第35話 大宴会


 リン家の人々が集う大集会場の大広間。

 二十人が座れる大きな円形のテーブルの正面にクラウスとノエルが座り、周囲をデボラ、ジニなど、親戚たちが囲んでいる。


 テーブルには多くの大皿に盛られた料理がたくさん並んでおり、同じようなテーブルが二十以上も会場に並べられ、大宴会となっている。



 クラウスのところにひっきりなしに乾杯を求める人がやってきていた。クラウスはそのたびに立ち上がり、乾杯を迫られる。

「クラウス殿、ようこそ」

「ありがとう」

「マルシス叔父さんだ」

 クラウスの隣からノエルが、それが誰かを教えていく。


 クラウスはカチンとぶつけた小さなコップのような容器をグッと開けて酒を飲み干し、空になったことを示すように相手に容器の底を見せる。


 マルシスはそれに満足したように、その場を離れていく。クラウスはぐったりした様子で椅子に座った。

「いったい、もう何人と乾杯した?」

「まだ、十人ぐらいだろ。始まったばかりだぞ」


 クラウスは不安そうな表情でノエルに尋ねる。

「……お前の親戚は、いったい何人いるんだ?」

「父の兄弟姉妹が四人、母のが三人。みんな結婚してるから叔父叔母が合計十四人。いとこが,えーと……、三十二人か」

「合わせて四十六人……。全員と乾杯するのか?」

「まさか!」


 ニコッと笑うノエルにクラウスはホッと安心した。

「いとこには小さい子もいるから、親戚関係は三十人ぐらいだろう。あとは友人に近所、母の知り合い……」

 クラウスは絶望的な表情を浮かべた。


「ほら、次が来た」

 ノエルぐらいの歳の若い女性が二人、やはり酒の入ったコップを持ってやってきた。

「ノエルー、クラウスさん、おめでとー」

「いとこの、ルイーズとエマだ」


「ねえねえ、こんないい方とどうやって知り合ったの?」

 質問されたノエルはクラウスと顔を見合わせて、クスッと笑った。

「国王の紹介、みたいな感じかな」

「さすが英雄槍姫、お見合いもスケール大きいわあ」


「プロポーズの言葉はどんなの?」

「プロポーズ……?」

 ノエルは思い出そうとするように天を見上げ、首をかしげ、目を閉じて考えた。


「忘れた」

 ヘヘッ、と照れ笑いするノエルをクラウスは複雑な思いで見ていた。

(そういえば、プロポーズ……、したっけ?)


 宴会も終盤となり、料理はほとんど無くなっているが、テーブルでは各自が勝手に集まって、飲んだり談笑したりと混乱状態と化していた。


 クラウスは自分の席でぐったりとテーブルに顔を伏せている。

 ノエルは微笑みながら、背中を優しく撫でる。

「一通り終わった。ご苦労様」

「こんなに飲んだのは初めてだ……」

 クラウスは苦しそうにハ――と長い息を吐いた。


 その時、入り口から男の大声が響き渡った。

「ノエルー、剣帝ー、どこだー」


 ツェン・ロンが若い男を数人引き連れてクラウス達の前に現れた。

「おっ、いたいた」


 クラウスにはもう、顔を上げる元気残っておらず、顔だけ動かしてツェン・ロンを見た。


 ノエルはムッとしてツェン・ロンをにらんだ。

「ロン、なにしに来た?」

「決まってるだろ、祝いに来たんだよ。ノエルのことは、もう吹っ切った。俺より強い相手なら、文句は言わん」


 ようやくテーブルから顔を上げたクラウスの目の前に、連れの男達が抱えていた陶器の大きな酒壺がドン、ドン、ドン、といくつも置かれた。


「祝いにとっておきの酒を持ってきた。飲もうぜ、剣帝!」

「お、おう……」

 と答えながらも、クラウスの顔から血の気が引いていった。


 周囲にいた若い男達も集まってきた。

「お、いい酒があるじゃん」 

「まだまだ、飲もうぜ!」

 クラウスとツェン・ロンを中心に酒飲みの男達の輪ができてしまった。

 心配そうに見ていたノエルは若い女たちに手を引かれてその場から引き離されていく。

「ここは男衆にまかせて、ノエルはあっちで女の子会しましょ!」


 救いを求めるようなクラウスの目を気にしつつ、ノエルは連れ去られていった。


 クラウスは会場をキョロキョロして助けを探し、友人と話しているアレットを見つけたが、視線が合ったアレットは、仕方がありませんね、と言わんばかりに肩をすくめてみせるだけだった。


 絶望するクラウスの目の前にドンブリのような食器が置かれた。

「なにしみったれた飲み方してんだよ。酒はこういうので飲むんだ」

 そう言いながら、ツェン・ロンは酒壺から、ドクドクとドンブリに酒を注いで、クラウスに差し出す。


「ノエルを幸せにしろよ」

 ツェン・ロンに真剣な目で見つめられて乾杯を求められたクラウスは、ドンブリを手に立ち上がり、それに応えた。

「ああ、もちろんだ」


「よーし、みんな、乾杯だ!」

 ツェン・ロンのかけ声で、男達はドンブリをグッと飲み干し、クラウスも「もはや、これまで!」とドンブリをグッとあおった。


 それが宴会でのクラウスの最後の記憶となった。




 クラウスが目を覚ますと、あたりは真っ暗で静まりかえっている。

 周囲を見回しても、暗くてなにも見えない。

 自分の姿を見ると、服は前で左右を閉じ、帯で縛るような白の寝間着を着ていた。

 不思議そうに寝間着を見つめる。


(いつの間に、着替えたんだ?)


 クラウスは記憶を呼び起こそうとするが、ツェン・ロンとの乾杯以降の記憶が全くない。

 ただ、それ以前の記憶はちゃんと残っており、ノエルといとこ達のプロポーズの会話を思い出した。


(プロポーズか……。ちゃんと言わないと、いけないな……)


 廊下に面している引き戸が開き、人影が入ってきた。

 外からのかすかな光で、長い髪のシルエットが見え、女性であることがわかった。

 また、自分は部屋の壁際の床から高くなった寝台の上に寝ていることもわかった。


「ノエルか?、ここはどこだ……」

 クラウスは二日酔いで痛む頭を押さえながら、上体を起こした。


 引き戸が閉められると、部屋は暗闇に戻った。

 人影は無言でクラウスに近付き、寝台のそばにひざまずく。

「ノエル?」

 人影はクラウスの手を取り、自分の寝間着の中に導き、乳房を握らせた。

「ど、どうした、ノエル……?」

「子種ちょーだい、クラウスさん」

「はあっ!?」


 自分の身体にべったりとくっつく身体、目の前に迫った顔を見て、相手がノエルのいとこのジルだとわかった。

「うわあぁぁ-!」

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