第六話 演習①
夕陽が沈み始めようとする午後5時。
実技試験が無事終わり、生還してきた受験生が再び集まっているこの1階フロア内は喧騒に包まれていた。
それもそのはず。
ここに残っているのは実技試験を見事突破し、防衛隊への入隊を正式に認められた才ある実力者達。みんなその喜びや嬉しさの感情を誰かと共有せずにはいられないのである。
フリルもそのうちのひとり。
「エルルゥちゃん、やったね! 私達本当に合格しちゃったんだよ⁉︎ ちょー嬉しくない⁉︎」
「ふ、ふん! なに子供みたいにはしゃいでんのよ。こんなの通過点よ、通過点」
「ん〜〜〜? あれれ〜? 最初不合格になりそうで泣きそうになっていたのはどこの誰かな〜〜〜?」
「うっ! な、泣きそうになんかなってないわよ‼︎ あれはちょっと……そ、そう! あくびが出ちゃったからで……っ!」
「ん〜〜〜? ホントかな〜〜〜?」
フリルが両手をワキワキと見せつける。エルルゥはそんないやらしい手つきを見てたじろいでしまう。
「ほ、ほんとだもん! 泣いてなんかいないもん!」
フリルが素早くエルルゥの背後に回り腋や脇腹をくすぐる。
「さぁ〜、嘘をつく悪い子はここかな〜?」
「あっはははははっ‼︎ やめてやめてぇー! くすぐったいよフリル〜!」
「フリルじゃなくてフリル先輩、でしょ?」
「キャッはははははははは‼︎ ごめんなさいフリル先輩‼︎ わたしがっ、わたしが悪かったです‼︎ 許してくださああああい! あはははははっ‼︎」
笑いすぎて目に涙を浮かべるエルルゥ。これ以上はさすがに可愛そうだと思ったフリルはくすぐる手を止めた。エルルゥからフリル先輩呼びを聞けて満足そうだ。
「ハァ……ハァ……し、死ぬかと思った……」
呼吸を整えたあと、キッとフリルを睨み付ける。
「ぜ、絶対に仕返ししてやるから、覚悟しておきなさいよ! フリル!」
「あれ? もう一度やってほしいのかな?」
フリルが両手をワキワキ。
「ご、ごめんなさぁぁぁぁい‼︎」
涙目になりながら必死に何度も頭をペコペコと下げるエルルゥ。ふたりの間ではいつの間にか立場の上下が確立されつつあった。
「はいは〜い、みなさんお静かに」
階段の上からパンパンと手を叩きながら静かにするよう促す女性。そこにはミラがいた。全員の視線がミラに集約され、静まり返ったところでミラは話を始める。
「みなさん、改めまして実技試験の合格おめでとうございます。ここにいる89名は見事、本日をもって正式に防衛隊への入隊が認められました」
350名の受験生がいたのうち、合格したのは89名。確率にして約25%。あの実技試験がどれほどの難易度であったのかを改めて思い知らせられる。それを最も感じているのは、本来なら不合格であったフリルとエルルゥであった。
「これからみなさんには防衛塔内にある施設のご紹介と、みなさんがこれから寮として住むことになる各部屋のご案内を、私ミラが承り進行を務めさせていただきますので、どうかよろしくお願い致します」
軽く説明を終え、最後に一礼したところで早速施設の案内に進む。
案内は1時間ほどで終わり、加えて各自部屋へ入室するためのカードキーも渡され解散となる。今日は入隊試験もあってか、早速となにか特訓や任務にあたることはないらしい。
211階建ての防衛塔。各フロアには食堂やジム、会議室など様々な部屋が設けられているが、今後重要になってくるのは2階にある『任務受付』だろう。
そこでは防衛隊として任務に出かけるさいに必要な手続きをすることになるからだ。
入隊してから一週間は寮生活に慣れてもらうためいきなり任務に出かけることはないが、今後のために覚えておくべき重要な項目であることは間違いない。
ともあれ、1週間の自由時間を頂いた新人達にやれることはいまのところない。
そんなわけで、新人達はせっかく巡り会えた仲間達と近くの焼肉店で打ち上げをおこなっていた。もちろん自由参加で、参加していない人も19名いる。
