第七話 演習②

 東京渋谷区、代々木公園。青々とした芝生が広がる広大な緑地。清涼感のある噴水や池。自然いっぱいに囲まれ身も心も休まるこの場所に、とあるふたりが向かっていた。

「追いついたぜ、フリル!」

「っ!」

 エルルゥと二手(ふたて)に分かれたフリルに、ようやく追いついたフリーズ。追いつかれたフリルもこれ以上は逃げる必要はないと判断し、足を止めてフリーズと向き合う。

「アタシとアクアを引き離すために大分離れたな」

「そうしないとふたりには絶対勝てないと思ったからね」

「フッ。半分正解だ」

「……どういうこと?」

「確かにアタシ達ふたりが手を組めば、フリル達に勝ち目はなかっただろう」

 ただでさえ氷と水で属性の相性がいいのに、そこに姉妹のコンビネーションが加われば大抵の魔術師では相手にならないことだろう。それはフリル達も肌で感じていたこと。

「だがアタシ達は、単体でも強いぜ?」

「っ」

 ニヤリと広角を上げるフリーズ。それは虚勢ではなく、これまでの経験による自信の現れ。

「さぁ見せてもらおうか。リフレクト様に認められた実力をな!」

 フリーズがフリルに杖を向ける。

「【氷塊アイスブロック】」

 複数の氷のブロックがフリルを襲う。

「くっ!」

 横に飛び、なんとかかわすことに成功。

「甘いぜ」

「!」

 だがフリルの飛び込んだ先には、すでに蹴りのモーションに入っているフリーズが。

(うそォッ⁉︎)

 反射的に蹴りを両手でガードする。しかし蹴りの勢いは凄まじく、耐えきれずに後方へと吹っ飛ばされてしまう。

(は、速い……‼︎ 一瞬目を逸らしただけなのに、もう私の前に現れていたッ!)

 ガードした腕にズキンッと痛みが走り、顔がゆがむ。

(っ! 蹴りの威力も強い! ホントに女の子なの⁉︎)

 女の姿を装った男なんじゃないかと疑ってしまうぐらいに、フリーズの体術の威力は骨まで響く重さがあった。

 フリルはなんとか受け身をとり、ゆっくりと立ち上がる。

「どうした? まさか蹴り一発でギブアップする気じゃないよな?」

「当たり前でしょ! まだまだこれからよ!」

「いいね。ナイス根性だ!」

(……とはいっても、あんなの何発もくらっていたら体がもたない。体術戦に持ち込んだら負けね。となると、フリーズに勝つには)

 フリルが杖を構える。

(魔術しかない!)

「へっ! ようやく温まってきたようだな。それじゃあ、第二ラウンドといこうかァ⁉︎」

(来るッ!)

「【氷の地面アイスグランド】」

 フリーズが杖の後端を地面に刺すと、辺り一面が一気に氷の地面化とする。まるでスケートリンクのようだ。

「うわわっ! なにこれ⁉︎ 動きづらッ‼︎」

 ツルツルと滑る地面に転ばないようあたふたし、機動力を大幅に失ってしまうフリル。その姿はまるで生まれたての小鹿のよう。

 その一方で、フリーズは滑る地面にものともせず、まるで普通の地面に立っているかのように余裕気だ。どうやら発動者はその点もコントロールできるらしい。

「ちょっとずるいわよ!? ちゃんと正々堂々と戦いなさいよー!」

「なぁに言ってんだ。これも立派な戦術の一つだ」

 フリーズの言葉に耳を傾けている余裕もなく、フリルはついにツルンと足を滑らせ氷の地面に頭をぶつけてしまう。

「イッッッタァ〜〜〜‼︎」

 ぶつけた後頭部を押さえながら悶絶。フリーズに隙を与えるのはまずいと思い、すぐに立ち上がろうとする。だが、あいかわらず足がツルツルと滑ってしまい、なかなか立ち上がることができずにいる。

「ほらほら、遊んでいる暇はないぜ? 【氷柱アイシクル】」

 フリルの頭上に3本の氷柱が出現。このまま落下すれば体が串刺しになってしまう危険が。

 フリルは仕方なく立ち上がることを諦め、地べたに這いつくばったまま氷柱に杖を向け魔術を発動する。

「くっ! 【吸収インへル】‼︎」

 杖の先から淡い光が現れ、氷柱を大きく包み込む。すると氷柱は瞬くなに消えた。

(なにっ⁉︎ アタシの魔術が消えた……⁉︎)

