第32話 総帥-チャン家の斧・ホン家の矛


 木造の大きな屋敷の一室、木の椅子とテーブルの応接セットがあり、ノエルは深々と椅子に座り、リラックスした風情。


「あー、やっぱり我が家は落ち着くわ」


 向かいに座るクラウスが感心したように言う。

「総帥って言うのはすごいんだな」


 ノエルはうんざりという顔をする。

「やりたくてやってるわけじゃない。リン家最強を目指したら、オマケで付いてきたようなもんだ。それらしく振る舞わなきゃいかんから、堅苦しい」


 セリアとクロエ、フローラが通りかかった

「じゃあ、フローラにあちこち案内してくるね」


 ノエルは双子を呼び止めて聞く。

「セリア、母上はどうした?」

「どっか、出かけてるよ」

 三人は楽しそうに外へ出て行った。


 ノエルは、気乗りがしないようイスから腰を上げた。

「それじゃあ、先に面倒なことを済ませとくか」


 クラウスが、そんなノエルを不思議そうに見た。

「面倒なこと?」

「『つきあい』というやつだ」

 ノエルはやれやれ、とばかりにため息をついた。



 チャン家の大門の前。

 やはり、石を積み上げ家手作られた高い壁が長々と続く。上には『張』の漢字の一文字が書かれた大旗がはためいている。


 門の前に立つノエル、クラウス、アレットは両手には土産物の大きな袋を持っている。

「まずは、チャン家だ」


 庭へ入っていくと、巨漢デブのチャン・ダーウェイが巨大な斧を軽々と右手で振り、左手で鎖を持って斧につながる鉄球をブンブン回転させる。


「あんな斧と鉄球がまるでオモチャだな……」

 驚いて見ているクラウスにアレットがささやく。

「チャン家総帥、チャン・ダーウェイ、巨斧の名手です」


 ノエルがニッコリと笑顔で近寄って声を掛ける。

「ダーウェイ!」


 チャン・ダーウェイは斧の動きを止めて振り返り、ノエルの手に持たれたお土産を見て顔がぱっと明るくなる。

「ノエルー!」




 部屋に入ったノエル達は、テーブルの上に買って来た土産のお菓子を次々に並べていく。ケーキ、パイ、タルト、などなど、高級そうなお菓子にチャン・ダーウェイの目が輝く。


 ノエルはニッコリ笑ってチャン・ダーウェイにお菓子を勧める。

「ガリアンにはタルジニアにないスイーツがいっぱいあるんだ。どれもおいしいぞ」

「こデ、全部オデの?」


 ノエルはもう一度、ニッコリと笑ってみせる。

「もちろんだ、わざわざダーウェイのために買って来たんだ」


 チャン・ダーウェイは大喜び。

「だから、オデ、ノエルだーいすき」

 さっそく、むしゃむしゃとケーキを食べ始めた。


 ポカンとして見ているクラウスにアレットがささやく。

「甘い物に目がないので、以前からこうして、都会のお菓子を買ってきて、手なずけてます」

「手なずけるって……」


 チャン・ダーウェイがクラウスに気づいて指差した。

「アデがノエルの婿さんか?」

「そうだ。クラウス・ハイゼル。剣帝の呼び名は聞いたことあるだろう」


 チャン・ダーウェイの目がジロッとクラウスを見た。

「づよいのか?」

「強い。わたし並にな」

「そうか。面白い、今度やらせろ」

 チャン・ダーウェイはニヤーと笑みを浮かべて言った。




 三人はチャン家から離れて歩いて行く。

 ノエルが隣を歩くクラウスに話しかける。


「一族が何か決めるときは、簡単なことは総帥の多数決で決める。リン家とツェン家はまとまるから、あとは、チャン家のダーウェイが賛成してくれりゃ、それで決まりだ。高級菓子も安いもんだろ」

「お前、意外に計算高いな……」


「ただ、重要なことは全員賛成が原則だから、やっかいなんだがな……」


 三人はホン家の大門の前に到着した。

 石で気づかれた砦の上で、はためく大旗には大きな漢字の『洪』の一文字が書かれている。


「次は、ホン家だ」

「ここは、土産はいいのか?」

「ホン家総帥は、そんなやつではないんだ……」

 ノエルはため息をついた。


 庭に入っていく三人は、矛を振るうホン・ランメイを見た。


 上段から振り下ろされる矛が、直角に横に払われ、再度、上段から振り下ろされる。そんな動作が繰り返される。


 矛の動きをクラウスが驚きの目で見た。

「速いな……」


 アレットがクラウスに説明する。

「ホン家総帥、ホン・ランメイ、矛の名手です」


 ノエルが手を上げながら近寄っていく。

「ランメイ、久しいな」


 ホン・ランメイは矛を振るのを止めた。


「やっと来やがったな。待ってたぜ。さあ、やるぜ!」

 ノエルに向けて矛を構えて戦いを促した。


 ノエルは冷たい目をホン・ランメイに向けた。

「やらん。今日は挨拶に来た」

「つまんねえこと言うんじゃねーよ。さんざん待たせやがって」


 ホン・ランメイはノエルのそばに立つクラウスに気づいた。

「アレがてめーの男か?、いけてんじゃん」

 ホン・ランメイはクラウスを矛で差しながら言った。


「剣帝クラウス・ハイゼル。聞いたことぐらいあるだろう」

「ああ。つえーのか?」

「強い。わたし並にな」

「ちっ、なーんだ、てーしたことねえじゃん」


 不思議そうな顔をするクラウスにアレットが耳元でささやく。

「ノエル様は過去、ホン・ランメイに四勝六敗です」

「ノエルが負け越してるのか!」


 驚くクラウスにホン・ランメイは矛を向ける。

「直接試してやる。さあ、やろうぜ」


 当惑するクラウスとの間にノエルが割って入った。

「やらん。今日は忙しい」

「つまんねーなー。だったら、おめーら、いったい何しにきたんだよ」

「だから、挨拶だと言っているだろうが……」

 ノエルは、やれやれ、とため息をついた。




 三人はホン家から去って行く。


「総帥って、なんか変わってるな……」

 ホン・ランメイの毒気に当てられて疲れたようにクラウスがつぶやいた。


「各家最強ってことは、矛バカ、斧バカ、剣バカ、そして、槍バカ。こんな狭い世界でひたすら鍛錬。まともにはならないだろう」

 ノエルは自嘲気味に笑った。


「ノエルは十分、まともじゃないか」

「十四で傭兵、外の世界でそれなりに苦労もしたからな。まだマシだろう」


 クラウスは不思議そうにノエルを見る。


「なんで、そんな歳で傭兵になったんだ?」

「父が死んだ。その代わりのコマだ。当時、母は腰を痛めていて、戦場には立てなかった」

 クラウスは黙って聞くしかなかった。


「今のセリアやクロエと同じ歳だった……。彼女らが戦場に行く必要がないと思うと、平和のありがたみがよくわかる」


 クラウスはノエルの手を握った。


「そうだな。こうしてノエルと手をつないで歩ける」

「うん……」

 ノエルは頬を染めてうつむいた。


 しばらく歩いた後、クラウスがふと気づいた。

「あと一つ、ツェン家か?、行かなくていいのか?」

 ノエルの表情が陰った。

「アレは、放っといても来るだろう」


 ノエルは面倒くさそうにハアーとため息をついた。

「一番ウザいやつだ……」

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