授業前に
フレアは息せき切って走っていた。
授業の開始まで時間は随分ある。しかし、一刻も早く会いたい人物がいた。
その人物を待ち構えるために、上級科の教室に一番に乗り込むつもりでいた。
教室は数本の長机と長椅子が設置されている。みんなが集まってしまうと、よほど運よく席が近くにならない限り、会いに行くのは億劫である。
しかし、フレアは一番乗りではなかった。
黒髪の少年クロスが、最前列の真ん中で腰かけていた。背表紙まで黒い本を読んでいる。まさに会いたい人物であった。
「あ、あの……」
フレアが頼りない口調で声を掛けると、クロスが本から視線を上げる。
「おはよう」
クロスから穏やかに挨拶をした。
「お、おはようございます」
フレアは走って呼吸が乱れていた。うまく挨拶できたのか心配になる。
そんなフレアに向かって、クロスは微笑んだ。
「俺に敬語はいらない。堅苦しい挨拶は苦手だ」
「そ、そうなの……それじゃあタメ口で話すね。隣に行ってもいい?」
「どうぞ」
フレアはギクシャクしながらクロスの隣に座った。
「昨日は本当にありがとう。私の暴走を防いでくれて助かったよ」
クリスタルを壊した後、フレアだけではどうしようもなかった。怪我人がいなかったのはクロスのおかげだろう。
クロスは両目をパチクリさせた。
「本当に良かったのか? 自分の魔術を消されてお礼を言いに来る人間は初めてだ」
「良かったよ! 私が制御しなくちゃいけないんだけどね」
フレアが溜め息を吐くと、クロスは首を傾げる。
「落ち込む事か? 俺には魔力の高さが羨ましい」
「魔力は家系のおかげなの。ホーリー家って知ってるかな?」
「ホーリー家!?」
クロスの両目が見開き、声が裏返っていた。
「神に愛でられた家系だ。魔術師なら誰もが知っている!」
「そ、そんなに驚く事かな……?」
フレアは照れていいのか分からなかった。
自分の実力ではないが、ホーリー家を褒められたのは間違いない。
迷っていると、ツカツカとハイヒールの音が近づいてくる。
「ええ、ええ、お家自慢はその辺にしてくださらない? 聞いていて腹立たしいですわ!」
高飛車な声が飛んできた。
金髪のツインテールと勝ち気な瞳が印象的な少女がフレアの前に立った。
「姓はクォーツ、名はローズ。用事がある時には丁寧にローズ様とお呼びなさい」
ローズは金髪をかきあげて胸を張る。
フレアは逃げたい気持ちになったが、長椅子を素早く移動する事ができない。
「家名でしたらクォーツ家も負けていませんの。クロス、こんな暴走娘は放っておいて、後でお茶しません? この私とお話できるなんて光栄でしょう?」
「俺は勉強に集中したい」
クロスはピシャリと断って、黒い本に目を移す。
ローズは頬を紅潮させて、全身をワナワナと震わせた。
「この私のお誘いを断るなんて、なんて世間知らずなのかしら! どんな本をお読みになっているのか気が知れませんわね」
「おまえに分かる代物ではないだろう」
クロスが淡々と告げると、ローズは机をバンッと叩いた。
「馬鹿にしないでくださる!? 私は誰にも教わる事なく魔術を習得しましたの。世界最高峰の才能ですわ!」
「では、この内容は分かるか?」
クロスが本を広げて指し示す。そこには人知を超えた文字が書かれていた。
ローズは冷や汗をダラダラ流す。
「こ、こんなの簡単ですわ。魔術文字ですわね」
「何が書かれているのかと聞いている」
ローズは答えに窮して、明後日の方向へ高笑いをあげた。
「こ、こうしてはおれませんわ。私はちょっとお花摘みに行きませんと」
「ハーブの採取か。授業に間に合うように戻ってくる方がいいだろうな」
「うう、分かっておりますわ!」
ローズが教室の入り口までツカツカと歩き去ろうとした。
その時にフレアがポツリと呟いた。
「私は分かるかも」
ローズが足を止めて振り向く。
口元を引きつらせてありったけの疑いの眼差しを向けていた。
「見栄を張らないでくださる?」
「見栄なんかじゃないよ。とてもすごい魔術について書かれているよ」
「あらあら、本当に分かるのかしら? 試しに言ってみてくださらない?」
「うん、バースト・フェニックス」
刹那、フレアの全身が赤く光る。光は一瞬にして天井を突き抜けて、音を立てて天に昇る。
ローズが絶叫した。
「嘘でしょうううぅぅぅうう!?」
「なんでなんでなんで!?」
フレアも涙声で叫んでいた。
燃え盛る光は天に続く巨大な柱となり、勢いが止まらない。このままでは辺り一面を焼野原にするだろう。
クロスがフレアの両肩を抱く。
「まずは落ち着け。魔術を抑えるイメージをしろ」
「う、うん」
フレアは涙を拭って深呼吸をした。
クロスが優しくフレアの頭をなでる。
「その調子だ。俺も魔術を抑える努力をする。カオス・スペル、リターン」
黒い波動と赤い光が混ざる。赤い光は少しずつフレアから切り離される。やがて完全に離れる。
フレアから離れた後の光はもろかった。キラキラとした残滓が漂い、空気に溶けるように消えていった。
それを目撃した上級科の生徒たちは唖然としていた。
気が付けば、授業の開始時間が迫っていた。
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