第九話 極秘任務②

 お花見の翌日。午前7時30分。防衛塔内にある会議室にて、ミラはフリルから聞いた情報をもとに、リフレクトとふたりで真瀬のことについて話し合っていた。

「そうか。彼は真瀬というのか」

「はい。魔王である確信の情報を得ることはできませんでしたが、名前は確かでございます」

「真瀬……聞いたことがないな」

「リフレクト様でもご存知ないということは、真瀬というおかたは魔王ではないということでしょうか?」

「いや、どうだろうね。少なくとも僕達が戦ったときの魔王はそんな名前ではなかった。となれば、新たな魔王とも考えられるね」

「新たな、魔王……」

 ミラは気を引き締めるように眉をひそめる。

「それで、今後の計画はどのようにお考えなのでしょうか」

「うむ。プランは先日も言った通りA5をぶつける。その指揮はミラ、君に任せるとしよう」

「はっ」

「だがA5は貴重な人材だ。あまり数を用意することはできない。でも君の意見も聞いておきたい。何体欲しい?」

「……では、二体でお願い致します」

「分かった。ではA5二体を連れ、ただちに真瀬の討伐に向かってくれ。もし彼が魔王じゃなければ、それを証明する情報を入手し彼ごと僕の前に連れて来てくれ。そのあとのことは僕が処理する。情報によれば、彼はいま千波湖にいるそうだ」

「……また千波湖ですか。彼はなにか思い入れでもあるのでしょうか」

「さぁ。彼のことはまだ未知数だらけだからな。君は余計な感情移入をせずに、ただ討伐することを考えてくれればいい」

「……あの、リフレクト様っ」

「ミラ。僕は今回のこの件に関しては、あえて誰にも他言していない。その理由は分かるかい?」

「えっ? ……もしかして、私をエンペラーシックスに招き入れてくださる件が関係している、とかでしょうか?」

「そうだ。この件は唯一ミラだけにしか明かしていない。いわゆる『極秘任務』。もしこの任務を達成できれば、君を晴れてエンペラーシックスのひとりとして組織に所属させることを約束しよう」

「ほ、本当でございますかッ⁉︎」

「ああ。この通り、すでに書面も用意している」

 リフレクトが机の上に置いてあったA4サイズの紙が入ったファイルをミラに公開する。書面には確かにリフレクトの直筆のサインで、ミラをエンペラーシックスに招き入れる誓約書が記されていた。

「この極秘任務は危険が伴う。なんせ相手の実力は未知数でありながらも、魔王かもしれないからね。––––––だがその分、功績も大きい」

 魔王を倒した実績が認められれば、その功績はエンペラーシックスの器として相応しいことを意味する。

「ミラ、この極秘任務は君のエンペラーシックスへの昇格が掛かっている。それを肝に銘じるように」

「ハッ‼︎ このミラ・ジェーリー、必ず期待に応えてみせます‼︎」

「うむ。君には大いに期待しているよ、ミラ」

 ビシッと片膝を突き忠誠の意を示すミラ。リフレクトはそれを不敵な笑みで見下ろしていた。




     ★




 午前11時。雲ひとつない綺麗な青空の下で、湖全体を眺めながらベンチに居座る少年がひとりいた。

(思わずフリルと別れちゃったけど、あいさつぐらいはするべきだったかな)

 フリルは悪魔を殲滅させる防衛隊の一員になる。そんな人が悪魔と一緒に連んでいたなんてバレたら周りから信頼を失う。あのときはそれを見越してのお別れだった。

(いや、済んでしまったことはしょうがない。俺には俺のやるべきことを考えよう)

 湖で優雅に泳いでいる白鳥をぼんやりと見つめる。白鳥の羽はまるで、ゆで卵の白身のように綺麗な色をしている。

(……セラフィー)

 そんな色に導かれるようにセラフィーの姿が浮かび上がる。細くてさらさらとしていた白髪、ぷるぷるで透明感あふれる白い肌。見た目だけではない。天使と悪魔の平和を願っていた彼女の心も、汚れひとつない純粋で純白なものだった。

 だからだろう。綺麗な白色を見ると、つい彼女の顔を思い浮かべてしまう。

(……あのとき、悪魔じゃなくて天使に助けられたら運命は変わっていたのかな)

 ここ千波湖は、俺の運命を大きく左右させた聖地。

 後悔も、憎しみも、悲しみも……そして家族も、全てここに置いてきた。


 俺はここで、人間をやめたんだ。


「‼︎」

 突如、背後から漂う殺気を感じた俺は咄嗟に振り向き、身構える。しかし、そこには誰もおらず、すでに殺気も消えていた。

(気のせいか? いや、確かに殺気を感じた気がするが……)