「ふぅ。間一髪だったぁ〜」

 フリーズの攻撃を防ぎ、安心するフリル。フリーズはさきほどフリルが放った魔術に対して不思議そうに疑問を抱いている。

(……なんなんだいまのは。光が現れた途端に【氷柱アイシクル】が消えやがった……。魔術を無効化? いや、吸収したのか? それとも……いや、ごちゃごちゃ考えるのはやめだ)

 考えれば考えるほど、頭が重くなりそうな感覚に襲われそうになるので考えるのをやめる。元々頭を使うのが苦手なフリーズ。分析思考は性に合わない。

「おもしれえ魔術を使うな、フリル。だんだんとお前に興味が湧いてきたぜ」

「それはどうもありがとう」

「他にも隠している魔術があるなら遠慮なく使え。アタシはその全てを覆してやる」

 フリーズが杖を向けながら堂々と宣言する。

「……ねぇ。どうしてそこまでして私を?」

「アタシは、強くならないといけねぇ」

 フリーズの杖を握る力が一段と強くなる。

「姉として妹を守るために……残された家族を守るためにだ」

「……」

「その為には自分より強い奴らと戦って、そいつらに勝っていくのが最善の方法だと考えた。そして最後はこの世で最も強いとされるリフレクト様に勝つことがアタシの目標だ」

「‼︎」

「リフレクト様より強くなれば、もはや敵なし。それだけの実力があれば妹や家族を守れることは確実なんだ」

 つまりフリーズはこの世で最も強い魔術師を目指しているということ。

「力があればどんな悪魔が襲いかかってこようと守ることができる。その手始めとして、リフレクト様に認められたお前に白羽の矢が立ったというわけだ」

「……」

 目標としているリフレクトに選ばれたフリルだからこそ、フリーズは倒す価値があると思った。

「アタシ達は同じ防衛隊の仲間だ。だからこうして傷つけ合うのは正直乗り気じゃねぇ……。だがそれでも、アタシは勝ちたい。だからフリル……アタシを殺すつもりで全力でかかってきな!」

 ギロリとしたフリーズの迫力に押され、フリルはたじろいでしまう。

 それでもフリルは逃げない。フリーズの本気の想いには、本気で応えてあげたいという意志があるから。

 フリルも杖を握る力を一段と強くする。

「……分かったわ。そこまで本気なら、それに応えてあげるのが礼儀ってものよね」

 フリルは足をプルプルと震わせ、バランスを崩しそうにしながらも立ち上がる。真っ直ぐに立てなくても、中腰まで体を起こすことに成功。

「見せてあげるわ。『逆転の魔術師』の力を」

「こっちこそ、『氷華の魔術師』の力を存分に味わわせてやる」

 氷の魔術による影響か、肌寒いそよ風がふたりの髪を揺らす。

「……」

「……」

「…………いくぞ! フリル!」

 疾風が如く、フリーズはフリルに一直線に向かって走りだす。

 驚きなのは氷の上を走っているのに滑る様子が一切ないということ。フリーズは加速し続けた勢いを利用してフリルに跳び蹴りをかます。

「ぐぅッ!」

 ガードするも後方へと吹っ飛ばされるフリル。やはり氷の上ではまともに動くことができないため、フリーズの攻撃をくらうしかない。

「氷の上じゃ滑ってまともにガードもできねぇだろ」

 今度はフリルの真上に跳ぶフリーズ。追い討ちをかけるようにそのまま腹部に向かってかかと落としをくらわせる。

「ガハァッ‼︎」

 空中で身動きが取れずモロ攻撃をくらってしまう。落下地点には池があり、そのまま池のなかへと落下。激しい水飛沫が立ち上がると共に、フリルは池のなかへと沈み込んでいった。

「このまま池を凍らせようと思ったが……さすがにそれはヤバイか」

 仮に池を凍らせた場合、沈んでいたフリルは地上に戻ることができなくなり、最悪の場合、窒息死してしまう。いくら演習とはいえ、仲間を殺すことはできない。

 フリーズは予定を変更し、池の側でフリルが浮かび上がってくるのを見下ろしながら待った。

「さて、どう来る?」

 フリーズは次の作戦として、フリルが池から顔を出した瞬間に攻撃を繰り広げようと杖を構えた。

 一方で、池に沈み込んだフリルは……。

(つ、強い……っ! こんなのどうやって勝てば––––––痛ッ‼︎)

 かかと落としをモロ直撃した腹部にズキンッと激痛が走る。あいかわらず体術の威力が桁違いだ。

(魔術ですらろくに戦わせてもらえないなんて。一体どうすればいいのよ……!)

