迷宮の奥に待つもの

 迷宮の天井には、魔力の込められた穏やかな光が灯っている。視界を失う事は無い。

 石と土で塗り固められた階段を降りると、分岐があった。前と右と左の三つである。

「どこに行こう……」

 フレアが腕を組んで考え込むと、ローズが高笑いをあげた。

「私にお任せなさい。花びらが魔力の高い場所を教えてくださるわ。宝玉はそっちにあるはず。フラワー・マジック、ビューティフル・バタフライ」

 ローズの右手から色鮮やかな花びらが舞い踊る。

 フレアは歓声をあげた。

「何度見てもきれい!」

「私のお気に入りですもの。美しく、実用的ですのよ」

 ローズは得意げに胸を張る。


 しかし、どの花びらも分岐を進もうとしない。ハラハラと地面に落ちていった。


 フレアは腕を組んだ。

「きっと花びらも分からないんだ。どうしよう……」

「それならまっすぐですわ! 間違っていたら引き返せばいいだけですもの、行きましょう!」

 ローズの提案に、クロスが首を傾げた。

「何故まっすぐがいいと考える?」

 ローズはフフンと得意げに鼻を鳴らした。

「決まっておりますわ。私は曲がった事が嫌いですの。迷う時にはまっすぐに行くべきですわ」

「根拠があるとは言えないな」

 クロスは呆れ顔になった。

 フレアは首を横に振る。

「ローズはちゃんと根拠を言っているよ。曲がった事が嫌いだって」

「分かってくださるのね!」

 ローズは両目を輝かせて、フレアの両手をとる。

 フレアはうんうんと頷く。

「どこへ行けばいいのか分からないからって、留まっていたらいつまでもたどり着けないよ。どこへ行くか決める事が大事だよ」

「まさにその通りですわ! ああ、フレア。あなたは本当に優れた人物ですわ。あなたと出会った頃は、私の見る目がなくてごめんなさいね」

 フレアと初対面した頃のローズはひどかった。何かと言いがかりを付けてきた。

 しかし、フレアはローズを責めるつもりはない。

 今は褒められた事が嬉しい。

「べ、別にそこまで褒められる事もないよ。気にしないで」

 フレアは照れて視線をそらす。ローズの純粋すぎる眼差しを真っ向から受け止められない。

 そんな二人の様子を見て、クロスは溜め息を吐いた。


「幸せな雰囲気になっている所申し訳ないが、俺は分岐はいずれも不正解だと考えている」


「ええええ!?」


 フレアとローズの悲鳴が重なった。

 クロスは頭をかいた。

「地面から魔力を感じる。花びらもそう示している。正解はそっちだと思う」

「そんな事がありえますの!?」

 ローズは両目を見開いた。

 フレアは口をあんぐりと開けていた。

 クロスは片膝と両手を地面に付ける。

「ここはただの迷宮ではない。様々な魔術の仕掛けがある。説明するより見てもらう方が早いだろう。カオス・スペル、リターン」

 クロスの両手から黒い波動が生まれて、ゆっくりと地面になじんでいく。

 すると、異変が起きた。

 ゴゴゴゴという轟音が響き渡り、地面が小刻みに揺れた。

 やがて地面が割れて、ひとりでにスライドする。

 スライドを終えると、新たに階段が現れた。

 フレアが拍手した。


「クロス君すごい! 隠し通路があるなんて」


「魔術的な仕掛けといえば、これくらいのものはあるだろう。致死性のトラップは無いと思うが、一筋縄ではいかないだろうな」


 クロスは立ち上がってパンパンと両手の土を払った。

 ローズは不満そうに唇を尖らせた。

「フレアに少し褒められたからっていい気にならない事ですわ。私の魔術はもっとすごいのですのよ」

「分かっている。とにかく行こう」

「適当に流さないでくださる!?」

 ローズは憤慨するが、クロスはさっさと階段に足を踏み入れる。

「嫌な魔力を感じる。何事も起こっていなければいいのだが……」

「クロス君、顔色が悪いよ。大丈夫?」

 フレアが心配すると、クロスは口の端を上げた。額に汗を滲ませているが、微笑む余裕が生まれたようだ。

「大丈夫だと言いたいが、分からない。とにかく先を急ごう」

「うん!」

 クロスとフレアが階段を駆け降りる。

 ローズは慌てて追いかける。

「お待ちなさい! 私を先頭にしなさい!」

 階段の先は行き止まりになっていたが、二度も同じ手には引っかからない。

 ローズは先頭に立って、行き止まりに向かって魔術を放つ。

「フラワー・マジック、ダンシング・ハーブ」

 ローズの右手から草が伸びて行き止まりに絡まる。

 行き止まりに見えていた壁が左右に開いた。

 地下にあるとは思えないような空間に辿り着いた。大人が何人も地面に寝転がれるだろう。

 魔術学園を象徴するクリスタルが置いてあった部屋ほどではないが、広い空間だ。

 空間に足を踏み入れた途端に、フレアとローズはヒッと小さく悲鳴をあげた。


 上級科の生徒たちが何人も地面に転がっていた。


 みんな虫の息である。気を失っているようだ。


「どういう事ですの……?」

「俺が名乗った途端に攻撃してきたから、返り討ちにしてやった」

 ローズの疑問に答えるように、奥から低い声が聞こえた。

 歪な長さの銀髪を生やした男が、赤い宝玉を片手で軽く投げ上げては握るという一人遊びをしていた。

「遅かったじゃねぇか、待ちくたびれたぜ」

 男はボロボロの黒いローブを身にまとっている。ローブをよく見れば血の跡がある。

 クロスは全身を震わせた。


「シェイド……なんでこんな所に」


「決まっているだろ。ちょっと遊びたかったんだ」


 シェイドはおどけた口調で答えていた。

 クロスの両目が吊り上がる。

「とぼけるな! 目的を言え!」

「おいおい、ちょっと遊びたかったのは本音だぜ」

 怒鳴るクロスに対して、シェイドは心底愉快そうに両目を細めた。宝玉を奥の台座に戻して、口の端を上げる。


「あんたを連れ戻しにきた。ついでにブレス王家の嬢ちゃんを仕留める事も考えているぜ」


「ブレス王家?」


 フレアは首を傾げた。

 魔術学園グローイングの授業で、犯罪組織ドミネーションの悪行が語られた事がある。その悪行の一つに、ブレス王国の滅亡が挙げられていた。

 しかし、フレアもローズもシェイドの言葉が理解できず、互いに顔を見合わせた。

「ブレス王家って何の事?」

 フレアが尋ねると、ローズは両目をパチクリさせる。

「新手のギャグかしら? 相手を必要以上に褒め称えて落とすというものがあると、執事から聞いた事はありますわ」

「ローズは理解できる?」

「いいえ、全然」

 フレアとローズが口々に疑問を呈すると、シェイドは呆れ顔で溜め息を吐いた。

「出自を知らないのは仕方ねぇが、言い方があるだろ」

 ローズがポンッと手を叩いた。

「そうですわね、きっと純粋に受け狙いでしたのね。壊滅的なセンスですけど」

「笑い所が分からなくてごめんね」

 フレアが頭を下げると、シェイドは額に片手を当てて首を横に振った。

「あんたらにしゃべらせた俺が悪かった。もう黙れ」

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