 どこかで怪しい動きがないか周りを確かめてみる。そこには数人の一般人が千波湖の周りをジョギングしているだけで怪しい動きをする人は見当たらない。

 だがたったひとり、思わず二度見してしまった人物がいた。

 紺色の制服……。それは一昨日、俺が千波湖で悪魔を倒したとき現場に向かってきた防衛隊の服装と同じだった。

 人物の特徴に目を向ける。

 20代前半だろうか。毛先にウェーブが掛かった金髪に、綺麗な大人な女性。まるでモデルみたいだ。

(なんでここに防衛隊が……⁉︎)

 さらに警戒心を高め、彼女の動きを観察。

 すると思わず目が合ってしまい、一瞬ためらいながらも女性はやや駆け足でこちらに向かって来た。

「あのっ、すいません! ここの近くで人が悪魔に襲われている通報が入ったのですが、なにか知りませんか⁉︎」

 慌てた様子から、なにか緊急で訪れたことが想像つく。

 そんな物騒な事件がこの近くで起こっていること自体初耳だった俺は、素直に知らないことを告げる。

「すみません。俺はなにも––––––」

 返事をしている最中、彼女はポケットから無駄のない素早い動きで小型ナイフを取り出し、心臓部分を狙ってくる。

「ぐぅッ!」

 わずかな反応でなんとかその手を振り払おうと思ったが、少し手遅れだったようだ。ナイフは俺の脇腹に、深く突き刺さってしまっている……。血も、じんわりと服に滲みはじめた。

「一撃で仕留めるはずが……まさか反応できるとは思いませんでした」

「くっ……! き、きみは……⁉︎」

「申し遅れました。私は防衛隊所属、名前をミラ・ジェーリーと申します」

(やはり防衛隊か……!)

「あなたが真瀬、ですよね? いきなりで申し訳ございませんが、あなたにはここで死んでもらいます」

「ぐぅッ……!」

 ミラの手に力が込もり、ナイフがより深く内臓へと入り込もうとする。傷が深く出血量が多いためか、手に力が入りにくい。このままでは時間の問題だろう。俺はかろうじて力が入る足を使って、ナイフを持っている右手側の脇腹に蹴りをかます。

「!」

 ナイフは俺の脇腹を刺しているままなので、ミラはガードがしづらい体勢になっている。そこを突かれたミラは反射的にガードをしようとし、ナイフごと抜き去ってギリギリで蹴りをかわした。その隙に俺は人混みのないトンネル付近へと移動し、ミラと一定の距離を保つ。

「……あの状況であれほどの蹴りを再現できるなんて。体術も中々のものですね。あなたやはり、『魔王』なのですか?」

 ミラがこちらに向かって歩きながら問う。

「……なぜ、それを?」

「それはお答えできません。こちらにも事情がありますので」

 ミラの全身から、紫色の電気がビリビリと音を鳴らしながらあふれ出す。

「紫電……。電気使いか」

「正確には『雷』ですけどね」

 ミラが手のひらをこちらに向けたかと思えば、そこには雷を凝縮させたような球体が。

「あなたはさっき、上手く手に力が入らなかったかと思います」

「!」

 こちらの内情を見透かしているようにミラは続ける。

「あれはナイフに少量の電気を帯びさせたことによって、筋肉を麻痺させていたからです。……まぁ、出血量も関係しているとは思いますが」

(そうか。それで変に力が入らなかったわけか……っ!)

 傷口を抑える。さっきからズキンズキンと響き、顔が歪むほどに激痛が走っている。わずかだが、痺れも感じる。その痺れはミラの雷が影響しているのか、出血量によるものか判断することはできない。

「本来なら麻痺は数分続くはずですが、あなたのいまの状況だと、どっちによるものか分からないですね」

 余裕そうに薄く笑みを浮かべるミラ。確かにこの状況、先手を打つことに成功したミラが圧倒的に有利だ。

「話は以上です。人々の平和のために––––––死んでください」



「ミラさん‼︎」



「⁉︎」

 ミラの背後から聞こえてきた叫び声。その若い女性の声には聞き覚えがあった。ミラは咄嗟に振り向く。

 そこには、杖を手に持ったフリルが。

「フ……フリルさん⁉︎ なぜここに……っ⁉︎」

「リフレクト様からミラさんの戦いを見て学ぶようにと、急遽任務を言い渡されたので」

「リフレクト様が……!?」

 それでフリルはこの場にいるのだと理解したミラ。しかし、同時に疑問も浮かびあがる。

(なぜ⁉︎ なぜ『いま』……⁉︎ フリルさんにとって真瀬は恩人。いくらフリルさんを特別扱いしているとはいえ、いまこの場には来させてはいけない人物であることは承知のはず!)

