屋外実習
魔術学園グローイングの傍には、広葉樹林の生い茂る森がある。
穏やかな気候に恵まれた一帯で、様々な植物が生息している。長年研究用に大事にされてきた。
そんな森の入り口付近に上級科の生徒たちが集められた。みんな動きやすい服装になっている。
イーグルが生徒たちの前に立ち、咳払いをする。
「これからおまえたちには屋外実習としてポーションの材料を集めてもらう。説明書に書かれている数種類の薬草を持ってこい。決して余計な魔力を使わないように。いいな?」
生徒たちがまばらに返事をする。
その場にいる全員が、イーグルの視線がフレアに向いている事に気付いていた。
そんな時に、手を上げる生徒がいた。
ローズであった。
「イーグル先生、私なら薬草を召喚するなんて容易い事ですわ。集める必要などありません」
「この授業は、実生活とは違う環境を生き延びる訓練も兼ねている。真剣に薬草を探せ」
「環境なんて簡単に変えられますわ。だってそのための魔術ですもの。フラワー・マジック、フォレスト・マーチ」
「いつでも魔術が思い通りに使えると思ったら間違いだ。とにかく授業に真剣に挑め……!」
イーグルが説教をしている間に、状況は大きく変化していた。
見る人にとって、森がうごいめいていると表現されるだろう。
太い木の根や蔦がひとりでに生徒たちの前を這っている。
ローズが高笑いをあげた。
「私の魔力特性フラワー・マジックは、植物全般を操れますの。華麗な魔術をご覧いただけたこの場にいる皆様は、幸運に思いなさい!」
生徒たちは歓喜の声をあげて群がる。目の前に薬草があるのに、わざわざ森に入ろうとする方が稀であった。
森に入るようにと、イーグルが何度も怒鳴るが誰も聞いていない。
フレアも木の根や蔦を見つめて感嘆の溜め息を吐いた。
「すごい……」
「あなたに薬草を分けるつもりはありませんわ」
木の根や蔦は、フレアを避けるように後ずさる。
明らかに意地悪であった。
ローズは得意げに胸を張る。
「もしも薬草を分けて欲しいのなら、私の召使いとなると誓いなさい。少しは待遇を良くしてあげますわ」
「よくそんなくだらない嫌がらせを思いついたな」
クロスが露骨に溜め息を吐いた。
ローズは眉根をピクリと上げる。
「平民以下が生意気な口をきかないでくださる? あなただって薬草が欲しいはずでしょう?」
「薬草ならもう手に入れた。少し足を踏み入れれば簡単だ。こんな大それた魔術を使うまでもない」
「なんですって!?」
ローズの声は裏返って、上級科の生徒たちの視線を集めた。
ローズは首を何度も横に振って、ふんぞる。
「そ、そんなの分かっておりましたわ! 姓はクォーツ、名はローズ。天才美少女の私に手抜かりなどありませんわ!」
平静を保とうと努めているが、明らかに口調が上ずっていた。明後日の方向に向けて高笑いをあげている。
クロスはフレアの背中を押した。
「気にするな。薬草は簡単に集められる。心配ならついて行くが、どうする?」
「ありがとう。でも、薬草集めは訓練を兼ねているし、一人で行くね」
「分かった」
クロスが穏やかに頷くのを確認して、フレアは笑顔で森に入る。
うっそうとした森の中は、水気が多かった。
雨が降ったわけではないのに大地が湿っている。
「意外と寒いわ。でも、頑張るわ」
木漏れ日を頼りに薬草を探す。時折穏やかな風が吹く。新鮮な空気は気持ちいい。
フレアはズボンの裾を引き上げて、どんどん踏み込んでいく。
靴に土がつくが、後で払えばいいだろう。
転ばないように慎重に足を進める。
太い木の根の元に、目的の薬草があった。
「見つけた!」
フレアは両目を輝かせて薬草を引き抜く。
自力で成し遂げたため、喜びはひとしおだ。
他の薬草も近くに生えている。そのうちの一つは、太い木の枝に巻き付く蔦にくっついている。手の届かない場所だ。少し木登りをする必要があった。
フレアはためらいなく木にしがみつく。
しかし、その後の事を考えていなかった。
「木登りなんてやった事がないわ……」
試しに両手を上げようとしたが、足元がズルズルと降りるので意味がない。
足の方から上げようとすると、今度は手元がズルズルと降りる。
「……登れないわ」
フレアは地面に降りて困り果てた。
しばらく考え込んだが名案が浮かばない。
「枝が落ちてきてくれればいいのだけど……」
風は穏やかで、蔦を切り落とす事はないだろう。
そこまで考えて、フレアは両手をパンッと叩いた。
「切り落とせばいいわ!」
希望の光が見えた。
しかし、すぐに収束する。
「枝を器用に切り落とす方法を思いつかないわ」
フレアはうなった。
「バースト・フェニックスじゃ威力が大きすぎるし……」
フレアが呟いた瞬間だった。
巨大な赤い光の柱が上がり、天まで届く。
光の柱は衰えることなく、辺りに広がろうとしていた。
「もしかして口に出すだけで発動するの!?」
「まずは抑えるイメージをして欲しい」
後ろからクロスの声がした。
「嫌な予感がしてこっそりついてきて良かった」
「クロス君、ごめん……」
フレアは涙声になった。胸の内に悔しさが渦巻く。
クロスがぽんぽんと両肩を優しく叩く。
「謝るより先にやる事があるだろう。頑張ろう」
「うん……」
フレアは涙を拭って赤い柱を消し去るイメージをした。
フレアの胸の内がいくらか落ち着いた所で、クロスが呪文を唱える。
「カオス・スペル、リターン」
赤い光に黒い波が混ざり、相殺していく。
やがて静けさが戻った。
幸い、蔦にくっついていた薬草は地面に落ちるだけだった。
「貴重な植物の一部が焼けこげたが、仕方ない。帰ろう」
「うん……」
フレアは申し訳なさそうに薬草を大切に抱えていた。
森の外から光の柱を見ていたイーグルは呟いた。
「……彼女の力を抑えるには、世界警察ワールド・ガードの力も借りる必要があるな」
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