第33話 ツェン家総帥-ノエルの許嫁あらわる
ノエルが自宅に戻ると、親戚が迎えた。
「ノエルー、久しぶりー」
大きな胸、その谷間を目立たせる女がノエルに抱きついた。
「ジル姉!」
そばにいる初老の男が声を掛けた。
「ノエル、元気そうだな」
「ドニおじさん!」
ノエルはドニに抱きついた。
「クラウス、いとこのジル姉さんと母の兄のドニおじさんだ」
「はじめま……」
挨拶しようとしたクラウスにジルが胸を付けるようにして迫っていく。
「いい男ねー、ノエルみたいな小娘より、あたしのほうがお似合いじゃなーい?」
ノエルは羽交い締めにしてクラウスから引き剥がす。
「ジル姉、恥ずかしいからやめてくれ」
「あら、いいじゃない、まだ結婚してるわけじゃないし、早い者勝ちでしょ」
その時、後ろからパコーンとノエルの頭がはたかれた。
振り返ったノエルの背後にノエルに似た背格好、長い髪を丸めた団子が頭に付いている母のデボラが怒った様子で立っていた。
「母上!」
「まったく、手紙は、なしのつぶて。何で、娘の婚約を近所の人から教わらなきゃならんのだい」
肩をすぼめてかしこまるノエルとの間にドニがかばうように割って入った。
「まあまあ、デボラ、そう怒るなよ。ノエルだっていろいろ大変だったんだろう」
デボラは怒りをやや静め、フン、と鼻息。
「で、あれかい、婿殿は」
みんなから外れて恐縮しているクラウスに視線をやった。
「ええ。クラウス・ハイゼル、二つ名は剣帝」
デボラはジロッとクラウスを見る。
「強いのかい?」
「強いです。わたし並に」
「並に、とは?」
クラウスが少し恥ずかしそうに言う。
「まだ、きっちりと勝てたことがありません。接戦にはなるのですが……」
デボラはクラウスをにらみ、フン、と鼻息。
「ダメだな、認められん」
一同は驚いてデボラを見た。
「自分の嫁にも勝てぬような男など、リン家の婿とは認められん」
クラウスは図星を突かれたというようにややショックを受ける。
ドニがあきれ顔でデボラに言う。
「なに言ってんだ、お前の夫のシドだって、お前に勝てなかったじゃないか」
デボラはブスッとふくれながら顔を赤くする。
アレットがこっそり、クラウスに耳打ちする。
「娘の婚約を人から聞きかされて、すねてるだけです、ご安心を。デボラ様はリン家の前総帥、ノエル様の槍の師匠です」
「前総帥でノエルの先生か……、強いんだな」
クラウスは驚きの目でデボラを見た。
ノエルは母親の言葉をむげにもできず、困ったなあという顔でプーとふくれている母親を見た。
その時、玄関の方から若い男の大声が響き渡った。
「剣帝!、剣帝クラウス、いるんだろうが!、出てこーい!」
ノエルは表情を曇らせた。
「来たぞ、一番ウザいのが……」
部屋にツェン・ロンが駆け込んできて、クラウスをにらみつけた。
いきなり腰の剣を抜いて、クラウスに向ける
「いやがったな!、さあ、俺と勝負しろ!」
あっけにとられたクラウスは隣のアレットに小声で尋ねる。
「だれ?」
「ツェン家総帥、ツェン・ロン。剣の名手です」
二人の会話に気づいて、ツェン・ロンが言葉を続ける。
「そして、ノエルの許嫁だ!」
「なにー⁉」
いつも冷静なクラウスだが、ツェン・ロンの言葉に顔色を変えた。
「俺とノエルはなあ、キスを交わして結婚を誓い合ってんだ!,よそ者の出る幕じゃねえ!」
クラウスは驚いて目を丸くする。
「えっ?」
さらに、ツェン・ロンはノエルの方を向いて叫ぶ。
「ノエル、お前からも言ってやれ!」
ノエルはあきれ顔、冷ややかな目でツェン・ロンを見た。
「ロン、何度も言うが、四歳のお前と五歳のわたしのざれ言を誓いとは言わん。それに、ほっぺにチュッもキスを交わしたとは言わん」
ツェン・ロンはめげずに顔を真っ赤にして、さらに叫ぶ。
「ろ、六歳の時、お前より強くなったら、結婚してくれると言っただろ!」
「これまで、お前は三勝十七敗。これを、わたしより強くなったとは言わん」
クラウスはおやっという顔でアレットを見る。
「ノエルに勝つのか?」
「ええ、ごくごくごく、たまにですが」
「へえ……」
クラウスは改めて感心したようにツェン・ロンを見た。
ツェン・ロンは興奮して叫び続けていた。
「とにかく、そこの白っちいのより強けりゃいいだろうが!」
クラウスを指差して叫ぶ。
「俺と勝負だ、剣帝!」
クラウスは困ったなという顔でノエルを見る。
「クラウス、すまんが相手してやってくれ」
「えっ?」
平然と言い放つノエルにクラウスは驚き、冷静なノエルと興奮しているツェン・ロンを何度も見比べた。
外の広場の中央で、クラウスとツェン・ロンが向き合って立っている。
そんな二人を何重もの人の輪が囲んで、戦いがはじまるのを待っていた。
観衆がざわざわと騒いでいる。
「ノエル様の選んだ男だ、強いんだろ?」
「ガリアン三剣の一人、剣帝だってよ」
「だけど相手は、ツェン家総帥のツェン・ロンだぜ?」
「剣同士の戦い、どうなるんだ……」
ざわめく人々の最前列に腕を組んで二人を見つめるノエルと心配そうなアレットがいた。
「ノエル様、よろしいのですか……」
ノエルは答えず腕組みしたまま、じっと二人を見つめ続けた。その様子を隣から母のデボラが見つめていた。
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