第5話 ノエル涙目で叫ぶ-つつしんで嫁がせていただきます!


「剣帝クラウス、槍姫ノエルを娶れ」

「槍姫ノエル、剣帝クラウスに嫁げ」


 クラウスとノエルは呆然としてお互いの顔を見合った。


(槍姫を妻にだと? 俺を殺しかけた女だぞ?)


 目を白黒させるノエルの表情から同じことを考えていることがうかがえた。殺し合った男を夫に?、と。


 動揺する二人をなだめるようにガリアン王が口を開いた。

「いやー、昨日宴会でもりあがって、両国の民に平和を身近に実感してもらうイベントがなにかないかなあって話になってな」


 クラウスは思わず昨日のノエルが言った『サンドラ王女はイベント好き』と言う言葉を思い出し、微笑んでいるサンドラ王女を見ると、視線が合い、パチッと笑顔のウィンクを返された。


(サンドラ王女、あなたのアイデアか!)


 ガリアン王はさらにクラウスとノエルを見て話し続けた。

「自国で人気が高く、宿敵同士のそなた達が結婚すれば、これほど平和を示すものは無いであろう」


「ですが、私はまだ結婚など考えても……」


 クラウスは反論するが、歳が近く親交もあるルーク王子が追い打ちをかける。

「そう言い続けて、もうじき三十ではないか。剣一筋のお前に恋人ができるとは、到底思えぬのだが」


 騎士団の聴衆からも声が飛ぶ。

「王子、おっしゃるとおり!」


 大声で合いの手を入れたのはイエルクだった。聴衆からどっと笑い声が沸いた。

「そうだ、そうだ」

「いい話だ」

「片付いちまえ、クラウス」


 そんな声すら上がり始めた。

(あのバカ、あとで絞める!)


「剣帝と槍姫の子供なら、さぞや強い子が生まれ、私とサンドラの子を支えてくれるだろう」

「いや、そんな先のことを言われしましても……」


 まだ煮え切らないクラウスをルークは威厳を持ってにらみつけた。

「なによりも、王の命である」


 クラウスは呆然と自分を見ているノエルを見た。見開かれた目が、断れ、断れ、と言っているように感じられた。


 脳裏に三年前の初戦から昨日の酒場の会話まで、いろいろなノエルの姿を脳裏に浮かべた。自分の額を突き抜く寸前の顔、酒場でほめられて頬を赤らめてうつむく顔……。

 クラウスの顔にフッと微笑みが浮かぶ。


 クラウスは片膝をつき、うやうやしく頭を垂れた。

「御意。このクラウス・ハイゼル、槍姫ノエル・リンを妻として迎えたく存じます」


 聴衆から歓声が上がった。

「いいぞー」

「よく言った!」


 しかし、ノエルはあぜんとして頭を垂れ続けるクラウスを見続ける。さらに大きく見開かれた目が語る。お前、なに考えてんだよ!、と。


 クラウスは考えていた。

(まあ、あの性格からして、相手が誰だろうと、イヤというだろう、貴族ってわけでもないし。イヤなら、お前の方で断ってくれ)


「そちはどうじゃ、ノエル?」

 タルジニア王が呆然と立ち尽くすノエルに聞くが、目を白黒、口をパクパクするだけで答えられない。


「ノエル、おいで」

 そんなノエルをサンドラ王女が手招きして呼び、ひそひそ話を始めた。


「相手は剣帝、しかも伯爵でイケメン。ルーク王子もお勧めの男だって言ってたわよ。玉の輿じゃない。なにが不服なの?」


「ですが、あの男とは戦場で殺し合ってたんですよ、六度も」


「六度も会ってれば十分でしょ?、あたしのいとこなんて、見たこともない二十も上の遠国の王族に嫁がされたわよ。よっぽどマシじゃない」


「そうは言われましても、わたしは王族でも貴族でもありませんので……」


「そうねー、他国の伯爵に嫁に出すのに下民ってわけにもいかないから……、男爵はおかしいし……、子爵の位をあげるってことでどう?」


「子爵!、私を貴族にですか!」


「そうよ。これで、リン家の行く末も万全ね」


 ノエルの目がキラキラと輝くが、ハッと我に返る。

「ですが、結婚となると話は別で……」


 サンドラ王女は冷たい目でノエルを見る。

「あら、あたしの言うこと聞いてくれないの?、言っときますけど、騎士団副団長、クビですからね」


「えっ、クビですか……」

 ノエルは青くなった。


「平和な時代が来て、英雄はもういりません。あと、傭兵としても雇わないように、軍には言っときましたからね」

「えー、そんなあ……」

 ノエルは泣き出しそうな顔になった。


「どうします?、あたしの頼みを断って、あれほど嫌がっていた里にもどりますか?」

 意地悪そうな笑顔を浮かべるサンドラ王女をノエルは涙目でにらんだ。



 そんな二人の様子をクラウスが不安そうに見ている。

(長々となに話してんだ?、まさか、説得されるんじゃないだろうな?)



 サンドラ王女はノエルの耳元で小声でこっそりささやく。

「結婚して無理そうだったら、ほとぼり冷めた頃に、さっさと帰ってくればいいから」

「……本当に、それでよろしいんですね?」


「さあ、さあ、ここはお父様の顔を立ててあげて」

 サンドラ王女はノエルの背中を押して、元の位置に戻るようにうながした。


 ノエルはトボトボと弱々しい足取りで戻り、うつむき気味にたたずんだ。


 そんなノエルを心配そうにクラウスは見る。

(どうした黒髪の槍姫ノエル・リン!、いつもの堂々としたお前はどこに行った!)



 タルジニア王が再度、ノエルに問いかける。

「どうじゃな、槍姫ノエル・リン」 


「……つつしんで」ボソボソボソ……

 うつむきながら小声で話すノエルだが、なにを言っているかが聞こえない。


「ノエル、声が小さい!」

 サンドラ王女に一喝され、ノエルはやけくそ気味に顔を上げ、目に涙をためて大声で叫んだ。

「つつしんで、剣帝クラウス・ハイゼルに嫁がせていただきます!」


 聴衆からワーと大歓声が上がった。

 二人の王も王子も王女も拍手して、悦びと祝賀を示した。


 クラウスは驚きの表情で立ち上がってノエルを見た。

(お前、どうしちゃったんだよー!)


 その視線に気づいたノエルはクラウスに向かって、どうしよう、と言いたげに、

ヘヘッと力なく笑った。


 クラウスはただ、ア然としてノエルを見て、それからサンドラ王女の方を見ると、ペロッと舌を出したお茶目な笑顔と指のVサインを返された。


 その笑顔に、ただ、ぼう然と立ち尽くすクラウスだった。


 

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