 これからの戦いにC1の魔術師が参加するなど危険極まりない。戦力にならないうえに庇いながら戦わないといけないし、人質に取られたりしたら終わりだ。

 さらにフリルにとって真瀬は恩人。そんな恩人が目の前で殺される姿など、誰だって見たくない。こちらとしても見せたくはない。ましてや、お花見を共に過ごしたフリルの大事な相手ならなおさらに。

(フリルさんがこの場にいるのは色々と都合が悪過ぎる! なんとかして撤退させないと!)

「あれ? そこにいるのって……真瀬⁉︎」

「フリル……」

「え、もしかしてミラさんが戦っているのって、真瀬なの⁉︎」

「フリルさん、これは……」

 ミラは困惑しつつもフリルと向き合いながら対処方法を考える。その隙をついた真瀬は逃げるようにこの場から去って行った。

「あ、真瀬⁉︎」

「くっ、逃げるおつもりですか!」

「ミラさん、これは一体どういうことですか⁉︎ どうしてミラさんが真瀬と!」

 フリルが事の成り行きを求めようとするが、ミラは沈黙したまま答えない。フリルの言動からして極秘任務の内容については明かしていないことが分かる。しかし、極秘任務であるというのに、他言していることと大差ない状況に納得がいかない。新人で無知だから教えたという線もあるが、それでもこの場に来させてはいけない人物であるのは確かだ。

 だがいくら考えようとリフレクトの意図を読み取ることはできない。

 こうしているうちにも真瀬は遠くへと逃げている。いまは真瀬を追うことが先決だろう。

「フリルさん」

 ミラが一瞬にしてフリルの背後を取る。

「ごめんなさい」

「え」

 フリルの首裏部分に手刀を当てる。呆気なくくらってしまったフリルは全身の力がフッと抜けたように気を失う。そんなフリルを優しく抱え込むミラ。

「世の中にはね、知らないほうが幸せっていうこともあるのよ」

 ミラは近くの木陰にフリルを寝かせたあと、すぐに真瀬の後を追った。




     ★




「……追いつきましたよ」

 千波湖から数十メートル離れた草原。そこで真瀬はミラに追いつかれてしまう。

「ッ……」

「やはり傷が響くようですね。逃げるスピードも大分遅い」

「そうだな。元々逃げ切れるなんて思っちゃいない」

「では、どうして逃げたのです?」

「フリルを巻き込みたくなかっただけだ。それに、君もフリルがあの場に現れたことを嫌がっていただろ?」

「……私がフリルさんを対処し、ひとりでここに来ることを予想した、と?」

「ああ。互いに利害が一致しているからな」

「……なるほど。でもそんなのは結局予想でしかありません。私がフリルさんと共同で戦う可能性もあったのでは?」

「いや、それはない」

「!」

「その答えは自分自身が一番分かっているはずだ」

「……フフッ。この際、あなたの言っていることが的を射ているのかどうかは置いておきましょう。ただ一つ確かなのは、フリルさんがいないほうが互いに好都合ということですね」

「……ミラ、改めて聞かせてくれ。どうして俺の死が人々の平和に繋がるんだ?」

「あなたは知る必要ありません。【雷輪エレキテルリング】」

 ミラが魔力を込めた両手を合わせ輪の形を作ると、リング状の雷が俺とミラを大きく包囲する。その構図はまるで、巨大なボクシングのリングみたいだ。

「これでもう、あなたは逃げられませんよ」

 近くを飛んでいた小鳥が【雷輪エレキテルリング】範囲内の遥か上空を通過しようとする。すると、まるで落雷が直撃したかのように全身に電撃を浴び始める。小鳥は瞬くもなく全身黒焦げになり、息絶えて落下していった。

「……上空もだめのようだな」

「ご名答。このリングに包囲されたらどんなに高く飛んでも場外へ進むことは許されません」

(さっきの小鳥からして、このリングから抜け出そうとすれば自動的に電撃をくらう羽目になるというわけか)