70名にも及ぶ参加者。事前にチェーン店の焼肉店を予約してなんとか人数分確保することに成功。
各自適当に空いている席に座り、自己紹介から雑談を始め出す。ほどなくして、全員の席に注文したドリンクが届いた。
「ほんじゃ、全員の合格祝いに––––––かんぱーい‼︎」
「「「かんぱーい‼︎」」」
フリーズの指揮のもと、実技試験に合格した新人達は飲み物が入ったグラスを片手に掲げたあと飲み始める。
全員ジョッキ生ビールを一気に飲み干すような豪快ぶりだった。
「ぷはぁー! 合格したあとに飲む炭酸ジュースは最高だな!」
至極の一杯を飲み干し、至福の感想を吐いたのは、今回の打ち上げ主催者である『霙(みぞれ)フリーズ』。見た目の綺麗さに反して、中々の男気である。
「んもぉ〜お姉ちゃんったら、おじさんみたいなこと言うんだから〜」
そんなフリーズの隣に座り、ニコニコと明るい笑みを浮かべているのは『霙(みぞれ)アクア』。見た目の童顔に加え、お茶目そうな雰囲気がさらに可愛さを引き立てている。
(ああ……。思わずノリで焼肉に参加したのはいいんだけど、お金がないからそんなに食べられないんだよねー……とほほ)
そんなふたりと対面するように座り、どんよりとした表情を浮かべているのはフリル。
「フリルちゃん、どうかした?」
「え? ああ、ううん! なんでもない! ……あ、そうだ! 会ったときから気になっていたんだけど、ふたりは姉妹なの?」
「うん、そうだよ。私が妹で、お姉ちゃんがお姉ちゃん!」
「お姉ちゃんがお姉ちゃんって、なんかややこしいな……」
思わず苦笑を浮かべてしまうフリル。
(でも、ふたりとも仲がよさそう。しかも綺麗で可愛いとか、どんな遺伝子しているのよ!)
フリーズは綺麗めでかっこよく、アクアはお茶目でかわいい。正反対の見た目ではあるが、どちらも世の女性の憧れを再現しているかのように眩しい。それほどの美女がふたり同時に誕生するなど、もはや世界遺産に登録されてもおかしくないレベルだ。
「っ〜〜〜」
そんな美女ふたりを前にして、フリルの隣で身を縮めながら緊張しているのはエルルゥ。
(わたしもなにか話さないと……。でも、こういうときってなにを話したらいいのかな?)
「エルルゥちゃん、どうしたの? もしかしておトイレ?」
「ち、違うわよっ! ちょっと緊張しているだけで……」
「な〜んだぁ。それなら私が緊張をほぐしてあげるよ」
「え、できるの?」
「ほ〜れ、こちょこちょこちょ〜」
「きゃっ⁉︎ あはは! あはははははっ‼︎ やめてやめて! くすぐったいから〜‼︎」
ふたりのいちゃつきに微笑ましさを感じる姉妹。
「ふたりも仲がいいんだね。同じ学校だったとか?」
アクアに質問され、くすぐる手を止めるフリル。
「ううん。エルルゥちゃんとは今日初めて会ったばかりだよ。実技試験のときたまたま出会って、途中から一緒に行動したのがきっかけなんだ。ね、エルルゥちゃん?」
「……その通りです。フリル先輩……」
くすぐられたことによるものか、少しだけぐったりしているエルルゥ。だが緊張はだいぶほぐれたようだ。
「そうだったんだ。……あれ?」
なにかを思い返すように上を見上げるアクア。
「ねぇフリルちゃん」
「ん? なに?」
「フリルちゃんは実技試験が始まる前どこかにいた?」
「え?」
「ほら、実技試験が始まる前まではみんな一階フロアにいたでしょ? そのなかにフリルちゃんの姿はどこにもいなかったような気がして」
「……あー、うん。確かに私はその時間にはいなかったわ……」
「もしかしてあんた遅刻したの⁉︎ こんな大事な日に!?」
「はうぅ! ちょっと色々あってね……」
「色々? 気になるな。話してみろよ」
「……笑わない?」
「ああ。笑わねえよ。言ってみろ」
アクアとエルルゥも2回うなずく。
フリルはみんなを信じて、雑草取りに夢中になって遅刻したことを明かした。
