第八話 極秘任務①

 実技試験が終わり合格者達への施設案内を済ませたあと、ミラは『ある人』に、防衛塔内にある会議室部屋に呼ばれていた。

「失礼致します」

「やぁ。施設案内ご苦労だったね」

「いえ、とんでもございません。ところで、お呼びしたご要件はなんでしょう? リフレクト様」

「うむ。早速で悪いが、まずはこれを見てほしい」

 リフレクトがリモコンを操作してプロジェクターに映像を映す。そこには防衛塔の玄関前に立つフリルと真瀬の姿が。その映像は防犯カメラに映っていたもの。

「今日の実技試験で遅刻者が1名いたのは知っているね?」

「はい。それが映像に映っている彼女ですよね? 名前は確か、綾瀬フリルだったかと」

「そうだ。だが注目して欲しいのはそこじゃない。彼女の隣にいる男性だ」

 ミラはわずかに眉をひそめる。その男性はフリルの家に訪れた際、布団で寝ていた人と同一人物だったから。

「……その男性がどうかしましたか?」

「驚かないで聞いて欲しい。彼はおそらく––––––『魔王』だ」

「ッ⁉︎ そ、それは確かなのですか⁉︎」

「いや、100%そうとは言い切れない。だが可能性は十分にある」

「……恐れながらリフレクト様、一体どのような根拠でそのようなことを?」

「ミラ、君には以前話したことがあったよね? 僕達エンペラーシックスは、一度魔王に殺されていると」

「はい。リフレクト様ほどの実力をお持ちのかたが戦いに敗れるなど、未だに信じられませんが……」

「事実さ。純粋に負けたんだよ。僕達は勇者一行として魔王を倒せなかった……。しかもたったひとり相手にね。あの屈辱はいまでも覚えている。あの膨大な魔力……間違いなく魔王のものだ」

 自分の手のひらを見つめながら悔しそうに目を細めるリフレクト。魔力量を感知しただけで魔王の可能性があると気付けるのは、身に染みる実体験によるものと、熟練者にしか会得ができない優れた感知能力によるもの。感知能力は場数を多く踏まないと習得するのが難しく、大抵の魔術師では相手の魔力を探知することができない。真瀬の魔力量を探知できたのは、リフレクトだからこそできたこと。ミラもリフレクトほどではないが、感知能力を習得しているもののひとり。

「たださっきも言ったように、100%そうとは言い切れないのには理由がある。それは僕が知っている以前の魔王とは魔力の質が違う点だ」

「魔力の質が違う、ですか」

「ああ。以前の魔王はもっと禍々しく、荒々しい感じだった。だが彼からは、それを感じられない」

 リフレクトは防犯カメラに映っている真瀬をじっと見つめながら言う。それに続いてミラも真瀬を見つめるが、確かに魔王の器としての面影があるかと聞かれれば、そのような感じには見えない。その雰囲気は映像からも伝わってくる。

「そうですね。ただの優しそうな少年のように感じます」

「そうだろ? 僕もそう感じている」

「魔王という確証を得られないのなら、一体どのようなご要件を?」

「君には、綾瀬フリルから彼についての情報をできるだけ入手してきて欲しい。彼女ならなにか知っているかもしれないからね」

 リフレクトは千波湖で悪魔に襲われたというフリルの発言も追加で情報を渡す。

「まさかフリルさんが……。かしこまりました」

「その情報をもとに彼が魔王であることの確信に繋がればいいが。もしダメだった場合は次の手を打つ」

「一体どんな手を?」

「実際に戦って確かめるんだ」

「!」

「そのときは手始めに、『A5(エーファイブ)』をぶつける」

「……A5ですか」

「ああ。A5は魔術師として最高ランクの実力者。これを彼が難なく打破できるようであれば、彼が魔王である可能性はほぼ確定ということになる」

「A5を倒すのはそう簡単ではありませんからね。複数相手ならなおさらに」

「その通り。僕でさえもA5が複数相手なら油断はできない。だからこそ、これは確かめる価値があるというわけだ」

 A5ランクの魔術師であるミラも、そのことについてはよく理解している。

「君には彼の戦いの様子を見てもらい、そのうえでどう判断するのかを決めてくれ。もし倒せそうならそのまま戦闘に持ち込んでもいいし、無理だと思ったらすぐに撤退してもらってもかまわない」

