第36話 プロポーズ-毎日、死ぬまで稽古してくれ


 驚くクラウスはあわてて後ずさりして、身体を離すが、ジルはさらに近寄ってくる。


「子種だけでいいのよー。結婚はノエルとすればいいから」

「な、なにを言ってるんだ!」

「今のリン家の男は弱くてダメ。強い子を作れないの。だから、ちょーだい、子種」

「できるわけないだろう!」

「できるわよー、男でしょ?」


 ジルはハラッと上半身の寝間着を脱いで、おっぱいを丸見えにする。

 クラウスは目を白黒させながら、あわてて、そっぽを向いて目をそらす。

「ノエルより、大きいでしょー?」

 ジルは妖しい笑みを浮かべた。


「い、いや、見たことないので」

「まあー、一緒に住んでるのに、ノエルったら、なにやってんのかしら、ダメな子ね」


 迫るジルにクラウスは顔をそむけながら、後ずさりしていく。


 ダッダッダッダッ、と廊下を走る音が聞こえ、引き戸がガラッと開き、ノエルが現れた。


「ジル姉!」

「あら、もう、見つかっちゃった」

 ノエルはジルに駆け寄り、寝間着の襟首をつかんで、クラウスから引きはがす。

「ケチケチしないで、強い子種はみんなで分け合いましょうよー、リン家の繁栄のため……」


「出てけー!」

 ノエルは部屋からジルを蹴り出して、引き戸を閉めた。


「助かったよ……」

 クラウスはホッと安心してため息をついた。




 ノエルは寝台のそばに置かれた小さな台の上のろうそくに火をつけ、水差しとコップを乗せた盆を置いた。

 コップに水を注いで、クラウスに渡す。


「ここは、どこなんだ?」

「わたしの寝室だ。客間を用意したかったんだが、今さら水くさい、と誰も言うことを聞いてくれなかった」

 ノエルは照れくさそうに説明するが、クラウスは顔を真っ赤にした。

 ノエルは下を向いて照れくさそうにモジモジし始めた。

「確かに、あんなことまで言ってもらって別々というのも変だもんな……」

(あんなこと?)

 クラウスは、うつむくノエルを不思議そうに見た。


 クラウスは布団の上に置かれたノエルの手を握った。

「ノエル」

 手を握られ、見つめられたノエルは普通でない雰囲気に緊張して身体をこわばらせた。

「な、なんだ?」


 クラウスはじっとノエルを見つめる。

「毎日、俺と稽古してくれ。死ぬまでずっと」


 ノエルは目を丸くしてキョトン、とした。

「へっ、毎日、稽古?」

 じっとクラウスに見つめられ続け、何かしゃべらなければと口を開く。


「お、おう。強い者同士で毎日稽古すれば強くなれる。お互いに強くなろう」

「えっ?」

「死ぬまで続けられるかわからんが、身体が動く間は続けよう。老後の健康にもいいだろう」


 クラウスは頭を抱えた。

「いや、違うんだ、俺が言いたかったのは、そういうことじゃなくて……」


 クラウスはもう一度、ノエルの手を握り直した。

「俺と結婚してくれ。そして、死ぬまで一緒にいてくれ」


 驚くノエルの頬が赤く染まった。

「な、なんで今さら、そんなことを……?」

「国王に言われて、いきなり婚約して、結婚が当たり前のようになってしまった」

「……うん」

「だから、自分の意思として言っておきたいんだ。お前といると安らぐ、毎日が楽しい」


 ノエルの目が大きく見開かれた。

「お前を愛している。結婚してくれ」

 ノエルの目が潤み始めた。

「……いつからかわからない。だが、俺には、もう、お前のいない生活は考えられない」


「わたしは、とっくにそうだったぞ」

 ノエルはクラウスに抱きつき、二人はキスしながら布団の上に倒れ込んだ。


 ノエルは目を閉じ、幸せそうな笑顔を浮かべて、自分に覆い被さるクラウスの背をギュッと抱きしめた。


 その時、何かの気配にノエルはハッと目を開き、素早く立ち上がって引き戸をサッと開けた。


 聞き耳を立てていたジル、セリア、クロエ、フローラの四人がバタバタと部屋に倒れ込んできた。


「ジル姉、セリア、クロエ!」

「いやー、面白いことやってるんで、若い子の教育にと思って……」

 ジルがそう言うと、セリアとクロエはテヘヘ、と頭をかいた。


「フローラ、お前まで!」

 クラウスは驚いて叫んだ。


「セリアとクロエが、面白そうだからって……」

 フローラはヘヘッと照れ笑い。


「出て行け――!」

 ノエルの一喝で一同は早々に退散した。


「まったく……」

 ノエルはため息をつきつつ、ベッドの縁に改めて座った。


 恥ずかしそうにうつむくが、顔には幸せそうな笑顔が浮かんでいる。

「あんな誓いまで聞かせてもらった上、プロポーズまで。今日は女として最高の一日だった……」


 クラウスは不思議そうな表情を浮かべた。

「あんな誓い?」


 ノエルはエッと驚いてクラウスを振り向く。

「……まさか、覚えてないのか?」


 首をひねって考え込むクラウスの顔にノエルの投げた枕がぶつけられた。

 怒ったノエルは立ち上がって、部屋を出て行く。

「もういい!、勝手に一人で寝てくれ!」


 ピシャッ、とノエルが出て行った引き戸が勢いよく閉められた。


(俺は、いったい、なにをやったんだ……?)


 クラウスはキョトンとして閉められた引き戸を見つめた。




 朝になり、着替えを終えたクラウスが屋敷の廊下を歩いていると、セリアとクロエ、フローラがキャッキャッと楽しそうに走ってきた。

「フローラ、一緒に朝ご飯のマンジュウ買いに行こう!、美味しい店があるんだ」

「行く行く!」


 クラウスがセリアとクロエを呼び止めた。

「ノエル知らないか?」

「母上と、どっかに出かけたよ」

 双子とフローラは走り去っていき、クラウスは目で追った。


(外か……。二日酔いで気分悪いし、散歩にでも行くか)


 クラウスは外に出て、大通りを歩くと、木造で横につながった商店や飯屋、屋台でマンジュウや麵を売る店など、珍しい光景が目に入る。


 道行く人の何人もの男女がクラウスに親しげに声を掛けてきた。みんな、顔がニコニコ、ニヤニヤと笑っている。


「おはよう、クラウス」

「よお、クラウス、元気になったか?」

「あら、クラウスさん、おはよう。昨日はカッコよかったわよ」


 そのたびに丁寧に挨拶を返すが、みんなの親しみを込めた挨拶を不思議に思った。

(なんか、みんな親しげだなあ……)


 道の先から、ツェン・ロンが剣を手にクラウスに向かって走ってくるのが見えた。

「おーい、アニキー!」


 明らかに自分の方に向かってくるが、周りには誰もおらず、尋ねるように、クラウスは思わず自分を指差した。

「アニキ?」

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