第9話 二人の告白-お前を嫌いではない
カチャッ、フローラがナイフとフォークをテーブルに置いた。皿の上にはかなりの量の食事が残っている。
「ごちそうさま……」
「疲れたか?、早く休みなさい」
フローラは、おやすみなさい、と言い残して、出て行った。
そんなフローラを心配そうに目で追うノエルにクラウスは気づいた。
「いつものことだ。食は細いし、すぐ疲れる」
「どこか、病気なのか?」
クラウスはため息をついて首を横に振った。
「小さいときから体が弱いが、病気らしい病気は見つからず、医者にもサジを投げられた」
「ふむ……」
ノエルはアゴにこぶしをつけて、目を閉じて何事か考え始めた。
「……ノエル、話があるのだが」
真剣なクラウスの様子にノエルはハッとして、ガバッと頭を深々と下げた。
「今日はすまなかった!、理由はどうあれ、婚約者に往復ビンタとは女性にあるまじきこと。見ての通り、わたしはガラの悪い粗暴な女、嫁になどなれる人間ではない。王たちにはわたしから説明する、お前に迷惑はかけぬ」
ノエルは一気にまくし立てるが、クラウスは両手を振って違う違う、とジェスチャーで示す。
「あれは俺が悪い、反省している。考えを改める。俺が言いたいのは……」
ノエルは顔を上げるが、その目はクラウスに見つめられる。
「俺は、お前が嫌いではない」
驚くノエル、しかし、意味がよくわからず不思議そうな顔をする。
「お前の槍は素晴らしい、尊敬すらしている。しかし、未だにあの死を覚悟した瞬間を思い出してしまう」
ノエルは、なにが言いたいのかと言いたげな当惑の表情を浮かべる。
「それでも、お前のことを、もっと知りたい。半年かけて……」
ノエルの目が大きく見開かれ、頬が紅潮していく。
「愛せるものなら、愛したい」
クラウスに見つめられるノエルの胸が大きく高鳴り、頬がさらに赤くなる。
「それができなければ、私が責任もってタルジニア王、ガリアン王に説明し、この婚約は破棄ということにしてもらう。私は口下手で思いをうまく語る言葉を持たない。だが、今、考えているのはそういうことだ」
黙って聞くノエルからなんの反応もなく、不安を感じ始め、うつむき気味になっていく
「どうだろう……」
ノエルは目を見開いたまま、頬を紅潮させてクラウスを見ている。
「こんなことを男に言ってもらったことがない……。なんと言うべきなのか、わからないのだが……」
ノエルは少し恥ずかしそうに目を伏せて話し始める。
「我が一族は『縁』というものを大切にする」
「縁?」
「この地の言葉では『運命』に近いか」
「運命……」
「わたしたちは六度の戦いのあと、お互い無事で今は婚約までしている」
自分で言いながら、フフッとおかしそうに笑った。
「これを『縁』と言わずしてなんと呼ぼう……」
クラウスはわかったような、わからないような複雑な表情で耳を傾ける。
ノエルは顔を上げてクラウスを見つめる。
「わたしも、お前を嫌いではないぞ」
「!」
「この縁が本物なのか見てみたい。お前を愛せるのか、お前に愛されるのか、半年かけて」
クラウスの顔がパッと明るくなった。
「そうか!、俺は剣ももっと腕を上げて、お前よりも強くなる。そして、お前に愛される男になってみせる」
ノエルの眉がピクッと上がり、真剣な顔になった。
「それは無理だ。わたしの槍はもっと強くなる。お前には負けな……」
ハッと我に返るノエルは頭を抱える。
「……なにを言ってるんだ」
クラウスは、そんなノエルに微笑んだ。
「まずは始めてみよう」
こうして、剣と槍の達人、かっての宿敵同士の結婚を前提とした、平和な世での同居生活が始まった。
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