「かしこまりました」

「くれぐれも内密にな」

「はっ!」




     ★




 フリーズ達との演習から5日間が経過した6日目。フリル、エルルゥ、フリーズ、アクアの4人は東京千代田区にある日比谷公園に集まっていた。

「よかったぁ! まだ桜が咲いていて」

 それはお花見をするため。フリル達はもうすぐ与えられた休暇が終わってしまうということで、季節のイベントを楽しもうと、フリルがみんなを誘ったのだ。

 緑に囲まれながらも外は眠たくなるような陽気でぽかぽかしており、見上げれば雲一つない綺麗な青空が広がっている。

 心休まる自然の豊かさと恵まれた天気でみんなの気分も晴れやかだ。

「場所はここでいいかな? 桜も見渡せるし」

「うん。いいと思う」

「じゃあ、シート広げるわよ」

 絶景の位置を確保したところでフリルがリュックからブルーシートを取り出し、それをみんなで広げ、各角っこに自分の荷物を置いて重し代わりにする。

 フリルはリュックのなかから風呂敷に包まれた重箱の弁当箱を取り出す。

「うわ、でっけぇな! 四段もあるじゃねぇか!」

「えへへっ。ちょうど4人いるから大丈夫かな〜って」

 フリルは風呂敷を解き、四段重ねの弁当箱をそれぞれ分けていく。

「「「おぉ〜〜〜〜‼︎」」」

 ついに公開された弁当箱の中身。粗めに潰した茹で卵とマヨネーズを和え、ピリッとアクセントを効かした具のサンドイッチ。程よい焼き目がつき、ほんのりと甘い香りのする綺麗な卵焼き。他にもカリッとジューシーな唐揚げやパリッと食感のよい海苔が巻かれた手巻きおにぎりに、箸休めにぴったりな出汁の効いた薄味のきんぴらごぼうといった、オードソックスなものが綺麗に詰められていた。驚きなのはどれもこれもクオリテイが高く仕上がっているということ。

「すげぇな! これ全部ひとりで作ったのか⁉︎」

「うん、一応」

「フリルちゃんは料理が上手なんだね。どれも美味しそう〜! 将来は絶対にいいお嫁さんになるよ!」

「そんな〜いいお嫁さんだなんて〜〜。なにも出ないわよ?」

「これ、作るのに大分時間が掛かったんじゃない?」

「う〜んとね……大体2時間ぐらいかな。早起きして作ったからそんなに時間は気にしてなかったけど」

「いやでもすげぇよ! こんだけうまそうに作れるなんて。アタシは料理まるっきしだからさ。こんな芸術みたいな料理は作れねぇな。不器用だし」

「フリーズだって練習すればできるよ。私もどちらかと言えば不器用なほうだし。それに、今回の弁当はみんなが食費を出し合ってくれたから作れたものだからさ。これはみんなで作ったようなものだよ」

 言い出しっぺとはいえ、4人分の食費となると金銭面の問題がどうしても生じてしまう。そこでその悩みを打ち明けたところ、『食費はみんなで出し合おう』という結論に至った。フリルは申し訳なさの気持ちのあまり、その対価として自分がみんなの分の弁当を作るという案を自ら出したのだ。