 それだと術者であるミラにも適用されてしまうのではと思ったが、ミラの余裕な雰囲気からしてそれはないのだろう。仮に電撃をくらうことがあっても、雷使いなら雷への耐性も多少はついているはずだからな。

「まさに、かごの中に閉じ込められた鳥だな」

「ええ、その通りです。もはやあなたに逃げ場はない」

「……もう、否応なしに戦わないといけないようだな」

「別に戦いたくなければそれで結構ですよ? できるなら私も戦わないで済むのならそれに越したことはありませんから」

「悪いがそれは無理な相談だ。こっちには託された想いがあるんだ」

「ならその想いは、あなたの命と共に消えることになる」

「…………」

「…………」

 風がふたりの髪を揺らす。

 俺は軸足に力を入れ、ミラに向かって疾走。傷口がズキンと響く。だがそんな痛みには慣れてきた。

(速い……!)

 予想以上の速さに一瞬反応が遅れ、背後を取られてしまったミラ。このまま俺は拳を振りかざす。ガードは間に合わない。確実に直撃だ。

「【対流電たいりゅうでん】」

「ッッッ!!」

 ミラの全身が発光したかのように電流が帯びる。それに触れてしまった俺の拳からはバチッと電気が走り、反射的に拳を引いてしまう。やけにジンジンとヒリヒリする拳……。その痛みに目を向けてみれば、皮が黒く焦げ落ち、皮膚がボロボロになっていた。その熱の影響で肉までもが焼かれているみたいな感覚が。

「申し訳ございません。想像以上の速さに思わず高圧の電流を流してしまいました……」

(あの技はさっきの……!)

 全身から紫電が溢れ出ているその光景を見て思い返す。

(なるほど。触れた物を感電させる攻守万能型の魔術か。となると、体術は無理そうだな。魔術も近距離型より中・遠距離型で戦うしかない!)

 相手から触れても感電。こちらから触れても感電。非常に厄介な魔術を使う。

「どうやら私との戦いかたを分析したようですね」

「ああ。正直に言って、このままでは俺に勝ち目はないようだ」

「なら、潔く降参しますか?」

「いや、ここからは俺も本気を出させてもらう」

 真瀬は体を立ち上がらせ、両眼をゆっくりと閉じる。––––––そして、両目を開眼。左目には、淡くて白い光のようなものがメラメラと炎のように纏っていた。

(眼に白い炎……? 明らかに普通の眼とは違いますね……)

 見たことのない異質な能力に警戒心を高める。

(ひとまず、【電球プラズマボール】で様子見ね)

 ミラが真瀬に向かって手のひらを向け【電球プラズマボール】を放つ。––––––すると、真瀬も同じようにミラに向かって手のひらを向ける。

「【電球プラズマボール】」

「なっ⁉︎」

 互いの放った【電球プラズマボール】がバチバチとぶつかり合い、広範囲の爆発と煙を発生させながらも互いの【電球プラズマボール】は消滅し合う。

(いま、私と同じ魔術を……っ!? いや、そんなことはありえない!)

 この世に同じ人間がふたりといないように、全く同じ魔術を使う人は存在しないのがこの世の定理。

 数分にも渡る濃い煙が徐々に晴れていく。

 ミラはその間にも、真瀬の放った魔術について深く考え込んでいた。

 結論、なにかの間違いだと思い、その後も自身の魔術を新たに繰り出して攻撃に出る。だが、どれもこれも自分と全く同じ魔術を真瀬は繰り出して応戦してくる。

 ありえないと思っていたことが、事実だと理解させられる摩訶不思議な光景。


 そしてなにより一番驚いたのが––––––


(私よりも威力が高い……‼︎)

