保健室にて

 上級科の生徒たちは保健室に行ったが、そのほとんどが、無事だったり軽く処置をすればいいと判断されたりした。そんな生徒たちは教室に集められた。

 イーグルが教壇に立ち、咳払いをする。

「知っての通り犯罪組織ドミネーションの幹部が乗り込んできた。教師陣は最重要事項として扱っている。おまえたちが生きていたのは不幸中の幸いだったが、次はどうなるか分からない」

 イーグルは一呼吸置いた。

「カリキュラムを続けるのか、教師陣でも意見が分かれている。俺は授業や実習を続けるべきだと思うが、生徒の安全を確保できるのか疑問視する声も強い。魔術学園グローイングの目的は適正に魔術を扱う人材を育てる事だ。対ドミネーション部隊の編制だけが目的ではない」

 生徒たちは互いに顔を見合わせた。

 イーグルは続ける。

「魔術学園も安全とは言えなくなった。退学する生徒は事務課に言ってくれ。すべての授業料を返金する。別途に用がある人間は個々に俺に話しかけてほしい。時間が許す限り対応する」

 イーグルは個別対応で指導すると暗に言っているのだ。授業や実習に反対する教員にも配慮したのだろう。

 生徒たちは戸惑いを隠せないでいた。

 指導を受けるかは生徒一人一人にゆだねられたのだ。


 同じ頃に、保健室には無事とは言えない人間が残されていた。

 その中でもブライトは意識不明の重体であった。ローズのポーションが無ければ確実に命を落としていただろう。ローズ自身も極度の疲労のため深い眠りに入っている。

 そんな二人を横目に、フレアやクロスは溜め息を吐いた。二人とも保健室の先生の指示でベッドに横になっている。

 フレアが震えながら口を開く。

「シェイドは私の事を気にしていたんだよね。巻き込んでごめんなさい」

「俺の事も気にしていた。次は仕留める」

 クロスの声は冷静そのものだ。

 場違いに落ち着いていると感じて、フレアは思わず吹き出した。

「無理しないでね」

「無理をせずに勝てる相手ではない」

 クロスの雰囲気は張り詰めていた。


「まだまだ魔力が足りない。もっと自分を鍛えないといけない」


「生き急ぐな若造よ。スタンドプレーはロクな事にならないぞ」


 野太い声が保健室の入り口から聞こえた。

 目線だけ向けると、スキンヘッドで、たくましい茶色い髭を生やす大柄な男が立っていた。濃紺色の警備服を身にまとい、左胸に太陽を模した黄金のバッチを付けている。世界警察ワールド・ガードの人間なのは間違いないだろう。

 何より目を引くのは、その男の巨大なハンマーだ。子供を三人並べるとようやく同じ太さになる。

 男はそんな巨大なハンマーを右肩に担ぎ、豪快に笑っている。

 突然の来訪者にフレアとクロスの疑問が重なる。

「どなたでしょうか?」

 疑問を呈するタイミングも同じであった。

 男はハンマーを軽々と振り回して、再び右肩に担ぐ。


「儂はグランド。世界警察ワールド・ガードの長官じゃよ」


 沈黙がよぎる。

 フレアとクロスは互いに視線を交わした後で、天井を見る。

「世界警察ワールド・ガードの長官さん……?」

「なんでこんな所に?」

「ブライトさんが呼んだのかな?」

「いや、気を失っているから違うはずだ」

 二人の思考は堂々巡りを始めた。

 そんな二人の間に入って、グランドは鼻息を荒くした。

「犯罪組織ドミネーションの幹部の出現なんて一大事に、世界警察の長官が家で寝転がるわけには行かないじゃろう。ブライトも大変な事になっているしのぅ」

「……俺が不甲斐なかったせいでもあります。俺がもっと強ければこんな事にはならなかったでしょう」

 クロスの声は暗い。

 グランドはクロスの左肩を乱暴に叩く。

「気にするな、あの男が強すぎる! 単独で相手にできる人間はまずいないじゃろう」

 クロスは左肩を押さえながら頷いた。

「とんでもない魔術師ですね」

「うむ、改めてチームを組み直す必要があるのぅ」

 グランドは自らの髭をいじりながら、未だに意識の戻らないブライトに視線を向ける。

「彼が目を覚ますまで持ち堪えなければならぬ」

「あの……私にできる事はありますか?」

 フレアが尋ねると、グランドの両目が一瞬光った。

 歓喜の声をあげるのを堪えているように見える。

「いや、その……高貴なブレス王家に頼むべき事ではないのかもしれないが……」

「ブライトさんのためなら何でもやります!」

 フレアはガバッと起き上がった。

 真剣な眼差しでグランドを見る。

「教えてください。私に何ができますか!?」

「本来なら儂らの責務じゃが……お願いだけはするかのぅ」

 グランドは一呼吸置いた。


「平たく言えばシェイドに関する情報収集じゃ。どんなものでもいい。たとえ偽の情報だったとしても、儂らが検討するから安心してほしい」


「偽の情報でも構わないのか……そこまでシェイドの情報が入らないのですか?」


 クロスが起き上がって尋ねると、グランドは渋い顔で頷いた。

「あの男は平民とそれ以下の身分の人間の多くを味方に付けておる。魔術学園で習うような内容を時々無料で教えているらしい。教わった魔術を使って犯罪組織ドミネーションに加担している人間もいるようじゃ」

 グランドは深いため息を吐く。

「そのせいで魔術学園グローイングをお金のために貴族へ媚びを売っている集団だと吹聴する人間が多数おる。魔術学園を守る儂らも金の亡者だと思われておる」

「犯罪組織ドミネーションの巧みな運用のせいで、信用されなくなったのですね。お気の毒に」

 クロスが同情すると、グランドは首を横に振った。

「そもそも犯罪組織ドミネーションを蔓延らせた儂らにも落ち度がある。本当に気の毒なのはブレス王国を初め罪なく滅ぼされた国や文化じゃ。魔術学園の周辺地域を除けば、ほぼ奴らの手中に収められているかもしれぬ」

「彼らの動きは一刻も早く止めなければなりませんね」

 クロスの瞳がギラつく。

 グランドは曖昧に頷いた。

「すぐに止めたいが、順序を間違えると新たな火種になる。ひとまずは情報収集を手伝ってくれるかのぅ?」

「分かりました。俺はやります」

 クロスはベッドから降りた。

 フレアも慌てて降りる。

「私もやります!」

「二人共ありがたいが、改めてイーグル先生に話を通してみる。学園長にも許可を取る必要があるじゃろう。もう少しゆっくりしていてくれ」

 グランドは片手を振って保健室を歩き去る。

 心なしか足元からズシンズシンと振動が伝わってくる。

 クロスは両目を見開いた。

「あのハンマーはどれほど重たいんだろう?」

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