「みんな、本当にありがとね。さ、どんどん召し上がって!」

「あらあら。随分と楽しそうね」

「「「‼︎」」」

 フリル達の輪に横から声をかけてきたのは、ミラだ。

 試験のときの服装とは違い、ロングスカートにカーディガン、そして肩がけのバッグを身に付けたカジュアルな格好をしている。

「あ、ミラ先生! こんにちは」

「こんにちは。もしかして、みんなでお花見?」

「はい。もうすぐ休暇が終わってしまうので、せっかくだからみんなで楽しもうと思いまして」

「いいじゃない! 同期の人と親睦を深めることは大事なことよ」

 フリル達の楽しそうな姿を見て、ニコニコと微笑ましい表情をしている。

「ミラ先生も今日はどこかお出かけですか?」

「ううん。特にどこか出かける予定はないわよ? ただせっかくの休日で天気もいいから、お散歩をしていたところなの」

「そうだったんですね。––––––あ、でしたらミラ先生も一緒にお花見どうですか?」

「えっ? 私も? いいのですか?」

「いいんじゃねぇか? 防衛隊の話も聞きてぇし」

「うん。アクアもさんせ〜い! お花見は人が多いほうが楽しいもんね!」

「うん。わたしもいいと思う」

「はい! というわけでミラ先生も参加ということで、こちらへどうぞどうぞ!」

 ミラをシートのなかへ招き入れようとするが、ミラは少しだけ戸惑っていた。

「えっとぉ、私同期じゃないし、みんなの邪魔をしちゃ悪いなぁって……」

「そんなの関係ないですよ。同じ防衛隊ならみんな仲間です。ささっ、一緒に食べましょう! これから乾杯するところだったんです」

「えっ、わっ!」

 やや強引にミラの手を引っ張り、靴を脱がせシート内へと招き入れる。

 半強制的に参加させられたミラはちょこんと正座しながらも、お花見に参加させてもらえることにお礼を告げた。

 どこか満足気な様子からも、嫌々参加している感じではなさそうだ。

 それをさりげなく確認したフリルはホッとし、全員に紙コップを配り出した。

「よし、じゃあみんなで乾杯しよう!」

「あれ? フリルちゃん、飲み物はどこにあるかな?」

「…………あーっ‼︎ そうだ! 肝心の飲み物を忘れてきちゃったー‼︎」

 弁当作りに意識を持っていかれ、飲み物の用意をしていなかったことに気づく。

「あ、じゃあ私近くのコンビニで買ってくるよ!」

「いや、飲み物なら多分大丈夫だと思うぜ? アクア」

「うん」

 フリーズが杖を使って一口サイズのブロック状の氷を創り出し、紙コップに落としていく。その後、アクアは杖から透明感溢れる清らかな水を創り出して紙コップに注いでいった。

「すごぉい! 氷水ができちゃった!」

「おいおい、そんな驚くことじゃねぇだろ。ただ氷と水を合わせただけだぞ?」

「ううん! まさかふたりの魔術で氷水を作るなんて思わなかったからさ。これなら氷水飲み放題だね!」

「飲み放題って……。まぁ氷水でよければいくらでも作れるから言ってくれ」

「うん! ありがとう!」

 フリーズとアクアが全員分の紙コップに氷水を注いでいく。なんとか全員分の飲み物が用意されたところで、フリルが声をあげた。

「よーし! じゃあみんな、乾杯の準備だぁ!」

 フリルが氷水の入った紙コップを掲げる。それに続くように他のよにんも掲げた。

「それじゃあ、みんなとこうして出会えたことに––––––乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 乾杯の合図をすると、暖かいそよ風に吹かれた桜が優しく優雅に散っていく。そのタイミングはまるで、自然までもがお花見に参加しているかのよう。

