うまくまとめようとしなくていい。本心を言ってやれ」
フレアは頷いた。
安心して言葉を紡ぐ。
「私は処罰なんてしないわ。感謝のために何かやりたいくらいよ。私だって、みんなを家族と思ってきたわ。これからもずっと、私たちは家族よ。私は旅に出るから、ちょっと別れるけど」
フレアは太陽のような明るい笑みを浮かべた。
「私はフレア・ホーリー。帰ってきたらお出迎えしてね」
「……今までどおりに振る舞っていいのですね」
父が確認する。
フレアは当然のように頷いた。
母は微笑んだ。
「いってらっしゃい。気を付けてね」
「行ってきます!」
フレアは元気に片手をあげて、歩き出した。
血のつながりがなかったとしても、帰る場所がある。
「みんな大事な家族だよ」
フレアは鼻歌まじりに呟いた。足並みは軽くなる。
そんなフレアの後を、クロスは微笑みながらついて行くのだった。
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