第2話 ノエル、敵国の酒場で暴れる-そして再会
ガリアン王国の王都サマルランド。
停戦からすでに三日経ち、翌日の平和式典に出席するためにタルジニア王国の王侯貴族、軍幹部が訪れていた。
商人、騎士、兵士、いろいろな人で賑わう庶民的な酒場の一角で、ノエルとアレットが二人テーブルを挟んで葡萄酒を酌み交わしていた。
「敵だった国の都で飲む酒は格別だ。占領した気分だな」
普段着のノエルはリラックスした表情でグラスをグッと空けた。
「ノエル様、サンドラ王女がご立腹ですよ」
アレットは手にした書状をノエルに読み聞かせていく。
「騎士団副団長ノエル・リン、これから同盟を組む相手国の英雄を『つぶれたカエル』呼ばわりとは無礼千万、まるで悪役ヒロインです」
「はあっ?」
ノエルはいかにも不満、と言う顔でアレットを見た。
「馬から下りて手を貸して、『剣帝と槍姫、これからは手を携えて平和を築いていこう』ぐらい言ってこそ英雄。反省なさい。……だそうです」
ノエルはブスッとふくれた。
「この前は『強者としての威厳を持って敗者を徹底的に叩きなさい。それが英雄です』って言ってなかったか?、指示に従っただけだ」
アレットは苦笑した。
「……求められる英雄像は、時代と共に変わりますから」
「へーへー、今度、剣帝に会ったら言っておこう、『手を携えて平和を築いていこう』てか。もう、英雄、英雄ってうるさいなあ」
「英雄的ふるまいが条件の騎士団副団長募集、サンドラ王女主催の国家英雄オーディション。高給につられて応募されたのはノエル様ですからね、仕方ありません」
「下民の女が傭兵から騎士団副団長、最高のサクセスストーリーなんだろうけど、英雄気取りは性に合わん」
「まあまあ、傭兵時代よりはるかに高給ですから」
ブスッとするノエルに、アレットはグラスをかかげて乾杯を促す。
カチン、二人は葡萄酒のグラスを軽くぶつけた。
「しかし、戦争が終わって英雄も失業かも……。どうするかなあ」
「里に戻りますか?」
ノエルは露骨に顔をしかめた。
「絶対にイヤだね、あんなとこにこもって暮らせるか」
「では、どうされます?」
「そうだなあ……、『かわいいお嫁さん』になって永久就職を目指すかな」
自分で言いながら、頬がポッと赤く染まった。
「槍姫から『かわいいお嫁さん』へのジョブチェンジは、かなり難しいかと」
アレットはクスクスと面白そうに笑った。
「そんなことはない。わたしより、ずっと強い男を探して、愛でてもらえばいいだろう」
「それも難しいかと……」
笑っていたアレットだが、ふと何かに気づいたように笑うのをやめた。
「ガリアン三剣のうち、剣帝、剣聖は独身だとか。特に剣帝は、騎士にふさわしい高貴な振る舞いと見栄えの良さ、我が国でも人気があるほどですよ。どうですか?」
「剣帝クラウスか……」
馬に乗るりりしい姿のクラウスを思い出すように目が宙を見る。
「うーん、悪くないけど、わたしより弱いしなあ……」
「そうでしょうか。この前のあれ、ラッキーですよね?」
ノエルの眉毛がピクッとつり上がった。
「前回の一戦を見る限り、もう互角に近いのでは?」
ノエルはハーとため息をついた。
「……まあな。あのとき剣があと二センチ下なら首が飛んでた。あいつ、戦うごとに強くなってる」
「剣帝の名はダテではないのでしょう」
「この三年、出撃するたび、あいつと出会っては一騎打ちを挑まれる」
「よほど縁があるんでしょうね」
「縁か……、確かにな」
ノエルはふと考え込むが、それを振り払うように首を振った。
「いや、縁と言うより、あいつは戦場ストーカーだ」
「よく言えば、おっかけ、ですね」
アレットはクスクスと愉快そうに笑うが、ノエルはうんざり顔。
「もうカンベンしてくれだ。こんなこと続けてたら、そのうち本当に首を飛ばされる」
「大丈夫ですよ。もう会うことはありません。平和に乾杯しましょう」
その時、離れたテーブルから男の大声が聞こえてきた。
「はあー?、お前、槍姫ノエルを知らなかったって?」
ノエルもアレットも、おやっと言う顔で声のする方角を見た。友人とテーブルを挟んで酒を飲むクラウスの姿があった。
「げっ……」
ノエルの顔から笑顔が消えた。
ノエルはサッと首をすくめて身を伏せた。
「早く切り上げよう、こんなとこで決闘でも申し込まれたらたまらん」
「槍、持ってくるんでしたね」
「知らん」
クラウスはぶ然として答えて酒のジョッキをグッと空けた。