 散った桜の花びらは、なんの変哲もない一色のブルーシートに彩りを与えていった。




 ––––––。

 ––––––。

 ––––––。




「えぇぇぇ⁉︎ ミラ先生、私達の勝負を見ていたんですか⁉︎」

「ええ。あなた達が受付の部屋に入っていくところをたまたま見かけてね。先輩として新人の実力を把握しておこうと、モニターで観戦させてもらっちゃった♡」

 てへっ、と頭に拳を当てお茶目なポーズを見せるミラ。

「……どうしよう。なんかすごい恥ずかしくなってきた……」

 自分のかっこ悪い戦いを誰かに見られていたと思うと羞恥心を覚える。フリルの顔はみるみるうちに真っ赤に染まっていく。

「なんだよフリル。そんなに恥ずかしがることじゃねぇだろ」

「だってぇ〜! あのとき私、フリーズにボコボコにやられた記憶しかないんだもん!」

「そんなことはねぇって。フリルにもすげぇところあったろ? 【吸収インヘル】とか」

「う〜ん、でもなぁ……。私がイメージしているのは、フリーズみたいにキレのある圧倒的な体術とかそういうのなんだけど……」

「いいえ。おふたりとも、どちらも素晴らしい戦いでしたよ。もちろん、アクアさんとエルルゥさんもです」

 ミラのお褒めの言葉によにんは照れたようにそわそわし始める。防衛隊の大先輩に褒められるというのは、やはり嬉しく感じてしまうものだ。

「みなさんは、優秀な魔術師とは一体なんだと思いますか?」

「そんなもん、体術と魔術が優れているやつのことだろ?」

「それも間違いではございませんね」

「え、違うんですか? 魔法教育機関ではそう教わったのですけど」

 アクアとエルルゥもうなずく。

「違う、とまでは言いません。ですが人には、それぞれ得意不得意があるものです」

 ミラは続ける。

「確かに体術と魔術、両方優れている魔術師は大勢いますし、そういう人達は防衛隊からの評価も当然高いです」

 魔術師の実力は体術と魔術の総合で決まる。悪魔を殲滅させる防衛隊からすれば、両方が優れているものを高く評価するのは至極当然のこと。

「これは後に説明しようと思いましたが、そういう優秀な人達は防衛隊のなかで『A5(エーファイブ)』という最もランクの高い位置付けになっています」

「えーふぁいぶ?」

「はい。ランクはその人の現時点での総合評価を表すものです。防衛隊のものであれば全員必ずランク付けされます」

「……具体的にどう評価しているんだ?」

「評価は主に体の動きや反応、そのキレを見る『体術』、そして魔力の練りかたから出力、威力やコントロール、応用力までを見る『魔術』。この二つからその人の総合評価が決まる仕様になっています」

