第31話 中華世界転移人の子孫、林・曾・洪・張-四家の里


 草原を切り開いた道を一行は進んでいく。


 アレットか馬車を運転し、馬車の中からフローラとセリア、クロエが外を見て、キャッキャッとはしゃいでいる。

 馬車の前を馬に乗るクラウスとノエルが並んで進んでいく。


 ハーと深くため息をつく浮かない顔のノエルにクラウスが気づいた。

「どうした、ため息ばかりだな。故郷に帰りたくないのか?」

「みんなに会えるのはうれしいが、いろいろと面倒くさいこともあってなあ……」

「面倒くさいこと?」

「以前、一族が四家からできているという話しをしたことがあったろ」

「初めてノエルと話したときか……」


 平和式典前日、酒場での出会いを思い出し、クラウスは懐かしそうに微笑んだ。


「四家とは、リン家、ツェン家、ホン家、チャン家。リン家とツェン家が同じ国。ホン家とチャン家は別の国、合戦中にこの地に来た。だから、ツェン家とは仲が良いが、ホン家、チャン家とは今ひとつだ」

「変な名字だな……」 

 クラウスは聞き慣れない名前に首をひねりつつ聞いている。


「リン家は他家と違い、外との交流での発展を求めた。傭兵稼業がいい例だ。子供に付ける名前もリン家はこの地の名に近い名を好むが、他は以前のままの名前。まあ、リン家は四家の中では浮いてる存在だな」


「さらに、四家を束ねるのが、長老会。要するに、ジジイとババアのご意見番。なにを言われることやら……」


 浮かない顔で説明するノエルを見て、クラウスもため息をついた。

「それは確かに面倒くさそうだな……」


 ノエルはさらに深いため息をハーとついた。

「もう一人いるんだ、さらに面倒くさいヤツが……」


 うんざり顔のノエルを見て、クラウスは話題を変えた。

「他の家も、みんな槍ができるのか?」

「いや、それぞれに得意がある。ツェン家は剣、ホン家は矛、チャン家は斧だ」

「みんな、強いのか?」

「ああ、強い。総帥達はみんな、わたし並に強い」



 一行は草原を抜け、山の中の道を進んでいくが、切り立った崖の前で道が途切れた。


「行き止まりか?」

 クラウスが馬上から不思議そうに道をさえぎる壁面を見た。


「馬車はここまでです」

 アレットは馬車から降りて、壁の表面を探り、ノエルと二人で、壁のように見えていた門を左右に開いていく。


 門が開くと、馬がやっと通れる程度のトンネルが現れた。

「ここからが里だ」

 ノエルがトンネルの中を指差していった。


 フローラはクラウスの馬に乗り、他はそれぞれの馬でトンネルを進んでいくと、出口から光が見えてきた。


 出口を出ると、開けた空間が現れるが、石を積み上げて作った高い壁が現れ、中央に大きな木の門がある。


 クラウスは前に進みながら、石の壁の上ではためく四つの大きな旗を指差した。それぞれの旗に、林、曾、洪、張と一文字ずつ大きな漢字が書かれている。


「ノエル、あの旗の模様はなんだ?」

「先祖が使っていた文字だそうだ。リン、ツェン、ホン、チャン。それぞれの家の名だ」

「あれが文字か……、変わってるな」 


 数人の門番が駆け寄ってきた。

 みんな黒い髪、セリアやクロエの着ている黒と赤の服を着ている。


「誰だ⁉」 


 アレットが先に進み大声で叫ぶ。

「リン家総帥、ノエル・リン様である。門を開けよ!」


「し、失礼しました!」

 門番達は驚いて、かしこまり、急いで門を開けていく。




 そんな光景を見下ろせる崖の上から、眼下に門を通り抜けていく一行の様子を眺める三人の若い男女の姿があった。みんな、黒い髪、赤と黒の同じ衣装を着ている。


「へっ、やっと、つきやがったぜ」

 そういう女はツインテールに凶暴そうな目をしており、肩に矛を担いでいる。


「都のお菓子、買って来デくれダかなー」

 二メートルを越える巨漢のデブの男が、袋から大きな肉マンを出してむしゃむしゃと食べている。巨大な斧をかつぎ、鎖で斧につながれた大きな鉄球が足下に転がっている。


「チャン・ダーウエイ、お前、食い物のこと以外頭にねえのか?」

 女が巨漢にケッと言った。


 女はクラウスをじっと眺める。

「へー、あれがノエルの男か?、やっぱ金髪はいいねえー、かっけえじゃん」


 女は、隣で腕組みしながら、一行をにらみ続ける男の方を向いた。

 男は他の二人よりも若く、少年の面影を残す。

 男の腰には細身の長剣がある。


「おい、ツェン・ロン、お前なんかより、よっぽどいい男じゃん」

 女はゲラゲラと高笑いを男に浴びせた。


「うっせー、ホン・ランメイ、黙ってろ!」

 男は女を怒鳴りつけた。


「ねー、総帥のオデたち、挨拶にいガなくていいのー?」

「はー?、あっちから来るもんだろうが。そんなに早く、みやげが食いたいのかよ」

「うん、だってノエル、いっつも甘いもんいっぱい買って来てくれるもん」


「ケッ!」

 ホン・ランメイはよだれを垂らすチャン・ダーウエイをにらみつけた。


 ホン・ランメイとチャン・ダーウエイのやりとりを全く無視して、ツェン・ロンは憎しみを込めたような目でクラウスを凝視し続けている。


「あれが剣帝クラウスか……!」

 その怒りはギリギリと歯ぎしりを起こすほどであった。



 石を積み上げてできた高さ数メートルの壁が延々と続き、中心に大きな門がある。 

 門の上には漢字の『林』と書かれた大きな旗がいくつもたなびく。


「ここが、リン家だ」


 ノエルは、馬に乗るクラウスとフローラに声を掛けた。


 フローラがどこまでも続く壁、その高さを見ながらつぶやく

「おおきいですね……」


 門がギーと音を立てて開いていくと、中央に続いていく道の両側に並んでノエルを待っている数百人の男女の列が現れた。


 ノエルが馬を進め、門を通って道を進むと、人々は一斉に左の拳を右の手の平で覆い、片膝を付いてしゃがんで一斉に叫ぶ。

「総帥、お帰りなさいませ!」


 ノエルは馬の歩みを止め、良く通る大きな声で叫んだ。

「我が留守中、何事も無きことまことに喜ばしい。大儀であった!」

「ハッ!」

 人々は一斉にしゃがみながら一礼した。


 先へ進んでいくノエルの馬に続いて、クラウスとフローラも着いていくが左右のかしこまる人の多さに圧倒されて目を丸くしている。


「お兄様の騎士団の部下、何人でしたっけ?」

「三十人……」

「ここ、五百人ぐらいいますね……」

 クラウスは前を行くノエルの背を見つめた。

「ああ、すごいな……」

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