昼休みの食堂
昼休みになった。魔術学園グローイングの食堂は大賑わいだ。
その時の仕入れによって食べられる物が変わるが、地方ではなかなか食べられないような絶品が出てくる。授業や実習で疲れた生徒たちの癒やしとなる。
食堂は幾つもの長方形のテーブルと、背もたれのある椅子が並べられている。
そんな食堂で、フレアはキョロキョロと辺りを見渡していた。
「クロス君、いないかな……」
フレアが別の動きやすい服装に着替えている間に、クロスはさっさと姿を消してしまっていた。
オムライスを乗せたトレーを持ちながら、目を凝らす。
その甲斐あってか、壁際のテーブルでクロスを見つけた。森に入って汚れた服をそのまま着ているわけではないが、他の生徒に比べて質素な服装だ。そんな服装を気にする様子もなく、相変わらず背表紙まで黒い本を読んでいる。
「クロス君、ありがとう!」
声をかけると、クロスは目線を上げた。
「何の事だ?」
「また魔術の暴走を止めてくれた事。あと、私を庇ってくれたよね」
「ローズに文句をつけたのは、俺の気分だ。気にしなくていい」
淡々と告げている。
フレアに恩を売りたいわけではなかったのだろう。
「クロス君はカッコいいね。羨ましいよ」
「そうか? よく分からない奴だと時々言われる」
「ひどい事を言う人がいるんだね」
「確かにひどい奴だったな」
クロスの瞳がギラつく。何か思い出すものがあったのだろう。
フレアはあえて突っ込まない事にした。話したくなったらいずれ話してくれるだろう。
「隣に座っていいかな?」
「どうぞ」
促されるままに、フレアは座る。
オムライスは少し冷めたが、美味しいままだ。トマトケチャップが良い味を出している。
「クロス君はもう食べたの?」
「食べた。感動するほど美味しかった。料理をしてくれた人たちに感謝する」
クロスは真顔で言っているが、フレアは吹き出した。
「そんなに気に入ったんだ」
「俺もオムライスを作った事があるが、ここまでふわふわにならない」
「オムライスは難しそうね」
「奥が深いからな」
クロスは黒い本に目を落とす。
「魔術の奥も深い」
「そうね。そういえばクロス君はどこで魔術を学んだの?」
フレアは純粋な疑問を口にしていた。
魔術を学ぶには、書物で学ぶのが通例だ。食べ物を手に入れるのに苦労する身分では、習得はまず不可能とされている。
魔術を習得できるのは、裕福な貴族以上となるのは当たり前なのだ。
貴族以上であるなら、姓がないのはあり得ない。姓を持たないクロスが何者であるのか、フレアは気になっていた。
しかし、フレアは自らの疑問を後悔する。
クロスが悪鬼の如く険しい表情を浮かべたのだ。
「思い出すのも腹立たしい」
「そ、そんなにひどい環境だったの?」
フレアがのけぞるのに気づいて、クロスは険しい表情のまま溜め息を吐く。
「ひどいという言葉では説明しきれない。順を追って話すべきなのだろうが、口にするのも嫌になる」
「無理に話さなくていいよ。嫌な事を思い出させてごめんね」
フレアが頭を下げると、クロスは首を横に振った。
「おまえは何も悪くない。俺の生い立ちが悪かっただけだ」
「詳しい事は分からないけど、大変だったんだね。でも、魔術書があって良かったね。クロス君は、きっと立派な魔術師になれるよ」
フレアが黒い本に視線を移す。
クロスが低い声で笑った。
「これは魔術書ではない、ただのメモだ」
「クロス君のメモなの!?」
「驚かせてすまないが、俺が書いたものではない」
「でも、すごいメモを書く人がいるんだね。あの言葉を呟くだけで魔術が発動するんだから」
フレアが褒めると、クロスは本をテーブルに置いて、腹を抱えて笑った。
「そんなに褒められるような人物ではない。すごい魔術師なのは認めるが」
クロスはひとしきり笑うと、遠いものを見つめる眼差しになった。
「あの人を超えるまで、俺は一人前になれないな」
「充分にすごいと思うけど」
「いや、まだまだだ」
クロスは本を持って立ち上がった。
「午後の授業が始まる前に練習場に行ってくる。また後で」
「うん、よろしくね!」
フレアは笑顔で見送る。
一人で食べるオムライスは、美味しかったが少し寂しいと感じた。
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