 体術はA〜Cの3段階、魔術は5〜1の5段階に分けて評価している。体術はA、魔術は5に近づくほど評価は高まる。つまりA5は最高ランクを意味する。

「へー。じゃあつまりアタシ達も、ゆくゆくはA5を目指さないといけないってことだな」

 防衛隊のものであれば最高ランクであるA5を目指すことは当たり前。なぜなら多くの人々を守るためには、まず自分自身が強くなることは必須だからだ。

「……そうですね」

 だがミラは、あまり肯定的な様子ではない。少しだけ影を落としたその暗い表情は、一体なにを思っているのか。

「先生、どうかしましたか?」

「……え? あ、あぁっ! ごめんなさい……! ちょっと考え事をしてしまって!」

「そうですか? なにかあれば言ってくださいね。相談に乗りますから」

「ありがとうございます。そのときは相談させていただきますね。……そうだ! みなさん、現時点での自分のランクを知りたいと思いませんか?」

「え、いま分かるんですか⁉︎」

「本当は任務が始まってから説明することなのだけど、今日はお花見に誘ってくれたことですし、特別に教えちゃおうかなって」

 ミラが自身のトートバッグからタブレットを取り出し、画面を操作し始める。

「わー! めっちゃ気になるー! ぜひ教えてくださーい!」

「ちょっと待ってくださいね。……ええっと、まずはフリルさんね。フリルさんのランクは……『C1(シーワン)』よ」

 自分のランクを耳にしたフリルは、笑顔のまま凍りつく。心なしか、ピューっと吹く風も少しだけ冷たい。

「…………あれ? 私の勘違いかな? C1って結構低いよね?」

「ていうか、最底辺だ」

「な、なんですってえええええぇぇ⁉︎」

 ガクッと肩を落としながら両手を地面につき、現実を突きつけられ落ち込むフリル。四つん這い状態のその姿は、絵に描いたように見事な落ち込みぶりだった。

「先生、次はアタシのランクを教えてくれよ」

「ええ、もちろんです。フリーズさんは……『C2(シーツー)』ね」

「C2……。アタシも低いな……」

「うそぉ!? フリーズですらC2なの!?」

「はい。業務の規約上、画面を直接お見せすることはできませんが、画面には確かにそう記されています」

「でも私、フリーズと直接戦ったから分かりますが、体術は桁違いに強かったですよ? 骨に響くぐらいの力強さもありましたし」

「私もフリーズさんの体術をご覧になりましたが、確かにキレのある素晴らしい動きでした。しかし体術の評価は魔術の評価よりも多少厳しくしている部分がありますので」

「え、どうしてですか?」

「魔術の評価は5段階に対して、体術の評価は3段階。段階が少ない分、評価を厳しくしているのです」

「そうだったんですね」

「これは魔術師あるあると言ってもいいほどなのですが、魔術師の多くは魔術ばかりを鍛えようとし、体術を疎かにしがちです」

 これは単に、体術よりも魔術の練習のほうが楽しいという気分の問題が大きく影響しているのだとミラは分析する。

 体術の文化は日本の昔からあり、空手や合気道などが挙げられる。一方で多くの人々が夢にも思い描いていた魔術というものは小さい頃の憧れやロマンもあり、そっちのほうに気分が傾いてしまうのは仕方のないことなのかもしれない。

 学校で例えるなら、講義はつまらなくても実習は楽しいという感覚に近い。そしてその没頭力は、暇があればついSNSを見てしまうほどの無意識の行動力。

 そのような条件に当てはまれば、魔術だけが鍛えられ、体術が疎かになってしまうのも納得だ。

 実際問題、防衛隊で体術の評価がAのものは現時点で両手で数えられるほどしかいないという。

「ですが、私は先ほど人には得意不得意があると言いました。体術が苦手なら魔術だけを鍛えるという考えも大いにありだと思います。鍛錬に強制はございませんので、そこのバランスは各々にお任せしています」

 防衛隊側からすればA5を目指して鍛錬を積んで欲しいというのが本音。だが必ずしもA5にならないといけないという強制はしない方針らしい。言ってしまえば、万年C1でも咎められることはないということ。

 ミラは話を戻そうと再びタブレットに目を向ける。そのタブレットをじっと見つめるのはフリーズ。

 魔術はともかく、体術にはそれなりの自信があった彼女にとって、Cという評価には納得がいかない部分があった。

「ミラ先生、アクアの評価もお願いできますか?」

「あ、わたしも!」

「もちろんです。アクアさんとエルルゥさんね? えーっと、じゃあまずアクアさんだけど……すごい! 『B3(ビースリー)』よ!」

「お〜! 思った以上に高くてびっくり!」

「うん! 新人でこのランクはすごいほうよ⁉︎ 毎年C1〜C2がほとんどなんだから」

 久しぶりの新人の高ランクに興奮気味になるミラ。

「へ〜、そうなんですか! でもお姉ちゃんより評価が高いというのは意外だな〜。アクアよりお姉ちゃんのほうが何倍も強いのに」

「こればかりはリフレクト様が評価をなさっていますので、私から言えることはなにもございませんね」

 リフレクトが評価をしているという事実を耳にしたフリーズは、先ほどまで納得がいかなかった気持ちも少しだけ和らぐ。同時に、リフレクトに低い評価をつけられたことに悔しい気持ちが込み上がってくる。妹より評価が低いというのも、姉として情けない惨めさも感じた。

「最後はエルルゥさんですね。…………あれ? ランクが記されていない……」

「されていない? 記入漏れとかですか?」

「いえ、そんなことはありえません。このランクは実技試験に合格した証明として国に届け出ることになっていますから。記入漏れがあれば受理されません」

「っ……」

 ミラがタブレットを見つめ疑問符を浮かべているのをよそに、エルルゥは不安そうに身を縮める。それに気づいたフリル。

 ふたりはなんとなくではあるが、その不可解な出来事に思い当たる節があった。



『合格にするのはフリル、君だけだ。残念ながら、エルルゥは不合格だよ』



 実技試験でリフレクトに言われた衝撃のセリフがいま、ふたりの脳内で再生される。なぜか全身に緊張が走り、心が落ち着かない。

 エルルゥのランクが記載されていない明確な理由は分からないはずなのに、そのシーンを無意識に思い浮かべてしまうのは、それが関係しているのだと直感が教えてくれたから。

(エルルゥちゃん……)