 魔術一つとっても、自分よりも常に上をいく威力。こちらがAの魔術で攻撃をすればAの攻撃を。Bの攻撃をすればBの攻撃でねじ伏せられる。

 それはまるで、自分と同じ系統の魔術を扱う師匠と戦っているかのよう。

 自分と同じ魔術を扱えることに驚きでもあるが、なによりも自分の得意技でさえも劣っているという受け入れ難い事実が目の前で起こっている。

「あなたのその左目……相手の能力をコピーできるといったところですね?」

 これまで味わったことのない理解し難い能力に、聞かずにはいられない。

 真瀬は左目に指を添えながら答える。

「【居場所を失った魔力ロストマジック】。これは俺を中心に6㎞範囲内にいる魔術師の技を全て無条件で使用できる能力だ」

「ろ、6㎞ですって……ッ⁉︎」

 もしそれが本当だとして、仮に6㎞内にエンペラーシックスが全員いたら、その全員分の能力を扱えるということになる。

 そんな世にも恐ろしい能力が存在することに、ミラは恐怖で身震いしてしまう。

「……ふ、ふふ。さすがは魔王、ですね……。実力の差を、見せつけられた気分です」

 真瀬はまだ余力を残している。そのことに察することができないミラではない。

 圧倒的な実力の差に心が折られそうになるミラ。だが、まだ完全には折れていない。

「でもまだ、勝機はある!」

「!」

「あなたは【雷輪エレキテルリング】によってここから抜け出すことはできない!」

「……」

「そしていま、あなたに勝つための布石はすでに打ってある!」

 ミラが空を見上げるため、それに釣られるように俺も上を見上げる。そこにはこの世の終わりみたいにドス黒い色をした積乱雲が広がっていた。

「【雷雲らいうん】。これは『ある魔術』を発動させるために創り出した積乱雲」

(……戦いの最中にすでに発動していたのか!)

 ミラが【雷雲らいうん】に向かって片手をあげる。すると雲全体にピカピカとイナズマが走り出し、ゴロゴロと轟音が鳴り響く。あまりの音のでかさに、内臓が揺さぶられるような感覚が。

「【雷雲らいうん】は発動してから時間が経過するほど雲は大きくなっていき、それに比例して後に繰り出される魔術の威力も上がっていく」

 ミラの創り出した積乱雲は自然のものとは思えないほどに凄まじい速さで広がっていく。それは世界が闇に包まれていくかのよう。

「次の一手で、あなたを確実に仕留めます」

 ミラの片手に高圧の電撃がバチバチと宿る。電撃は積乱雲と繋がるように伸びていき––––––そして、空全体が神の威嚇のようにカッと眩しく光だす。



「【落雷サンダーボルト】‼︎」



 天空から神が放ったかのような巨大な落雷が【雷輪エレキテルリング】の範囲全体に落下。

 ミラは落下時の衝撃被害を免れるため瞬時に【雷輪エレキテルリング】から抜け出そうとする。––––––が。

「ッッ⁉︎」

 なぜか【雷輪エレキテルリング】のオート電撃をくらってしまう。術者にはオート電撃が発動されないはずなのに……。

 思いもよらぬ不意打ちをくらってしまったミラは雷に耐性があるとはいえ、大きなダメージ負ってしまい倒れ込む。

(くっ、まずいッ! このままでは【落雷サンダーボルト】が––––––ッ!!」



「【吸収インヘル】」



 真瀬が【落雷サンダーボルト】に向かって手のひらを向け、魔術を発動。手のひらからは淡い光が出現し、雷全体を大きく包み込む。【落雷サンダーボルト】は瞬くもなく吸収され、消滅した。

(あ、あれは……フリルさんの!?)

落雷サンダーボルト】の発動を終えると、先ほどまでドス黒く包まれていた空は徐々に晴れていき、もとのあるべき世界を取り戻していく。あれほどの膨大の魔力……どうやら一撃が限界のようだ。

 俺はうつ伏せで倒れているミラのもとへ歩いて向かう。

「俺の勝ちだ。ミラ」

「くっ……! あなた、【雷輪エレキテルリング】になにかしましたね⁉︎ 術者がオート電撃をくらうなんてことは絶対にありえないのに!」

「術者はくらわない、か。それならくらって当然だ」

「!?」

「あの【雷輪エレキテルリング】は俺が発動したものだ」

「…………は?」

「この左目の能力で【雷輪エレキテルリング】を発動し、上書きさせてもらった」

「う、上書きですって……⁉︎ ばかなっ! そんなことが……一体いつ⁉︎」

「最初に【電球プラズマボール】がぶつかり合ったときだ」

「!」

 濃い煙が発生し視界が見えなくなった隙に、真瀬は【雷輪エレキテルリング】を発動していた。

「……あのときですか!」

 ミラはあのとき、真瀬が自分と同じ魔術を使用してきたことの驚きにより、意識が分析のほうへとシフトしてしまい術の発動を見逃していた。

 戦いにおいて敵の能力を分析することは大事だが、相手に隙を与えてしまったのはミラの致命的ミス。

「まさか魔術を上書きできるなんて、考えすらもしなかったです……」

「あの時点で【雷輪エレキテルリング】で俺を閉じ込めていたつもりが、逆に閉じ込められていたってわけだ」

「くっ……!」

 そこまで能力を駆使しておきながらも、すぐにとどめを刺そうとしなかったあたり、ミラは最初からもてあそばれていたのだと思い知らされる。真瀬はまだ全力じゃない。まだ力を残している。その奥の手を残しているかのような余裕さが、ミラの屈辱さをより強くする。

