作戦会議

 保健室では、フレアがそわそわしていた。

「世界警察ワールド・ガードの長官が学園長とお話するなんて……私たちは何を言われるのかな」

「何を言われてもやる事は変わらない。冷静になろう」

 クロスが落ち着いた口調で答えて、フレアの両肩をポンポンと軽く叩く。

「待っている間に消耗するのは損だ」

「そ、そうだね」

 フレアは頬を赤らめた。そわそわしている自分が恥ずかしくなった。

 深呼吸をして落ち着く事にした。

 その間に足音が聞こえた。


 グランドとイーグルが来ていた。


「待たせたのぅ。学園長から許可を取れたぞ」

「……本当にいいのか? かなり危険な任務だが」

 グランドは笑みを浮かべて経過報告をしたが、イーグルは浮かない顔で心配をしている。

 フレアもクロスも、互いに顔を見合わせて、微笑んだ。

「大丈夫です!」

 二人の返事が重なった。フレアは腹を抱えて笑った。

「タイミングぴったり!」

「偶然とはいえ出来過ぎているな」

 クロスは口元を押さえて、大笑いを必死で堪える。

 グランドも豪快に笑うが、イーグルは溜め息を吐く。

「おまえたちはシェイドとその一味の危険性を知らないだろう」

「一味? ドミネーションの事ですか?」

 フレアが首を傾げると、イーグルはうなった。


「シェイドの親衛隊と言うべき魔術師たちといえば伝わるか? 犯罪組織ドミネーションの中でも強力だ。おそらくシェイドに魔術を教わった連中だろう」


「そんな一味がいるのですね! 私たちもイーグル先生親衛隊を作って対抗しませんか? シェイドは平民かそれ以下の人に、無料で魔術を教える事ができたと聞きました」


「……俺にはそこまでの人望も力量もない」


 イーグルは哀愁漂う雰囲気で瞳を伏せた。

 クロスが口を挟む。

「人望はともかく、人に魔術を教える力量はあると思うのですが」

「人望が無いのは否定しないのか……まあいい。それが俺の立ち位置かもしれないな」

 イーグルは背中を見せて、壁に向かって指先をイジイジした。

 クロスは気まずそうに頭を下げる。

「傷ついたならすみません。俺たちだけはきっと尊敬しています。そうだな、フレア」

「う、うん。そうですね!」

 フレアの声は明らかに上ずっていた。

 イーグルはどんよりとした雰囲気で肩を落とした。

「どうせ俺なんて……」

「そんなに落ち込んではますます人望を失うぞ。諦めの悪さだけがお主の取り柄じゃからのぅ」

 グランドの容赦ない言葉に、イーグルは怒気を帯びて振り向いた。

 こめかみをピクピクさせた。

「世界警察ワールド・ガードの長官じゃなかったら殴っていた」

「ふぉふぉふぉ、殴り返してやるわい! 人に魔術を教える力量はあると思われたのじゃから、それだけを心の支えにせい」

 グランドは心底愉快そうに笑った。

 イーグルは溜め息を吐いた。

「残念ながらクリスタルが無いと厳しい。人間にはそれぞれ魔力特性があるが、その性質に反する指導をしても全く意味がない。相性の悪い魔術を身に着けようとすると身を滅ぼす場合だってある」

「指導の仕方を間違えると、教わった人が身を滅ぼす場合があるのですか!?」

 フレアは思わず悲鳴じみた声を発した。

 イーグルが人差し指を立てて、自らの口元に当てる。

「声を抑えろ。聞かれたら困る作戦だって練るんだ」

「す、すみません……そ、その……シェイドはちゃんと指導できるんですか?」

 フレアが声を抑えて尋ねると、イーグルは両腕を組んだ。

「おそらく失敗もしているはずだが……魔術学園に通っていた頃のあの子の真面目さと努力を考えると意外とできるのかもしれない。悔しいが相手の魔力特性を見抜く能力は教師陣でも噂になるほどだった」

「思っていた以上にすごい魔術師だな。真面目かは置いておいて」

 クロスは両目を見開いていた。

 イーグルの表情が沈む。

「魔術を極める事に関しては、今まで俺が受け持った生徒の中で一、二位を争う。あの頃はブライトやジェノやエリスがいて、成績一位になるのが絶望視されるような黄金時代だったが、シェイドは地道に魔術を探求していたな」

 フレアが両目をパチクリさせた。


「ジェノやエリスって誰ですか?」


「犯罪組織ドミネーションのトップと、シェイドと肩をならべる幹部だ」


「え……?」


 フレアの頭の中は真っ白になった。

 イーグルが涙声になる。

「犯罪組織ドミネーションの重要人物は、俺が受け持っていた生徒が多いんだ」

「過ぎた事を気にしても仕方ないじゃろう。昔話はそのへんにして、作戦を練らないか?」

 グランドが提案すると、フレアはハッとした。

「そういえばそうですね。イーグル先生、あまり自分を責めないでくださいね」

 クロスも頷いた。

「鼻から相手をだますつもりの人間に利用されたのは仕方がない。今は作戦を練るのが先決でしょう」

「そうだな、そうしよう」

 イーグルは鼻をずずっと吸った。

「俺はストリーム村を真っ先に調べるべきだと思う。魔術学園をしばらく東に歩いたところだ。綺麗な川が流れる落ち着いた村だが、怪しい宗教家がうろついているらしい」

「おお、儂もそこは気になっていたぞ。話は決まりでいいかのぅ」

 グランドが巨大ハンマーを握る手に力を込める。

「犯罪組織ドミネーションについてよく語る女がいると聞く。そいつの情報を集めたいものじゃ。緊急事態で儂らを呼び出したい時には、遠慮なく救助用アイテムを使うが良い」

 グランドが白くて丸い護符を差し出す。

 クロスは同じ護符をポケットから取り出して、片手に乗せた。

「同じ物をブライトさんから預かっています。これで充分でしょう」

「うむ、たしかに。ブライトのやつ、なかなかやるな」

 グランドはニヤァと口の端を上げた。

 クロスの護符を見て、フレアは両目を潤ませた。

「魔術制御の訓練の後にブライトさんが渡したものだね。大事に取っておいてくれたんだ」

「いつか返すべきだと思っている。形見にならなければいいが……」

「変な事を言わないで!」

 フレアが非難すると、クロスは気まずそうに頭をかいた。

「心配しているのはみんな一緒だったな。すまない」

 二人の会話を聞きながら、グランドはうんうんと頷いていた。

「お互いに本音を言い合えるのは良い。武運を祈る」

 クロスは深々と一礼した。

「行ってきます。その前に、少し家に寄っていいですか? しばらく外出すると連絡したいので」

「ああ、構わんよ。いつ出発するかは任せるぞ。資金が必要になったらいつでも言ってくれ」

 グランドは豪快に笑った。

「クロス君、ちょっと待ってもらっていい?」

 フレアが恐る恐る声を掛ける。

「行ってきますとローズに言いたいわ」

「気持ちは分かるが、同行すると言われたら面倒だ。大人しく情報収集に徹するはずがないからな」

「それもそうね……」

 フレアは頷いた。

 残念だが、仕方がないと割り切った。

 起こさないように、小声になる。

「ローズ、ブライトさん、行ってくるね……私はホーリー家に別れを告げた方がいいのかな?」

 ベッドに横たわるブライトから返事はない。

 フレアは涙をこらえて歩き去った。

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