 かけてあげる言葉が見つからず、場の空気が重くなりつつある。そんななか、ミラが優しく声をかけてくれた。

「気にすることはないですよ、エルルゥさん。恐らくこれはリフレクト様が多忙で記入漏れをしたか、まだ届け出をしていないかのどちらかです。必ずランクは反映されますのでご安心を」

「ミラ先生……」

「最初に言ったはずですよ? みんな素晴らしい実力だったって。それに私は、例えC1だとしてもそれはそれでよいと思っています」

「……どうしてだ? 防衛隊だったらA5を目指すべきだろ」

「確かにA5を目指すことに異論はありません。ですが最初に言った通り、人には得意不得意があるもの。私は不得意なものに時間を割くより、得意なものに時間を割いたほうが結果的に他の人より抜きん出た実力を身につけることができると思うのです」

 つまりミラは、体術が苦手なら魔術を、魔術が苦手なら体術に時間を割いて腕を磨いていったほうが、最短で力が身につきやすいと主張している。もちろん両方とも力を付けられるのならそれに越したことはない。

「ランクで例えるなら、A5じゃなくてもいいからC5やA1を目指したほうがいいってことですか?」

「はい。その通りですアクアさん」

 フリーズがひとり、納得いかなさそうに眉をひそめる。

「アタシは反対だな」

「「「!」」」

「ミラ先生の言いたいことは理解したつもりだ。––––––でもそれだと、もしA5クラスの敵が現れたら太刀打ちできなくなっちまうだろ?」

 フリーズの言う通りだ。仮に自身のランクがC5だとして、敵がA5だった場合、魔術では互角に張り合えても体術で迫られたら終わりだ。

 もしそういう場面に陥った場合、魔術を駆使して一瞬で敵を倒すことが求められる。が、それは敵の能力によって状況も変わってくるため、一概にこれといった必勝法はない。そんな賭けにも近い戦闘スタイルは現実的ではないため、フリーズの言う通り常にA5相当の実力を身に付けておく必要があるのも確かだ。

「フリーズさんの言いたいことも分かります。ですが私はA5を目指す志が高すぎるあまり、途中で自身の成長を感じられず、周りからは追い抜かれ、虚無感が拭えず、挙句の果てには防衛隊を辞めてしまう人を多く見てきました」

 初めて防衛隊の実情を聞いたフリル達は、虚を突かれたように驚く。

「なかには嫉妬のあまり、同じ仲間同士で争う事件もありました。話を聞けば、その相手が自分よりランクが高いことに納得がいかなかったから決闘を申し込んだそうです」

「……」

「ランクというのは、あくまでも己を成長へと導く指標に過ぎません。もちろん同じ仲間として多少の嫉妬心は芽生えるかもしれませんが、それは越えるべき存在として認識して欲しいのが、本来このランクの意味なのです」

 越えるべき存在。それはライバルとも言えるだろう。人は身近にライバルがいるだけで、その人を越えようと己の成長に熱を注ぐことができる。ミラはランクをそのように活用して欲しいと言っている。自分を追い詰めすぎたり、仲間と争ってしまうような間違った解釈をしないように。

「はっ。そんなちっぽけな理由で辞めるとか、防衛隊の風上にも置けねぇ奴だな」

 フリーズは鼻で笑いながら、そう言った。

「そういうことなら安心してくれよ、ミラ先生。アタシはそんな理由で争うことはしねぇし、辞めることもねぇ。A5を目指して、アタシはこの世から悪魔を殲滅させる。元々それを目標に防衛隊を目指したんだからな。みんなもそんな感じだろ?」