 魔術を発動するにしても、【氷の地面アイスグランド】で体のバランスを崩され魔術をうまく発動することができない。そこを突いて中距離型の【氷柱アイシクル】や【氷塊アイスブロック】で確実に攻撃を狙ってくるせいで、完全に動きを封じられてしまっている。

(なにか……なにか方法があるはず!)

 フリルはこのとき、自身の杖をじっと見つめていた。




 数十秒が経過したころ、池のなかから浮かび上がってくる人影の動きが。

「へっ、来たか」

 杖を構え直すフリーズ。もはや彼女に抜かりはない。

(顔を出した瞬間、一気に決めてやるぜ!)

 そしてようやく、そのときがきた。フリルが顔を出す。

「アタシの勝ちだ! 【氷塊アイスブロック】––––––ッ⁉︎」

 それを読んでいたのか、顔を出した瞬間フリルの杖から氷柱の1本がフリーズを狙う。

「ッぶね!」

 髪の毛が数本かすれたが、持ち前の反射神経でなんとかかわす。

(つうか、あの技はアタシのじゃ……!)

 通過していった氷柱に疑問を抱き、目を奪われる。その隙をつかれたフリーズは、すでに池から脱出していたフリルの渾身の拳によって、腹部をもろ直撃してしまう。

「ぐふぅッ!」

「さっきのお返しよ!」

 攻撃をくらいつつも後方へと下がり、体勢を整えるフリーズ。フリルもそのうちに呼吸を整えた。

 フリーズは一定の距離を保ち、腹部に手を添えながら先ほどの氷柱について考えていた。

(さっきの氷柱……あれは確かにアタシの魔術だった。でも、氷使いでもないフリルがどうしてアタシの魔術を⁉︎)

 フリーズは最初の【氷柱アイシクル】がフリルの魔術によって消された場面を思い出す。

(……あれか!? ということはあのとき、アタシの魔術は消されたんじゃなくて吸収されたってことか!)

 続けて、フリルが【氷柱アイシクル】を使ったシーンを思い出す。

(そして吸収した魔術は自分の好きなタイミングで使うことができる……ってか?)

 実際のところ、吸収した魔術の使用に対してなにかしらの制限がないのかは不明だが、現時点ではいつでも使用可能と認識していたほうがよさそうだ。

(となれば、下手に魔術を使うのは避けたほうがいいな。また吸収されたら厄介だ。それに、あの【吸収インへル】という魔術も無限に使えることは恐らくない。もし無限に使えるのなら最初からバンバン使っているはずだからな)

 フリルの魔術トリックに気付き始める。

 フリルの魔術は非常に厄介だ。だが、フリーズにとってそれはむしろ好都合であった。

「フリル、お前は中々厄介な魔術を使う。リフレクト様が認めるのも納得して来たぜ」

「……」

「だが、お前のその魔術には大きな弱点がある。それは相手が魔術を使わないと効果を発揮できないということ」

 フリーズは軸足に力を入れ、疾風が如く凄まじいスピードでフリルに向かって行く。

「つまり、『体術』がお前の弱点なわけだ!」

「くっ!」

 フリーズがフリルの頭を狙った拳を振るう。それを間一髪でしゃがみ込み避けるフリル。

「!」

 しかし、拳を振るった勢いを生かした回し蹴りがフリルの脇腹に直撃。

「ぐッッ‼︎」

 横に吹っ飛ばされるフリル。フリーズの打撃を数発くらった弊害により、痛みは全身にまで響き渡り、徐々に疲労が蓄積され体力を蝕んでいく。もう最初のように軽やかに動き回ることはできない。

