第4話 二人の王は命じる-結婚せよ


 翌日、ガリアン王城の大広間、きらびやかな装飾とステンドグラスの窓。ガリアンとタルジニアの両王が正面の二つの王座に座っている。平和条約の調印式が行われている。


 ガリアン第一王子のルークとタルジニア王女のサンドラがそれぞれの王の隣に立っている。


 両国の騎士団が甲冑ではない礼装で各自の王の前に整列、うやうやしく、片膝をついて両王の話を聞いている。


 ガリアン側、最前列のイエルクが隣のクラウスを肘で小突いた。

「おい、きてるぞ、槍姫」


 タルジニア側の騎士達の金髪、銀髪の男性の中に、ひときわ目立つ黒く長い髪。クラウスはすぐにノエルを見つけることができた。

(三年間、追っていた宿敵が女だったとは……。もう立ち会うこともないと思うと寂しくはあるな)


 クラウスは目を伏せ、ため息をついてつぶやく。

「まあ、平和が一番か」


「ちっ、なにが平和だ!」

 クラウスの隣で二メートルはあるような巨漢の男が周囲に聞こえるような声で吐き捨てるように言った。


「レオンハルト殿、お静かに」

 クラウスが慌てて話しかけ、イエルクもそれに続く。

「近衛騎士団長のあなたが、そんなブスッとしてたら、平和式典に水を差しますよ」

「若いお前らには、わからん。なぜ、十年戦争が始まったか忘れたとは言わせんぞ」


 クラウスは横目で苦々しげな顔のレオンを見た。

(大剣のレオンハルト。先王から『剣王』の名を賜った男。先王の代から近衛騎士団に仕え、敬い慕った先王がタルジニアの外交官に斬殺されたのが十年戦争のきっかけ。和平を簡単には受け入れられないのだろう……)


 式典も終盤となり、ガリアン王が宣誓の言葉を読み上げている。

「……ここに、ガリアンとタルジニア、両国の永久平和条約締結を宣言する」


 タルジニア王が続いて発言する。

「その証しとして、タルジニア第一王女サンドラをガリアン第一王子ルーク殿に嫁がせ、両国を共同で統治させる。婚儀は半年後に実施、以降、両国は一つとなる」


 聴衆から驚き、歓声、どよめき、いろいろな声が上がった。


 クラウスも驚きの目で両王を見ている。

(半年後に両国統一とは思い切ったことを。平和条約だけでも反対勢力があるのに。統一は簡単じゃないだろう……)


 横目で隣のレオンハルトを見ると、顔を真っ赤にして興奮している。

「なにが両国は一つだ!、ふざけるな、クソと一緒になれってのか!」


(暴れ出さないで下さいよ、剣王レオンハルト。俺とイエルクの二人がかりでもかなわないんですから)

 最近の御前試合で、剣王対剣帝と剣聖の一対二で敗れた嫌な思い出がよみがえった。


(それに……)

 文官の列に並ぶ、白と黒の唐草模様の異国風ローブをまとった初老の男を見る。

 隣国、神聖アゼリア帝国の外交官だった。胸まで届くアゴヒゲが目立ち、その表情には苦々しい気持ちが浮かんでゆがんでいる。


 クラウスはその表情を見続ける。

(神聖アゼリア帝国。国境を接するガリアンとタルジニアの統一。三国のバランスが崩れたとき、どう動いてくるか……)


「剣帝クラウス・ハイゼル!」

 突然ガリアン王に呼ばれた声にクラウスはハッと我に返った。


「ここへ参れ」

 クラウスは訳がわからず、戸惑いながら、王座の方に歩いて行く。聴衆も不思議そうに、そんなクラウスを目で追っていく。

 ノエルもその一人であった。


「槍姫ノエル・リン!」

 こちらも突然タルジニア王に呼ばれてびっくりしたように顔を上げて王を見た。


「前へ」

 突然の指名に明らかに動揺し、王座に向かいながら、救いを求めるように壁際に立つアレットを見るが、アレットも首をかしげるばかりだった。


 クラウスとノエル、二人はそれぞれの王の前でうやうやしく片膝をついて王の言葉を待つ。


「聞けば、お前達は戦場では好敵手だそうじゃな」

 そう聞いたのはガリアン王だった。


 ノエルの眉毛がピクッとつり上がった。

「恐れながら、あの頬の傷は三年前、わたしが負わせたもの。以来、我が身には一太刀も受けておりませぬので、好敵手という言葉がふさわしいかどうか……」


 ニヤッと笑って自分を見るノエルにムッとしてクラウスは言葉を返す。

「ではありますが、先日はあの首を、あとわずかで吹っ飛ばすところでした」


「ではありますが、その直後、ぶちのめして、額をぶちぬくところでした」


(くそっ、反論できない……)

 挑発するような笑みを浮かべるノエルをクラウスは悔しそうににらんだ。


 そんな二人を見てガリアン王は、やれやれ、とため息をつく。

「もうよい、もうよい。時代は変わるのだ。遺恨は水に流して、過去は忘れよ。二人とも、平和な世で何ができるか、それを考えよ。というわけで……」


 二人は自分たちの態度を反省したように、再び片膝をついて頭を垂れている。


「結婚せよ」「結婚せよ」

 二人の王が声をそろえて言った。


「はあ――⁉」「はあ――⁉」

 こちらも二人そろって声を上げて思わず立ち上がった。

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