クロスの家

 フレアはモヤモヤした気持ちのまま、クロスについて行く。星空のもとを歩きながら、二人とも黙ったままだった。

 フレアの表情は沈んでいた。

 犯罪組織ドミネーションの幹部であるシェイドから、自分がホーリー家の血を引いていないと言われたのは、つい先ほどだ。信じたくはないし、確かめたくないのが本音だ。

 シェイドが嘘を言ったという可能性を信じたいという気持ちがある。

 フレアはすがる想いで口を開く。

「ねぇ、クロス君。シェイドって相手を惑わせるために嘘を言う人かな?」

「そんなセコイ事はしない」

 クロスは即答した。

 フレアはまぶたを伏せた。

「そうだよね……私はやっぱりホーリー家の人間じゃないんだね」

「そうだな。そんな大事な情報をシェイドが間違える事はないだろう」

 クロスは肩越しに淡々と告げた。

「まだ気にするのか?」

「まだって……ついさっき言われたところだよ!」

 フレアの語調に非難が混ざった。やりようのない悲しみを抱いていた。ずっと家族だと信じていた人たちと血がつながっていなかった。家族だと信じていた人たちは誰も真実を教えてくれなかった。

 しかし、クロスに八つ当たりしていい理由はないだろう。

 それに気づいて、フレアは自分の口元を押さえる。

「……ごめんね」

「気にしていない。それより、ホーリー家の人間でない事がショックなのか?」

「うん……」

 フレアは消え入りそうな声で肯定した。

「お兄ちゃんをお兄ちゃんと呼んでいいのか分からないの」

「本人に聞かないと分からないな。目を覚ますのはしばらく先だろうが」

 クロスは護符を取り出した。以前ブライトがクロスに渡したものだ。

「肝心な時に来てくれると信じている」

「そうだね。きっと来てくれる」

 フレアは顔を上げた。


「私は頼られる魔術師になるの。きっとブライトさんは安心してくれるわ」


「それくらいの気持ちでいた方がいいだろう」


 クロスが安堵の笑みを浮かべた。

「俺に血のつながった家族の記憶はないが、家族のように大切な存在ならいる。本当に人が良くて世話になっている。フレアも会ってくれないか?」

「わ、私がお邪魔していいの?」

 フレアの頬が赤らんだ。

 クロスは微笑んだまま頷いた。

「是非おまえに会いたいと言っていた。できればオムレツを振る舞いたいとも」

「本当にご馳走になっていいの!? 卵料理は大好きなの!」

 フレアの両目が輝いた。


 フレアの足取りが軽くなってしばらくすると、クロスが足を止めた。

 クロスは質素な一軒家のドアを開けた。

「ここが俺の家だ。寝ているかもしれないが……」

「クロス、やっと帰ってきたか! 心配したぞ!」

 クロスがドアを開けた途端に、茶色い髪と、同じ色の髭を生やした壮年の男が走ってきて、クロスを抱きしめた。

「こんなに遅くなるなんて聞いてなかったぞ。悪い遊びでもしていたのか?」

「特別実習に手間取っただけだ。まだ続く」

「続くのか!?」

 男はクロスの両肩を掴み、心配そうな眼差しを向けた。

「大丈夫なのか? 休めているか? ご飯はしっかり食べているか?」

「マークさん、子供扱いはやめてくれ」

「子供だろ!」

「友達を連れてきたんだ。恥ずかしいからやめてくれ」

 クロスが視線でフレアを示す。

 壮年の男マークは、クロスから手を放してフレアを凝視する。

「可愛らしい女の子だ。本当にただの友達か?」

「そうだ」

 クロスの表情は変わらない。

 フレアは少し残念な気持ちになったが、仕方ないと割り切った。

 丁寧にお辞儀をする。

「フレアです。クロス君にお世話になっております」

「固くならないでくれ。クロスの友達なら家族も同然だ。みんなでパーティーをしよう!」

「パーティーを!?」

 フレアは仰天した。

 そんなフレアに、家の奥から優しい声が掛けられる。

「ほんの少しご飯を作るだけよ。安心して入ってきてちょうだい」

 家の奥には小太りの短い茶髪の女性が、テーブルに皿を並べていた。

 クロスがフレアの手を引っ張って、家に入る。

「ベルさん、いつもありがとう」

 茶髪の女性ベルは笑顔で迎え入れた。

 マークはうんうんと頷いた。

「気遣いもできるのか。いい男になるぞ」

「あんた、あんまりクロスをからかわないで。さっさとご飯にするよ」

「おぅ!」

 マークも意気揚々と家に入る。

「俺たちの料理を食って、天国を味わうがいい!」

 椅子に腰かけて少し待つと、料理が皿に乗せられる。新鮮なレタスにプチトマト、香ばしいベーコン、そしてふわふわのオムレツ。

 マークとベルの料理は絶品であった。

「美味しい!」

 フレアはその場で飛び上がりそうになった。

 あっという間に平らげてしまった。

 マークは腰に手を当ててふんぞる。

「長年料理だけで食ってきたからな。そんじゅそこらのシェフと一緒にされちゃ困るぜ」

「あんたもそんじゅそこらのシェフでしょうが。みんなの恩赦でお金をもらっているだけで」

「それは言わない約束だろ!」

 二人のやり取りを、クロスは微笑んで見ていた。

 フレアもクスクス笑ってしまう。

「お料理は本当に美味しかったわ。特にオムレツがすごく美味しくて驚いちゃった」

 マークは得意げに胸を張った。

「そうだろう、そうだろう。俺はオムレツ魔人なんて言われるからな」

「そんな呼び名は初めて聞いたよ」

「そりゃたった今俺が言ったからな。これから呼ばれるようになる!」

 ベルのツッコミに、マークはイタズラっぽく舌ベロを出した。

 フレアは終始笑いっぱなしだった。

 クロスも微笑みながら口を開く。

「相変わらず元気だな。安心した。心置きなく出発できる」

「もう出発するのか?」

 マークが残念そうに言うと、クロスは立ち上がって丁寧に一礼した。


「しばらく戻ってこれないと思うけど、信じて待っていてほしい」


「寂しいが、あんたも男だ。いつか自立しないといけないし、見送るのが俺らの勤めだな」


 マークはクロスの頭を、髪がクシャクシャになるまで乱暴になでる。

 ベルは瞳を潤ませたが微笑んだ。

「気を付けてね。いつでも待っているから」

「はい、行ってきます」

 クロスは片手を振って、家を出る。

「ご馳走さまでした。本当に美味しかったです!」

 フレアも一礼した後で、クロスに続いた。

 マークとベルは家の外に出て、フレアたちが見えなくなるまで見送っていた。

 登りかけの綺麗な日の光が辺りを照らし出していた。

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