 それでもフリルは立ち上がる。

「立ち上がるのもやっとってところか。この勝負、見えてきたな」

 フリーズは余裕な表情を浮かべながらフリルに歩いて近づく。フリルは杖を離さずとも膝に両手をつき、限界が訪れていた。

「まだ、よ……! 【放出リリース】!」

 自分の弱りきった姿を見て油断しているだろうと思い、そこを突いた瞬時の攻撃。

 杖をフリーズに向け、1本の氷柱がフリーズを襲う。が、フリーズは冷静に体を逸らして簡単にかわす。

「それは読んでいたぜ」

「な⁉︎」

「やっぱりな。最初にお前が氷柱を放ったとき、1本しか出てこなかったから違和感があったんだよ」

「くっ……」

「アタシが【氷柱アイシクル】で創った氷柱は全部で3本。なのに1本しか出てこねぇってことは、残りの分は使わねぇでとっておいているんじゃねぇかってな」

 手の内が読まれているフリル。フリーズの言っていることは的を射ていた。

「いまので2本目だ。あと1本残っているんだろ? 残念だが、この状況でアタシにくらわせることはできないぜ? なぜなら発動のタイミングを見計らえばいいんだからな」

「ッ」

「正直、予想以上に驚かされたぜ。––––––が、タネが分かってしまえば対策を取るのはそんなに難しくねぇ。今回は相性が悪かったな」

 魔術を吸収するというのは本来なら非常に強力で厄介なものだ。魔術師は基本的に魔術を使って戦うスタイルが確立されているからだ。

 今回は魔術よりも体術のほうを得意としているフリーズとの相性が悪かっただけのこと。

「なに、もう勝った気でいるのよ。勝負はまだ、ついていないわ……」

「無茶すんな。もうお前は万策尽きたはずだ。残りの【氷柱アイシクル】1本でアタシに勝つことはできねぇぞ」

「……ふふっ。それはどうかしら?」

「なにっ?」

「ここは一つ、賭けといこうじゃない。【放出リリース】‼︎」

 フリルの杖の先端から輝かしい光の玉が出現し、フリーズを狙う。

「これは……⁉︎」

 光の玉は地面がくぼむほどの爆発を起こし、ふたりを巻き込んだ。




     ★




 エルルゥが泣き止むまでお世話をしていたアクア。エルルゥの頭や背中を撫でたり、ハグをしたり、水の魔術で芸を披露したりなどして場を和ませ、10分ほどでエルルゥの気持ちを落ち着かせることに成功する。そしていまは、エルルゥをおんぶしたアクアがフリル達のもとへ走って向かっている最中だった。