 あまりの悔しさに生えている芝生を鷲掴みにし、ギシギシと歯を食いしばる。

 まだ戦えると自分を信じ込み、重く感じる体を無理やり起こそうとする。それでもダメージによるものか、上手く力が入らない。

 やはり、不意打ちでくらってしまった【雷輪エレキテルリング】のオート電撃が効いているようだ。

「……体術と魔術、それ自体にそこまで差はなかった。勝敗を分けたとすれば、それは『魔力量』だろうな」

 ミラはこれまで多くの技を披露してきた。【電球プラズマボール】、【雷輪エレキテルリング】、【対流電たいりゅうでん】、【雷雲らいうん】、【落雷サンダーボルト】、それに加え威力を増幅できる高圧ボルト。どれもこれも油断できない強力な魔術。上級者相手でも勝ち目はないだろうと思わせられるほどに魔術の威力は申し分なかった。

 だが強力な反面、魔力の消費量も必然的に多くなる。そんな魔術を連発で使用していたらすぐにバテるのも当然だ。強力な魔術を使用するならば、戦いは短期戦に持ち込まなければならない。

 そう考えると勝敗を分けたのは魔力量だけではなく、『戦いかた』も含まれていると思った。そこで俺は戦っている最中に感じた違和感を、質問する形でぶつけた。

「ミラ、一つ聞きたい。君は俺を殺そうとしていたはずなのに、一体なにを迷っていた?」

「!」

「君の攻撃にはいくつも躊躇があった。自分では気づかないほどの極わずかのものだが。だがそれは俺を殺そうとしている動きではない」

「っ……」

「君は多分、俺を殺そうとしたい反面、殺したくないという矛盾を抱えていたんじゃないのか?」

「それは……!」

「俺は魔界からやってきたばかりだから、いまこの世界でなにが起こっているのか正直よく分からない。もしこの勝負、ミラが負けを認めてくれるのなら話してくれないか? なぜ俺を狙うのか」

「…………私はまだ、負けていないッ」

 ミラが地面に手をつきプルプルと震えながら起きあがろうとする。だが2本の足で立つまでには到達できず、四つん這い状態で動きは止まってしまう。それだけ体にも限界が来ていることが見て分かった。

「私にはまだ、『切り札』がある……」

 痩せ我慢でも強がりでもない。ミラは右手親指を自身の心臓部分に当てようとする––––––が、俺はそれを掴んで止める。

「もうよせ。そんな状態で戦っても命に関わるだけだぞ」

「なぜです⁉︎ なぜ悪魔が私の命の心配などするのですか⁉︎」

「俺は元々、君を殺すつもりなんてない」

「嘘です‼︎ あなた達悪魔は転生者を殺してこの日本を侵略するおつもりなのでしょう⁉︎」

「殺す……? ちょっと待て! 転生者を殺すってなんだ⁉︎」

「魔王でありながらしらばっくれるおつもりですか! 全部天界側から話は聞いておりますよ⁉︎」

「天界⁉︎ どういうことだ⁉︎」

 互いに話が噛み合わないことだらけで場が混乱してしまう。

 このまま話をしても平行線な気がした俺は、一度互いに話し合える機会が必要だと結論付けた。

 ミラをお姫様抱っこして持ち上げる。

「ちょ、なにを⁉︎」

「ひとまず、ここから離れた場所でゆっくり話そう。派手な戦いかたをしたせいで援軍が向かってくる恐れもある」

「ちょ、お、おろしてください! こんなのっ……色々とおかしいです!」

 顔を真っ赤に染めながらジタバタと暴れ始めるミラ。確かに、敵である俺にお姫様抱っこされる絵面はおかしいか。ミラへの配慮が足りなかった俺は反省し、お姫様抱っこからおんぶへと切り替えた。

「これなら大丈夫か?」

「え、は、はい……?」

 ジト目になり、なんか視点がズレている気がすると思ったミラだったがもはやなにも言わない。

 どのみち真瀬に勝ち目はない。本来なら殺されている身だ。いまはこのまま体を預けることにした。

 彼が本当に魔王で、殺さないといけない存在なのかを確かめるために。

「それじゃあ、フリルも連れて移動するからしっかり掴まってくれよ」

 振り落とされないよう念のため注意をうながしておく。ミラは返事の代わりなのか、俺の両肩をぎゅっと握った。

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