第3話 転移人の子孫
四人はテーブルを囲む。
緊張気味の雰囲気の中、クラウスがまず口を開いた。
「今日は『つぶれたカエル』にずいぶん礼儀正しいではないか」
クラウスはイヤミを込めて言った。
ノエルはイヤイヤながらという表情で口だけで謝る。
「悪かったな。サンドラ王女にも怒られた……」
「王女に怒られた?」
「実は……」
不思議そうなクラウスに、アレットがクスクスと笑いながら、サンドラ王女の話を聞かせた。
あきれたクラウスが言う。
「国家英雄オーディション?、タルジニアって変わった国だな……」
「サンドラ王女はイベント好きなんだ」
ノエルはうんざり、と言う顔で言った。
思い出したようにイエルクが言う。
「そういえば、サンドラ王女とガリアン第一王子のルーク王子と政略結婚、明日婚約発表って本当なのか?」
「ええ、ただ、サンドラ王女はぞっこんらしいですよ」
アレットが答えると、イエルクがからかうようにクラウスを指差した。
「こいつもノエルさんにぞっこんで、初めて戦ってからずっと、ノエルに会いたい会いたいって言い続けてたんですよ」
「えっ?」
ノエルはカーと真っ赤になっていった。
しかし、クラウスはあわてて否定する。
「ご、誤解を生むようなこと言うな。その頃は女だとは知らなかったんだ」
「イヤー、ホントですよ。戦ったらすぐ、次はいつ会えるんだろう、とか言って。恋する純情少年みたいでしたよ」
クスクスと笑うアレットの隣で、ノエルは恥ずかしそうに真っ赤になってうつむき続けていた。
「戦況を分析して、ノエル軍の出そうなところに自分の軍率いて出撃するんですから、公私混同もいいとこですよ」
アレットが小声でノエルに話しかける。
「ホントに、おっかけ,でしたね」
「ストーカーだろ……」
笑い続けるイエルクにクラウスは赤い顔で言い訳する。
「戦いたかった。それだけだ」
ほう、と言う顔でノエルはクラウスを見る。
「そんなに、わたしと戦いたかったか?」
「ああ、そうだ」
ノエルは真剣な表情でクラウスにグラスを差し出してカンパイを求めた。
「武人の誉れ、光栄だ、剣帝クラウス」
クラウスもそれに応えてグラスをカチン、とぶつけた。
ノエルはニヤッと笑った。
「勝ち逃げで終わって、申し訳ないがな」
クラウスはブスッとするが、話題を変えた。
「明日の平和式典に出るのなら、今日は王宮でガリアン王主催の晩餐会ではないのか?」
「招待は貴族だけだ。今でこそ騎士団副団長などと威張っているが、もとは傭兵、下民の出。十四の時から戦場を駆け回っている」
クラウスは、おやっと不思議そうにノエルを見る。
「お前、いくつだ?」
「クラウス……」
イエルクは慌てて肘で小突いて注意する。
「別に構わん。十九だ」
「俺との初戦は……」
「三年前、十六の時だ」
「十六歳だと⁉」
「おいおい、我らが剣帝は十六のお嬢ちゃんに頬を切り裂かれたのか」
イエルクは面白そうに笑うが、ガク然とするクラウスは気にもとめない。
(三年前、初めて戦ったとき、あの槍の動きに翻弄されて、なすすべなく破れた。その時、たったの十六歳だと!)