「四度も五度も戦って、相手が誰かも知りませんでしたって、お前ってそんなアホウだったか?」
剣帝をアホウ呼ばわりする銀髪に青い目の男の腰には二本の剣。通り名は剣聖、双剣のイエルクの異名をもつクラウスの幼なじみ、親友だった。
「六度だ。ノエル・リン、名前は知ってたが、二つ名など知らんし、女とも知らなかった」
「お前、友達少なくて世の中の出来事にうといからなあ……」
イエルクはあきれ顔で言った。
「あんな長槍をブンブン振り回すヤツを女と思うか?、てっきり筋肉ムキムキのおっさんかと思ってたぞ」
フフッと笑うクラウスにイエルクがニヤニヤ笑いかける。
「戦争終わってもう会えないとなると寂しいだろ?」
クラウスは目を伏せた。
「……この三年、あいつに一太刀浴びせる事だけを考えて鍛錬してきた。寂しくないと言えばウソになる」
その時、離れたテーブルから、ガシャーン、と食器の砕ける音と男の怒鳴り声が聞こえた。
「てめえ、タルジニアの槍姫だろーが!」
声のする方を見るクラウスは、酔っ払った騎士に背後から怒鳴られるノエルを見た。
「あれは……!」
背後から怒鳴りつける男を振り向きもせず、ノエルは平然とグラスを口に運ぶ。
「だったら、どうだというのだ?」
「なんでこんなとこで酒飲んでやがんだ!、てめえ、いったい、何人のガリアン人を殺した!」
「知らんな。肉屋が殺したブタの数を覚えているか?」
同じく平然としているアレットはヤレヤレとため息。
「またそんな、悪役キャラのセリフを……」
男はカッとなって、いきなり背後から剣でノエルに斬りかかった。
「クソがー!」
剣が頭に当たったに見えたが、残像を斬ったように、剣はガッと木製のテーブルに食い込む。
いつの間にか男の横に立ったノエルは男の尻に回し蹴りを叩き込む。男はテーブルの上に、突っ込んでいき、ガシャーンと食器が飛び散った。
ノエルは男を見下ろして憎々しげな笑みを浮かべる。
「これが、ガリアンの礼儀なら、わたし好みだ」
アレットは、その光景にあきれて目をおおった。
「もう、悪役モード全開ですね……」
「このアマー!」
男が殴りかかろうと腕を上げた瞬間、後ろからクラウスがその腕をつかんだ。
「もうよせ、ガリアンの恥をさらすな」
「け、剣帝クラウス……」
男はクラウスににらまれ、すごすごと去って行った。
ノエルもクラウスを見て、ドキッと驚く。
クラウスは申し訳なさそうにノエルの方を向く。
「すまない。ケガはないか?」
ノエルはチッと舌打ちをした。
「せっかく、面白くなってきたところを」
アレットがノエルの耳元で小声でささやく。
「ノエル様、顔が悪役ヒロインになってますよ。ほら、例のヤツ」
「う、うむ……」
ノエルは作り笑顔を浮かべ、背筋を伸ばして右手を差し出し、握手を求めた。
「の、ノエル・リンだ。『これからは、剣帝と槍姫、共に手を携えて平和を築いていこうではないか』」
「はあっ?」
棒読みのようなセリフに、あっけにとられたクラウスとの間にシーンと沈黙が生まれた。
ノエルは手を差し出したまま、みるみる顔を赤らめていく。
「だから、合わないことはイヤなんだ……」
「見事に外しましたね」
ノエルとアレットは小声で会話を交わした。
握手の求めに反応できなかったクラウスも改めてノエルを見る。
盛り上がった胸、大きな黒い瞳、漆黒の髪。顔を赤らめながらも手を差し出して握手を求める姿。
(今日は、ずいぶん礼儀正しいな)
そう思いながら、ノエルの手を取り握手に応えた。
「クラウス・ハイゼルだ」
握手に応じられるとは思っていなかったノエルは動揺したように顔を赤くした。
(おや?)
クラウスは握ったノエルの手の平の硬い感触に気づき、握手の手を緩めてノエルの手の平を見た。
「槍のマメか」
ノエルはサッと手を引いて、恥ずかしげに手を隠した。
「汚い手だろう」
「いや、鍛えられた良い手だ」
男に誉められることに慣れていないノエルはカッと赤くなってうつむいてしまった。
クラウスは自分の言葉が相手を赤面させたことに当惑する。
「あっ、えーと……」
もじもじする二人の妙な間に気づいて、イエルクとアレットは顔を見合わせた。
「せっかくだから、ちょっと飲みましょうか、さあ座って。あっ、どうも、友人のイエルクです」
「剣聖イエルク、双剣の。ご高名はうかがっております。お付きのアレットです」
大人の二人は自然に自己紹介をかわした。
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