新たな動き

とある山の中腹で

 とある山の中腹に、木々や蔦で入り口の隠された洞窟がある。

 その洞窟の奥で、長さのそろわない銀髪を生やす男が横たわっていた。

 シェイドである。右腕を押さえて呼吸を荒げていた。

「遊びすぎたか……」

 迷宮の攻防を思い出す。世界警察ワールド・ガードが控えているのは分かっていた。ブレス王家の生き残りがいるのも承知していた。

 単独で乗り込んだのは無茶だった。

 しかし、心が沸き立ったのは事実だ。

「しばらく休む事になるが、いい思い出になったぜ」

 シェイドは目を閉じる。

 そんな時にせわしない足音が聞こえた。

「シェイド様、お怪我を!? アクア・ウィンド、リカバリー」

 鈴の音を思い起こさせるような綺麗な声が聞こえたと思えば、心地よい風が流れる。

 シェイドは目を開けて、声の主を確認する。

 黒い修道服に身を包んだ女が、シェイドの右腕に片手をかざしていた。肌は真珠のように白く、腰まで伸びた銀髪を一本にまとめている。透き通るような青い瞳がシェイドを映していた。

 感情的な面があるが、頭は良く、高度な魔術を扱う。ドミネーションのエージェントの中で貴重な存在だ。

「セレネか、助かったぜ」

 風が止んだ頃に、シェイドは起き上がって右腕を曲げ伸ばしする。

 全快したのだ。

 しかし、セレネの表情は固い。

「シェイド様、よろしいですか?」

「いつも言っているが、シェイドでいい」

 セレネは首を横に振った。

「いいえ、ドミネーションの幹部である自覚をお持ちください。改めてシェイド様、よろしいですか?」

「……なんだ?」

 シェイドは根負けして要件を聞く事にした。

 セレネがジト目になる。

「またお一人でブライトと戦ったのですか?」

 シェイドは舌打ちをした。

 ブライトの強さは知っている。しかしシェイドにはプライドがある。

「俺の勝手だ」

 セレネの表情はみるみるうちに変化する。

 顔を真っ赤にして両手をワナワナさせていた。

「ダメですよ、何をやっているのですか!? ブライトは世界警察ワールド・ガードの中でもトップクラスの魔術師ですよ!? 一人で挑むなんて無謀すぎます!」

 セレネの説教に、シェイドは溜め息を吐く。

「一人の方が融通が利くんだ。ブレス王家もいたしな」

「ブレス王家!? ますます無謀ですよ! 現に怪我をしているじゃないですか。次は私も連れて行ってください!」

「一人なら簡単に撤退できても、あんたがいるとそうはいかない」

 シェイドは諭すように言うが、セレネの興奮は収まらない。


「私なんかサラッと使い捨てにしてください!」


「そうもいかねぇよ。あんたもれっきとしたドミネーションのエージェントだ」


「あなたは幹部ですよ!?」


 セレネは無駄に勢いよくシェイドを指さした。

「戦闘ばかりやってないで、他の仕事をしてください!」

「好きにさせてくれよ。俺だってたまには遊びたいんだ」

「ダメです!」

 セレネはずいっとシェイドに顔面を寄せる。

「いいですか? 万が一にもあなたを失ったらドミネーションはめちゃくちゃになります。何を犠牲にしてでも、例え世界が滅んでもあなたは生き延びなくてはならないのです」

「世界が滅んだ後で生きててもしょうがねぇだろ」

「ドミネーションがあれば復活できます!」

 セレネは自分の言葉にうんうんと頷く。

「私を連れて行くのが嫌なら、せめてダスクかグリードを連れて行ってください。捨て駒という事は内緒にしますから」

「勝手に捨て駒扱いするなよ。あいつら怒るぜ」

「私たちはドミネーションの肥料になるために存在します。捨て駒になれれば光栄だと思うべきです」


 セレネの言葉を耳にして、シェイドは片眉をピクリと上げた。


「マジで言っているのなら、ちょっと黙れ」

「黙りません! あなたこそご自分の身を守ってください!」

「いいや、黙れ。イービル・ナイト、シャドウ・バインド」

 セレネの身体が固まる。すぐに魔術は消されるが、静かになった。

 シェイドの瞳がぎらつく。

「さっきから俺がやられるかもしれないような言いようだな。そのうえ仲間を簡単に犠牲にする発言は見過ごせないぜ」

「……申し訳ありません。言葉がすぎました」

 セレネは肩を狭めてペタンと座り込む。顔色はもとの色白に戻っていた。

「あなたの実力を否定するつもりはありませんが、心配で心配で」

「とにかく待ってろ、ブライトは俺が仕留める。あと、そうだな。ブレス王家の生き残りは意外とあんたと気が合うかもな」

「ブレス王家と私が!? 冗談にしてもひどすぎます!」

 セレネの顔が再び赤くなる。怒り心頭なのだろう。

 しかし、シェイドは笑った。

「機会があれば話してみろよ。簡単に味方にできるかもしれないぜ。世界警察ワールド・ガードを壊滅させる爆弾にできる可能性だってある」

「ああ、そういう事ですか」

 セレネの顔が色白に戻り、怪しげな笑みが浮かぶ。

 胸に片手を置いてお辞儀をする。

「お任せください。いずれ引き入れてみせます」

「頼りにしているぜ。今日はお休み」

「はい、お休みなさいませ。あ、そうそう。申し上げるのを忘れる所でした。シェイド様に神の啓示が来ていましたよ」

 神の啓示。

 この言葉を聞いた時に、シェイドは露骨に嫌そうな顔をした。

 セレネはぎょっとして平謝りを始めた。

「あ、あの、気分を害したのならすみません。嫌なら神と喧嘩してきます。時間稼ぎしかできませんが、どうぞ逃げ延びてください」

「その必要はねぇよ。神に逆らう権利なんて誰にも無いぜ」

 シェイドは長い溜め息を吐いた。

「念のために内容を聞かせてくれ」

「適当な人間を見繕って魔術を教えておいてくれ、とおっしゃっていました」

「やっぱりか……あの野郎、こっちの労力を分かっているんだろうな」

 シェイドは舌打ちをした。

 セレネは遠慮がちに言葉を続ける。

「敵を引き入れてもいいともおっしゃっていました」

「分かった分かった。考えておくぜ。とりあえず今日はお休み」

「はい、失礼します」

 セレネは静かに洞窟を歩き去った。

 シェイドは再び横になって、神の啓示を脳内で反すうした。


 彼らの言う神とは、ドミネーションのトップの事である。


 ドミネーションの中でも最高位にして最強の魔術師である。

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