クラウスは改めてノエルを見据えた。
「……お前の槍術、あれはなんなのだ?、他の使い手を見たことがない。どこで学んだ?」
「おい、クラウス……」
イエルクは、そんなこと聞くなとばかりに非難げに肘でクラウスを小突く。
ノエルは指を下まぶたに当てて目を広げて見せた。
クラウスは不思議そうにノエルを見る。
「わたしの瞳、黒いだろう。髪も真っ黒だ」
ノエルはテーブルの上に置かれたクラウスの手を取り、自分の手の甲と並べる。
「肌の色も、この大陸のものではない」
クラウスはじっとノエルの手を見る。自分達の白い肌に比べて確かに肌色が濃い。
ノエルは自嘲気味に笑った。
「まあ、お前達の言う『美人』の基準からは外れているな」
クラウスはノエルを改めて観察する。
「瞳の色は黒曜石を思わせる。つややかな漆黒の髪。肌はきめ細かく滑らかだ。十分、美しいだろう」
ノエルはストレートにほめられ、驚きに目を見開いて頬を赤く染める。
イエルクとアレットはプッと吹き出した。
「クラウス、声に出てるぞ」
イエルクが笑いながらクラウスに言った。
ハッと気づくクラウスは居ずまいを正し、威厳を保ちつつ言い訳する。
「あくまでも一般論としてだ。美の基準は人それぞれ、一概には言えぬということだ」
イエルクがアレットの耳元でささやく。
「こいつ、女性との会話になれてないもんで」
「無骨な武人の典型ですね」
ノエルは咳払いを一つ、説明を続ける。
「似たような髪、瞳の色の人間がはるか東方にいると聞くが、我がリン家は、はるか昔、別の国、いや別の世界から来た一族の子孫と言われている」
「別の世界?」
クラウスもイエルクも驚いて口を揃えて尋ねた。
アレットがとがめるようにノエルに注意する。
「ノエル様、よろしいのですか……」
「まあよい、三年間のおっかけに、応えてやろうではないか」
ノエルは再び、クラウスとイエルクに説明を始める。
「言い伝えでは、合戦中に我らリン家を含む四家の軍が突然、この地に飛ばされたと言われている。それから数百年、この地の民と同化しつつも、四家、それぞれの血統を保ち、文化を守り暮らしてきた」
クラウスとイエルクは突拍子もない話しに、不思議そうに顔を見合わせる。
「アレットも、そのリン家なのか?」
アレットの濃い亜麻色の髪の毛を見てイエルクが尋ねた。
「わたしは分家の出ですが、ノエル様は本家総帥であらせられます」
ドヤ顔のノエルだが、クラウスにはピンとこない。
「その総帥とやらは偉いのか?」
「……まあ、それほどたいしたものではないが、一番強い、ということだな」
ノエルは反応の薄さに拍子抜けするが、話を続ける。
「我らリン家は槍術に長けている。リン家槍術、そう呼んでいる。基本、母から娘のみに伝えられる門外不出の技だ」
「母から娘、女性のみに……?」
槍術の話しとなり、クラウスは興味深げに身を乗り出す。
「特徴は女性の柔らかい全身のバネを使った打撃。男の硬い身体ではああはならない」
「なるほど……。では、あの極端な槍の長さは何の意味があるのだ?」
「馬上での安全な戦いを追求した結果だ。他にも使い方はいろいろあるがな」
「だが、剣の間合いに飛び込まれたらどうする?、長さが災いするだろう?」
ノエルの眉毛がピクッと上がり、自分の槍術にケチをつけられたようにムッとする。
「六度目でやっと間合いに入れて、しかも大の字にひっくり返された男に言われたくはないな」
挑発的な笑みを浮かべて話すノエルにクラウスはカチンと来る。
「それでも、あとちょっとで首を落とせたがな」
「剣が二センチ下ならな。その差が実力差ということだ」
「一センチだ」
二人の会話が徐々にヒートアップしていった。
ノエルはクラウスをにらみつける。
「前回の手、あんな奇策はもう効かん。対策はもうできている」
「ほう……」
「なんならここで見せてやろうか?」
「面白い」
二人は興奮して席から立ち上がった。
しかし、アレットとイエルクが間に割って入り、それぞれを押さえた。
「クラウス、帰るぞ。お開きだ」
「平和式典前夜のもめ事、どっちが勝ってもおとがめ無しにはなりませんよ!」
ノエルとクラウスはそれぞれの友人に押さえられつつ、興奮気味に酒場を後にした。
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