「爆発の方向からして、こっちで間違いないよね?」

「うん。間違いないと思う」

「よしっ、みんなと合流して、帰ったら美味しいものをいっぱい食べようね?」

「うんっ!」

 5分ほどで、目的地へとたどり着く。そこは東京渋谷区にある代々木公園。視界の先には驚くべき光景が……。

「お姉ちゃんッ⁉︎」

「フリル‼︎」

 そこにはボロボロの状態で倒れているふたりの姿が。アクア達は急いでふたりのもとへ向かい、すぐに意識があるのかを確認する。

 フリーズはふたりの呼吸に意識を向けたあと、次に心臓部分に耳を当て心拍状況を確認した。

「ど、どう……?」

「……うん、大丈夫! ふたりとも息はしているし、命に別状はなさそう。ただ、しばらくこのまま安静にさせないとだね」

「い、一体、ふたりの間になにがあったのよ⁉︎」

「分からない。でも、地面のくぼみからして爆発に巻き込まれたのは確かだね」

 くぼんだ地面からはうっすらと煙が漂っていて、そこを中心にふたりは倒れていることからそう推測する。

 ふたりがこうして現場に向かおうと思ったのは、遠くのほうから爆発音が聞こえ心配に思ったからだ。

「でも、ふたりはなんでこんなにびしょ濡れなんだろ?」

 フリルとフリーズ。ふたりの髪と服は肌に密着するほどびしょ濡れ状態。

 まるで、バケツいっぱいの水を被ったかのように。

「……うっ」

「お姉えちゃん‼︎」

 フリーズがうっすらと目を開き、意識が戻ったことに安心したアクアは勢いよくフリーズに抱きつく。

「アクア、いてぇ……」

「あっ、ごめんね⁉︎」

 アクアは慌ててフリーズを抱く力を弱め、体をゆっくりと引き離す。

「……フリルは?」

「フリルちゃんなら隣で寝ているよ? 意識はまだ戻ってないけど、命に別状はないから安心して」

「そうか。よかった……」

 そのことに安堵したフリーズは自分の体を重たそうに起き上がらせる。

「あ、無理しないで! 安静にしといたほうがいいよ!」

「大丈夫だ。なんとか動ける」

「ね、ねぇ! ふたりの間に一体なにがあったの⁉︎ この爆発はなに!?」

 エルルゥが心配そうな顔つきでフリーズに問う。フリーズはこれまでの状況を大雑把に伝えた。

 ただ最後の爆発に関してはフリルが最後に放ったもので、爆発したときには意識がなくなっており、その後のことは覚えていないという。

「そっか。それでふたりは爆発に……」

「……うぅ……んん……」

 すると、今度はフリルの目がうっすらと開き始め、意識が戻り始めた。

「フリル‼︎」

「……あれ? エルルゥ、ちゃん? どうしてここに……?」

「あっ、あんたが苦戦しているんじゃないかと思って、助けに来たのよ!」

「そうなんだ。そっちは終わったんだね」

 フリルは一瞬だけ顔に苦痛を浮かべながらも、疲労で重く感じる体をなんとか起き上がらせる。

 隣には一安心したかのように薄く笑みを浮かべているフリーズの姿が

「……フリーズ。そっか。私、負けたんだ……」

 フリルが放った最後の爆発攻撃。あれは千波湖で悪魔に襲われたときに吸収したものだった。

 そしてフリーズと共に爆発をくらい、最後まで立っていたほうが勝利という賭けにでた攻撃だったのだ。

 目覚めたいま、すでにフリーズが起きていることから自分は賭けに負けたのだとフリルは実感。

 もっとも、敗因の理由はそれだけではなかった。

 フリルは自身がびしょ濡れであることに目を向けたあと、フリーズに向かってお礼を告げる。

「ありがとう、フリーズ。私のことを守ってくれて」

「なんのことだ?」

「爆発する瞬間、私の前に氷の壁を創って守ろうとしてくれたでしょ? 本当にありがとう。おかげで、軽傷で済んだよ」

 フリーズは爆発に巻き込まれる瞬間、自身とフリルの前に分厚い氷の壁を作り防御してくれた。

 自分だけを守ることもできたのに、わざわざフリルまで守ろうとしてくれたのだ。

「……フッ。お前が警告を無視して無茶をするからだ」

「えへへっ。ごめん」

「でも、今回はアタシの負けだよ」

「え? どうして?」

「アタシがお前の立場だったとして、自分まで爆発に巻き込まれるような無茶な選択は取らねぇ。でもお前は、それを覚悟であのような選択を取った。お前の度胸と根性に負けたよ……」

「……それを言うなら、私だってそうだよ」

「あ?」

「もし私がフリーズの立場だったら、きっと自分だけを守る選択を取っていたと思う」

「ははっ! 薄情なやつだな」

「なっ⁉︎ だってしょうがないでしょ! どうしても勝ちたかったんだもん!」

 フリーズが本気で立ち向かってくるからこそ、フリルも本気で勝ちたいという情熱が湧き上がる。そうやって熱中してしまうと、相手のことを気遣う余裕などなくなってしまうのが普通だ。

 だからフリルが逆の立場だったなら、自分だけを守るという選択を取り、勝利を確実なものにしたことだろう。

「フリルは意外と負けず嫌いなんだな」

「そうかもね。だって、どうせやるなら勝ちたいじゃない!」

「ははっ! だな!」

「でも、悔しいけど今回は私の負け。相手に守られた時点で勝負はついていた」

「いーや、アタシの負けだ。最後の爆発にはしてやられたからな」

「でもフリーズは壁創って防いだじゃん」

「防いでねぇ。その証拠に意識吹っ飛んでいただろうが」

「それなら私も吹っ飛んでいたけど?」

「それを覚悟のうえで賭けにでたんだろ? その度胸と根性にアタシは負けたって言ってんだよ」

「でも結果はフリーズが勝った」

「……フリル、お前ちょっと拗ねてねぇか?」

「別に? そんなことないけど?」

「拗ねてんじゃねぇか。ほっぺたも膨らんでいるしよ」

 子供のようにぷいっと横に顔を逸らすフリル。側から見ても拗ねていることは明白だ。

「まぁまぁふたりとも! 今回は引き分けってことでいいんじゃないかな?」

 アクアがふたりの事情を察して、そんな提案をしだす。エルルゥもそれに続く。

「そうね。話を聞いている限りだと、どっちも互角な勝負だったと思うし。いわゆる勝負には勝って試合には負けたってやつよ」

 フリルとフリーズ。お互いに納得のいかない結果に関しても、それならば納得のいく余地があると感じてくれたようだ。

 フリーズがフリルに向けて拳を突き出す。

「フリル、次やるときは勝たせてもらうからな」

「なに言ってんの。勝つのは私よ」

 フリルもフリーズに習って拳を突き出す。

 そして、コツンと二人の拳が合わさると、友情が芽生えたかのように微笑み合った。

「そういや、そっちの勝負はどうなったんだ?」

 フリーズがアクアとエルルゥのふたりに問う。

 エルルゥは答えづらいのか、もじもじとしてしまう。その代わりにアクアが質問に答えた。

「う〜ん……私達もふたりと同じ結果かな。ね、エルルゥちゃん?」

「うっ。アクア先輩がそういうなら……そ、そういうことにしておいてあげるわ!」

「なんだなんだ? 詳しく聞かせろよ」

「ていうかエルルゥちゃん、なんでアクアは先輩呼びで、私は呼び捨てなのかな?」

 よにんは時間が許される限り、互いの勝負の話でわいわいと盛り上がった。



 逆転の魔術師フリル 対 氷華の魔術師フリーズ。


 両者––––––引き分け。

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