第34話 剣帝vsツェン家総帥


 二人は腰の鞘から剣を抜いた。

 クラウスはいつもの長剣を両手で握って構える。

 

 しかし、ツェン・ロンの剣は刀身が狭く薄い。

 ツェン・ロンは剣を片手で持ち上下左右に振るとヒュンヒュンと風を切り、刀身がしなる。

 

 クラウスがツェン・ロンの剣を注視する。

(変わった剣だな。軽く、しなやかそうだ)


「さあ、行くぜ!」

 ツェン・ロンは剣を片手に持ちヒュンヒュンと刀身をしならせながら斬りかかっていく。

 クラウスは降りかかってくるような剣を受け、さばいていく。キンキンキンと連続した金属音が響き渡った。


 ツェン・ロンの剣の切っ先がクラウスの二の腕にかすった。


「おお!」

 観衆からどよめきの声が上がった。


 しかし、クラウスは動揺することなく冷静にツェン・ロンの剣をさばいていく。

(素晴らしい太刀筋だ。速さはイエルク以上だな。しかし、ノエルの突き程度か。しかも……)


 ノエルは二人の戦いを見つめながら、隣に立つアレットとデボラに独り言のように語る。

「ツェン・ロンの剣は速い。しかし、その分、軽い……」


 はじき返されたツェン・ロンの剣に力が込められたクラウスの剣が叩き込まれた。


「くっ……」

 必死で受けるツェン・ロンの顔がゆがむ。しかも、打撃は二度、三度と繰り返される。じりじりと後退していくツェン・ロン。


 ノエルは戦況を見ながら、独り言のようにアレットとデボラに話す。

「クラウスの剣は重い、そして速い……。そして強い!」


 キーン!、と高い金属音と共に叩き折られたツェン・ロンの剣の刀身が宙を舞った。

 上段から振り下ろされたクラウスの長剣が、ツェン・ロンの目の前でピタッと止まった。

 ツェン・ロンはガク然とした表情で目の前の剣を見た。


「そこまで!」

 ノエルは一声叫んで前に進み出ていく。クラウスは剣を腰の鞘に収めた。


 ツェン・ロンの前に立ったノエルが言う。

「わかっただろう。今のお前ではクラウスに勝てない」


 ツェン・ロンはボウ然として両膝を地面につけてひざまずいた。


 そんなツェン・ロンに近づいてクラウスは手を差し伸べた。

「いい剣だ。お前は若い。鍛えればまだまだ強くなる」

「う、うるせえ……」

 ツェン・ロンは差し伸べられた手を取らず、悔しそうに涙目でうつむいた。


 そんなツェン・ロンをノエルは優しい笑みを浮かべて見た。

「ロン、気持ちはうれしいが、お前に弟以上の感情はもてない。それにな……」

 

 ノエルはひざまずいて、ツェン・ロンの耳元で何事かをささやく。



 離れた場所からアレットがノエルの唇の動きを読み取るように、じっと見ていた。


 

 ノエルのささやきが終わると、ツェン・ロンの目が潤み始め、ポロポロと涙がこぼれ始めた。


「うわ――ん!」

 ツェン・ロンは子供のように声を上げて泣き出し、走り去って行った。


「ちょっと、キツかったか……」

 ノエルはしまったかなと頭をかきながら、走り去るツェン・ロンを見送るが、他の全員はツェン家総帥の意外な振る舞いをポカンとして見送った。


「なんて言ったんだ?」

 クラウスはノエルに近寄りながら尋ねるが、ノエルは頬を赤くして一言だけ答える。

「ちょっと、な」


 ノエルは母デボラの前に進んでいった。

「母上、いかがですか。我が夫となるものの強さ、おわかりいただけましたか?」

「ツェン家総帥を倒したんだ、弱いとは言えんだろ。認めるよ、立派なリン家の婿だ」

 デボラは渋々という感じで言った。


 周囲からワーと歓声が上がり、叔父のニドがみんなに大声で叫ぶ。

「さあー、今日は祝いの大宴会だ!」

 みんな歓声を上げて引き上げていくが、クラウスはその場に残り、何事かを考えているようにたたずんでいた。


 アレットがたたずむクラウスに近寄って話しかけた。


「気になりますか、二人の淡い初恋の結末?」

「う、うむ……、わかるのか?」

「唇の動きを読みましたので」

 アレットはニコッとクラウスに微笑みかけて、耳元でささやく。


『愛する者を見つけたから、わたしの心にお前の場所はすでに無い』

 クラウスの顔がカーと赤くなった。


「ツェン家総帥に同情しました」

 アレットはクスクス笑いながら、歩き去って行った。


 みんなと歩いていたノエルがクラウスが着いてこないことに気づいて声を掛けてきた。

「クラウス、帰るぞー!」

 クラウスはあわててノエルに駆け寄り、並んで歩いて行く。


「俺が勝つと思っていたのか?」

「ああ。相手がイエルクなら、もっと接戦、もしくはロンが勝っていたかもしれん。だが、お前の剣とは相性が悪い」

「なるほど、相性か……」

「ツェン家総帥に勝った。この事実は、この里では途方もなく大きい。ここでは、強いことが全てだからな」

 ノエルは、ずる賢そうにニヤッと笑った。


 ノエルが改めてクラウスを真剣に見る。

「ところで、酒は飲めるか?」

「酒?、人並みには飲めるが……」


 ノエルはため息をついた。

「人並みか……、まあ、がんばってくれ」

「えっ?」

 クラウスは心配しているノエルを不思議そうに見た。

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