高度すぎる
「黙れですって?」
ローズはムッとした。
「この私に命令なさるの? ギャグも寒いし、何様のつもりかしら」
シェイドは舌打ちをした。
「ギャグじゃねぇよ。あんたはしゃべるな」
「また命令しましたわね!? 地の魔術に長けた超名門貴族のクォーツ家が黙っていませんわ!」
ローズは激昂して、シェイドを指さした。
「姓はクォーツ、名はローズ。この私を怒らせた事を後悔させてあげますわ! 華麗な魔術の露と消えなさい!」
「クォーツ家か……めんどくせぇ」
シェイドの表情と雰囲気が変わる。笑みが消えて、眼光をぎらつかせた。暗い殺気を帯びている。
「いいから黙れ、あんたに用は無い。イービル・ナイト、シャドウ・バインド」
ローズの影に不自然な歪みが生じる。
次の瞬間に、ローズが突然倒れた。青ざめた顔で苦しそうにうめいている。呼吸をするのがやっとだろう。
「ローズ、しっかり!」
フレアが駆け寄り声を掛けても、返事をする余裕がないようだ。
クロスがシェイドを睨む。
「いきなり魔術を放つなんて、相変わらず大人げないな」
「俺の心は広くない。とっくの昔に知っているだろ?」
シェイドは再びおどけた口調になり、ケラケラと笑う。
「これでも随分と大人の対応を学んだぜ」
「確かに少しはマシになった。髪をといてきたようだな」
「久しぶりの仲間に会うんだ。当然だろ」
「仲間だと?」
クロスは舌打ちをした。
「俺は犯罪組織ドミネーションから足を洗った。今は敵だ」
「少し話を聞いてくれよ。ローズとかいう嬢ちゃんに放った魔術は消したから」
「それは消さなくても良かった。静かになって少し安心していたところだ」
ごく自然な口調のクロスに対して、フレアは固まり、シェイドは両目を白黒させた。
「……マジか。もしかして殺しても良かったのか?」
クロスは腕を組んで考え込む。
「さすがにそこまでは……いや、俺に損は無かったかもしれない」
「じゃあ一緒に殺すか?」
「おまえと組むのはお断りだ」
シェイドの誘いを、クロスは瞬殺した。
シェイドは含み笑いを浮かべる。
「ローズはいずれ刺されそうだな……まあいい。時々わけが分からない事を言うのがクロスという人間だ」
「おまえにだけは言われたくない」
「なんか俺だけに厳しくねぇか?」
「おまえから受けた仕打ちを忘れない」
クロスの瞳に殺意が宿る。
シェイドは声を出して笑った。
「もしかして殺人の命令を下した事か? あんたがやってくれると俺が楽だったんだ」
「絶対に許さない。俺が犯罪組織ドミネーションを抜けてからも、ロクでもない事を繰り返しただろう」
「さて、どうかな。心当たりがありすぎてどれの事か分からないぜ。それで? どうするんだ?」
シェイドが両手を広げて歩き出す。無防備な態勢でクロスに近づいている。
「俺を殺すのか? ブレス王家の目の前で」
クロスは答えない。殺意を抱く瞳のまま、全身を震わせている。
シェイドはクロスの手の届く所まできて、ローブから鋭利なナイフを取り出した。
「貸してやる。気が向いたら使ってみろ」
クロスの顔が青ざめる。
そんなクロスの手に、シェイドはナイフを押し付ける。
「しばらく何もしねぇから、殺してみろよ」
クロスは何も言えずに、ナイフを持つ手を更に震わせた。冷や汗を垂らし、明らかに動揺している。
フレアは声を張り上げる。
「クロス君、無理しないで! 救助用アイテムを使おうよ!」
「ああ、助けが来るのか。好都合だ」
シェイドがフレアに視線を向ける。
「死体だらけの楽しい宴になるな」
「やめて! ギャグを拾えなかったのは謝るから!」
フレアが必死になって訴えた。
シェイドはわずかに間をあけて、ああと言って頷いた。
「ギャグなんて言ってねぇぜ。クォーツ家の言葉を真に受けるなよ」
「ごめんなさい! あなたのギャグは高度すぎるの!」
「……もういい。言うだけ無駄なのは分かった」
シェイドは再びクロスの瞳に視線を落とす。
「いい目付きだが、覚悟が足りねぇな」
「……黙れ」
「声まで震えているぜ。ハッパ掛けてやろうか?」
シェイドはクロスに耳打ちをする。
「俺を殺さないなら、そこの赤髪の嬢ちゃんは死ぬだろうなぁ」
クロスの両目が怒りに見開いた。
悲鳴じみた雄叫びをあげて、ナイフを振りかぶる。
シェイドから笑みが消えた。
「そっちの嬢ちゃんは大事なのか。だが、時間切れだ。イービル・ナイト、シャドウ・バインド」
クロスの影が歪に形を変えると、クロスはナイフを振りかぶったまま固まった。
うめきながらも、倒れないように必死なのだろう。
しかし、とても戦闘ができる状態ではない。
クロスが握っていたナイフは、シェイドにあっさり取り上げられた。
「後でゆっくり話そうぜ。恨み言の一つや二つ聞いてやるから」
シェイドが怪しく笑う。
無抵抗なクロスをさらうつもりだろう。
「やめて……」
フレアは懇願する事しかできない。バースト・フェニックスを放てば確実にクロスを巻き込む。
シェイドが聞き入れるとは思えないが、フレアは懇願を繰り返した。
「やめて、クロス君にひどい事をさせないで」
「そうですわ、エッチなのはいけないと思いますわ! フラワー・マジック、フォレスト・マーチ」
魔術を放ったのはローズであった。起き上がり、いつもの強気な表情を浮かべている。
彼女の両手から太い木の根や蔦が幾つも伸びる。
木の根や蔦は勢いよくクロスを絡めとり、フレアたちの元へ引っ張った。
この弾みで救助用アイテムが地面に落ちて、スイッチが押されたが、シェイドは一瞥するだけだった。
ローズを睨みつけると、ドスの利いた声を発する。
「どんな想像をしやがった?」
「そ、そんな事をお尋ねに!? 無礼者!」
ローズは顔面を赤らめてあたふたする。
シェイドは髪をかいて溜め息を吐いた。
「めんどくせぇ……さっさと死んでくれねぇか?」
「本音が隠れていませんわ!」
「隠すつもりはねぇよ。できれば関わりたくないぜ」
「この私の才能が恐ろしいのですわね!」
ローズは立ち上がって高笑いをあげた。
「フラワー・マジック、ダンシング・ハーブ。これで大量のポーションを作ってクロスと先輩たちを救ってさしあげますわ!」
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