 防衛隊は悪魔を殲滅させる組織。そこを目指すということは、全員心の底にある想いは一緒であるはず。

「もっちろんだよ〜! お姉ちゃんの夢はアクアの夢。早く悪魔を殲滅させて、家族を安心させてあげようね!」

 アクアがフリーズに抱きつきながらそう言う。

 悪魔、という単語に反応したフリル。

「もしかして、ふたりも悪魔になにかされたの?」

「……まぁな」

 フリーズとアクアはさっきまでの意気揚々とした雰囲気から一変、雲行きが怪しくなったように気分が落ち込む。

「あまりいい話じゃねぇから、今回は黙って––––––」

「聞かせて!」

「!」

 フリルが真剣な顔つきでフリーズに迫る。その迫力に押されたフリーズは、思わず身を引いてしまう。

「お、おぉ……っ。どうしたフリル? やけに真剣だな」

「聞きたいの。ふたりの話」

「「…………」」

 フリーズとアクアは一度不思議そうに顔を合わせる。フリルがなぜそこまで聞きたがるのか。

 いまはお花見ということもあり、暗い話をすることをわざと避けるようにしたのだが、フリルの妙な真剣さによって話さないといけない空気に晒される。

 ミラとエルルゥもフリルにつられて、ふたりの過去を気になっている様子だった。

 フリーズとアクアはためらいながらもうなずき合う。

「……わーったよ。話せばいいんだろ? 話せば」

 頭をぽりぽり掻き、もうどうにでもなれという感じでやけくそ状態になりながら話す内容を考え始める。

 掻くのをやめ、両手をあぐらのなかに置いたあと話を始めた。

「……アタシ達がまだ8歳のときだったんだけどさ。ある日、家族で祝いごとをしているときに悪魔が襲ってきやがったんだ。勝手に家に侵入してきてな……」

 フリーズいわく、その悪魔は黒の装束に白い仮面を身に付けていたらしく、フリルが千波湖で襲われたのと同一人物だった。

「そいつに……じいちゃんとばあちゃんが殺された」

「ッ‼︎」

「ただ無駄死にしたわけじゃねぇ。アタシ達家族を守るように庇って死んだんだ。死に際に放った言葉は『もう年だからどのみち長くはねぇ。気にするな』だってさ。……ッたく、それは違ぇだろって思うよな」

 フリーズが苦笑しながらも顔を歪める。アクアもその痛ましい悲劇を思い出し、目を少しだけ強く瞑っている。

「そのときアタシ達の家族は誰も魔術なんて使えなかったからさ、ここで全員死ぬって思った。でもそこで、リフレクト様が助けてくれたんだよ」

「えっ、リフレクト様が⁉︎」

「ああ。たまたま通りかかったところに気配を察知して来てくれたみたいなんだ。しかもすげぇのは、たった一振りの剣で倒しちまったところだな」

「やっぱりすごいんだ。リフレクト様は」

 フリルも実技試験のとき、リフレクトの目で追えぬ速さを体験している。だからこそ、改めてリフレクトのすごさを思い知った。

「それでなんとか父ちゃんと母ちゃん、そしてアタシ達は生き延びることができた。じいちゃんとばあちゃんに関しては悔しいが……それでもカッケェ最期だったよ」

 空を仰ぎ、感傷に浸ってしまうフリーズ。アクアも釣られるように空を見つめ、なにか想いを馳せているかのようだった。

「だからアタシ達は悪魔をぜってぇ許さねぇ。だからあの日、防衛隊になろうと誓ったんだ」

 フリル達はフリーズがA5の強さにこだわる理由は全てそこにあるのだと理解した。口にはしないが、きっとアクアも。

 強さを求める根源は、全て復讐のためにあるのだと。

「話は以上だ。悪いな、暗い話を聞いてもらっちゃって」

「ううん、私がお願いしたことだから。むしろごめんね? こんなに辛い話だとは思わなかったから……」

「だからあまりいい話じゃねぇって言ったろ? さ、これで話は終わりだ。––––––おっ、このおにぎり美味そうだな。も〜らいっ」

 フリーズが仕切り直しと言わんばかりに、パンッパンッと大きめに手を叩く。そしておにぎりに手を伸ばし、大きく貪る。具は鳥ササミのネギ塩だれで、少ししょっぱめの味付けが白米と丁度いい塩梅に仕上がっている。

