第37話 長老会-総帥なんかやめてやる!


 駆け寄るツェン・ロンは息がハアハアと荒い。

「ツェン・ロン……」

「なんだよ、ロンって呼んでくれって言ったじゃんか」

 クラウスは状況が飲み込めず首をかしげてポカンとする。


「今日、稽古つけてくれる約束だろ、アニキ?」

 返事ができず、立ち尽くすクラウスをツェン・ロンが心配そうに見る。

「……まだ、気分悪いのか?、まあ、あれだけ飲んだらなあ……。俺たちは慣れてるけどな」


 ツェン・ロンは来た方に戻っていった。

「こういうときは、水をたくさん飲んで横になっとくんだ。じゃあ、午後、また来るからな、アニキ!」


 ポカン状態のまま、呆然と見送るクラウスに通りがかって様子を見ていたアレットがため息をつきながら話しかけてきた。

「やはり、覚えておられませんね……」

「アレット……、教えてくれないか、昨晩、何があったか」


 アレットは真剣な目でクラウスを見つめる。

「世の中には思い出さない方がいい記憶もありますよ」


 アレットのただならぬ雰囲気に、クラウスはゴクッ、とツバを飲んだ。

「……頼む、教えてくれ」

「そうですか……。それでは、お教えしましょう」


 アレットは昨晩の様子を語り始めた。


「ツェン家総帥が持ち込んだ酒で、リン家とツェン家の乾杯合戦が始まりました」

(そこまでは覚えてる……)


「酔ったツェン家総帥がクラウス様の肩を抱き、『俺たちは同じ女を好きになった兄弟だ!』ということで意気投合。『兄弟の契りだ!』と腕を組んでカンパイ、しかもドンブリ三杯ずつ」

(えっ……)


「さらに酔ったツェン家総帥がクラウス様に抱きついて、『ノエルを幸せにしてやってくれー』と号泣。クラウス様はすっくと立ち上がり、会場中に聞こえる大声で……」

「なんと言った?」


「『ここにいる全ての者に誓う、俺はノエルを世界一幸せにしてみせる!』と」


 クラウスは恥ずかしさに顔を真っ赤にした。


「会場は拍手と歓声に包まれ、ノエル様の目は感動でウルウルでした」

(それを忘れたのかあ――)

 クラウスは思わず頭を抱えた。


 しかし、アレットは構わず話を続ける。


「そして自ら進んでドンブリ二杯を一気飲み。会場中の拍手を浴びながら、クラウス様は意識を失ってバッタリと倒れました」

(最低だな……)


「そして……」

「まだあるのか?」

 クラウスは不安げに、アレットを見た。


「あわてて起こそうとたツェン家総帥は、急に動いて気分が悪くなり、口からオエッとクラウス様の身体の上に……」


 アレットは言いたくないように口ごもった。

(げっ……)


「さらに、クラウス様を抱えようとしていた男達が、それを見て気分が悪くなり、口から……」


「……わかった、アレット、ありがとう。もういい……」


 がっくりうなだれるクラウスを慰めるようにアレットが言う。


「洗ったり、着替えは男衆がやってましたから、ご安心ください。記憶をなくすのは宴会ではよくあること、ノエル様もわかってくれますよ」


 クラウスはノエルを探していたことを思い出した。

「そうだ、ノエルはどこに?」

「デボラ様と長老会に結婚についての報告に行かれました」


「長老会?」

「四家の元総帥達がメンバーの」

 アレットはハー、と深いため息をついた。

「面倒くさいジジイとババアの会です」




 町の集会場のような雰囲気の部屋で、老人達が囲碁のようなゲームや、トランプ風のゲームで遊んでいる。


 部屋の中央に、男女二人ずつの老人たちが四角いテーブルを囲み、麻雀のようなゲームに興じる。

 そばの椅子にかしこまって緊張気味のデボラと普段通りのノエルが座っている。


「あいかわらず、長老会と言うより老人クラブだな」

 小声でつぶやくノエルをデボラが、おだまり、と言うようにヒジで小突いた。


「ノエルが結婚とは、時の経つのは速いのおー。お相手は、ガリアン人じゃそうだな?、で、その男はどこに?」

 優しそうにそう言ったのはリン家の老女だった。


「昨日、飲み過ぎて、まだ寝ております……」

 デボラが少し恥ずかしそうに、うつむき気味で言った。


 巨漢の老人が大声で笑った。チャン家の老人だった。

「二日酔いですっぽかしか!、大丈夫か、そいつ?、つえーのか?」

「うちのツェン・ロンに勝った。腕はたしかじゃろう」

 ツェン家の老人が悔しそうな調子で言った。


「ほおー、ツェン家も落ちたもんじゃ。よそ者に簡単にやられるとはのお」

 ホン家の老女が皮肉な口調で言った。

「なんじゃと……」

 ツェン家の老人がムッとした表情を浮かべた。


「まあまあ、それだけの手練れの者を我らに受け入れること、めでたいではないか。のお、デボラ?」

「はっ。きっと強き子を作ってくれるものと存じます」

 場を納めようとするリン家の老女に、デボラはかしこまって答えた。


「外の優れた血を取り入れてこそ、一族の今後の繁栄につながるというもの。皆の者も異論はなかろう?」

「つえーんならいいぞ」

「良いじゃろう」

「ふん、構わん」


 ノエルはホッと安心し、ため息をついた。


「ノエル、で、いつこっちに戻って来るのじゃ?」

「いえ、結婚後も、ガリアンで暮らしていきますが……」

「ならん!」

 ホン家の老女が大声で一喝した。


「結婚して家をなしたる後は、里に住むこと。これが総帥のしきたりじゃ」

「しかし、わたしは総帥になってからこの四年、こちらにはほとんど戻っておりません。わたしが留守でもなんの支障もありません」

「ならぬといったら、ならぬ。しきたりには従え」


 頭から決めつけるホン家の老女にノエルはムッとする。

「意味の無いしきたりなど、従えませぬ!」

「きまりじゃ。そんなにイヤなら、夫婦離れて暮らせば良い。婿殿に時々来てもらえ」


 ノエルはホン家の老女をにらみつけた。

「……ならば、総帥などやめさせてもらう。もともと、なりたくてなったわけではない」


「ノエル、そんな勝手なことを……」

 あわててなだめようとするデボラにもノエルはフン、とそっぽを向いた。


「これだからリン家は!」

 ホン家の老女がカッとなって叫んだ。

「わがままも、たいがいにせい!」

 チャン家の老人も怒りの言葉をぶつけた。


 リン家の老女は場を納めようとみんなを取りなす。

「まあまあ、決まりが時代にあってないなら変えればよかろう。総帥のお前にはそれができるじゃろう、のう、ノエル?」


「四家論剣か……」

 ノエルは考え込んだ。

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