「んんっ! うんめぇなこれ!」

 フリーズが美味しそうに食べている姿を見て、アクアもおかずに箸を伸ばす。

「私も卵焼きいただきま〜す!」

 卵焼きを紙皿に乗せ、小さめに箸で割ったあと上品に口に運ぶ。

「う〜ん♡ フリルちゃんの卵焼きほんのり甘くて美味しい〜♡ なんだかホッとする〜。ほら、エルルゥちゃんも食べてみなよ?」

「え、あっ……い、いただきますっ!」

 アクアが残りの卵焼きをエルルゥにあ〜んして食べさせようとする。なにも自分で食べられるのにと思ったエルルゥだが、断るタイミングを失い恥ずかしならも口を大きく開け、卵焼きを食べさせてもらう。

「……ほんとだ! 美味しい!」

「でしょ⁉︎ 他のおかずも美味しいから食べてみて! ほらほら♡」

 唐揚げにきんぴらごぼうなど次々とおかずを口に入れようとする。

「ちょ、そんなに入らないわよー‼︎」

「アッハハ! なんでアクアが得意げになっているんだよ。エルルゥも、喉を詰まらせないようにな?」

「ぼべぬぁはいおー‼︎ (※止めないさいよー‼︎)」

 笑いが込み上がるさんにん(正確にはふたり)。そんな楽しそうにしている様子を側から見ているフリルとミラ。

「ふふっ、みんな楽しそうね。やっとお花見らしくなってきたってところかしら」

「そう、ですね」

 ぎこちない返事をしてしまうフリルは、どこか上の空状態だった。

「……フリルさん、なにか考え事ですか?」

「いえ、ちょっと……」

「…………」

 ミラがフリルのことをジーっと見つめる。

「フリルさん、せっかくなのでひとつ聞いてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい?」

「実技試験の会場に着いたとき、フリルさんが一緒にいた男の人とはどういった関係でしょう」

「‼︎」

 ちょうど考えていたことと関係する質問をされ、ギクっと心臓が飛び跳ねてしまう。

「ど、どういった関係とは……」

「いえ、特にそんな深い意味はありませんよ? 初めて会ったときにも言いましたが、本当に彼氏さんではないのですか?」

「ち、違いますからッ! 断じて違いますから!!」

「あら、そうなのですか?」

「そうに決まっているじゃないですかァ‼︎ だって私と真瀬は昨日出会ったばかりですよ!?」

(……真瀬?)

「それに! あの人は私を悪魔から救ってくれたただの恩人です! それ以上の深い関係はありませんよぉ!」

 顔を真っ赤にし、あたふたしながら弁明するフリル。

(この感じ、嘘をついているわけじゃなさそうね)

 ミラは乙女チックなフリルの態度を一切気にしない。それよりも、頭の中は『真瀬』のことでいっぱいだった。

(リフレクト様の情報が正しければ真瀬は魔王。千波湖の件も合致している。でもそうだとして、悪魔が人を助けるなどあり得ないはずだけど……)

 悪魔はこの日本を侵略することを企んでいる非道な種族。そんな悪魔が人間を助けるという行動には腑に落ちない部分がある。

「そうでしたか。私も是非、そのかたにお会いして感謝のお言葉を告げたいと思っているのですが、その真瀬さんはいまどこにいらっしゃるのですか?」

「それが、私にも分からなくて……」

「分からない?」

「実技試験の会場までは一緒に付いてきてくれたのですけど、そこから勝手にどこか行ってしまって……」

「そうですか。それは残念です」

 ミラは一通り話を終えると、フリルの作った手巻きおにぎりに手を伸ばす。

 フリルも動きにつられ唐揚げを紙皿によそり、一口食べつつも寂しげな目で空を見上げる。

(真瀬、いまどこにいるんだろ……)

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