「だっははははははははは‼︎ 雑草取り‼︎ 雑草取りってお前っ!」
「ぷ、ぷぷっ……フ、フリルちゃん! それはさすがに……ぷぷぷっ」
「あっははははは‼︎ あ、あんたも意外に間抜けなところがあるのね‼︎ ––––––きゃはは! ごめんなさああああああああああい」
3人が一斉に笑いを吹きこぼす。あっさりと約束を破られたフリルは顔から火が出るほど恥ずかしがる。その羞恥心を全てエルルゥにぶつけることで(くすぐり)、ある程度のストレスを発散することになんとか成功した。
「んもぉ! みんなひどいよ! 笑わないって言ったじゃん!」
「いやぁー! わりぃわりぃ! まさかそんな理由だとは思わなかったからさ」
フリーズは目尻に浮かんだ涙を指で拭き取る。
「でも、実技試験を受けられてよかったね。もしこれが遅刻者は試験を受けられない決まりだったら、フリルちゃんはいまここにいないわけだし」
「確かにそれは思う。遅刻したのは私が悪いわけだし、受けさせてもらえただけありがたいと思った」
「ペナルティみたいなのはなかったのか?」
「ペナルティはあったよ。実技試験の制限時間が1時間しか与えてもらえなかった」
「「い、1時間⁉︎」」
「う、うん!」
姉妹が同時に驚く。
「おいおいちょっと待てよ! アタシ達ですら1時間以上はかかっているんだぞ⁉︎」
「うんうん! しかもスムーズに進んで!」
ふたりはどんなに難なく進んだとしても、それぐらいの時間はかかるはずだと主張。
息ピッタリのふたりが協力しての結果だからなおさら驚きがおさまらない。フリーズはずいっと身を乗り出して聞いた。
「フリル、お前は一体どんな魔術師なんだ⁉︎」
「ちょ、落ち着いてふたりとも! 私は別にふたりみたくゴールにたどり着いたわけじゃないの!」
フリルの弁明にポカーンとしてしまう姉妹。フリーズは乗り出した身を引っ込める。
「……お前はなにを言っているんだ? ゴールしなきゃ合格にはならねぇぞ?」
「うん、そうなんだけど……。なぜかエンペラーシックスのリフレクト様が私の前に突然現れて、それで私の魔術に興味があるから特別に合格してあげるって言われて……こうなった」
「……エ、エルルゥもか?」
「わ、わたしは違うよ! わたしは、本当は不合格のはずなんだけど……フリルがリフレクト様に説得してくれたおかげで合格になった感じ……」
「⁉︎」
フリルとエルルゥの回答を聞き、頭の中が真っ白になるフリーズ。
「……わけが分からねぇな。そんな合格パターンもあるなんて知らなかったぜ。つうか、フリルの魔術はリフレクト様に認められるほどすごいってことか」
「そ、そうなるのか、な……? 私自身、そんな風には全く思わないけど。魔術そんなに得意じゃないし」
たははっと頭の後ろに手を当てながら乾いた笑いをしてしまうフリル。
すると、なにやらフリーズとアクアが視線を交わしており、互いにうなずき始める。
「フリル、アタシ達から頼みがある」
「え? 頼み?」
「この後、アタシ達と勝負しねぇか?」
「ええええぇぇぇ⁉︎ 勝負⁉︎ ふたりと⁉︎ な、なんでまたそんな急に……!?」
「単純な話だ。フリルがどれほどの魔術師なのか、それを味わいたい」
「そんな、急に言われても……」
「お代は全部アタシ達が払う。いいだろ?」
「ちょっと待って! その勝負ってわたしも含まれていたりする⁉︎」
「もちろんだ。エルルゥもフリルと一緒に合格した身だからな。嫌っつうなら強制はしねぇが、やっておいたほうが得だぜ? リフレクト様も強くなるには実戦の積み重ねが大事だって言っていただろ?」
「ううぅ……」
フリルは自分が雑草取りをしている間にリフレクトがそんな大事なことを言っていたのかと頭に入れる。
「まぁ安心しろよ。ある程度の加減はしてやる。同じ防衛隊の仲間だしな。この勝負はあくまでもふたりの実力がどれほどのものか確かめたいだけだ」
フリーズの提案に、腕を組みながら深く考える素振りを見せるのはフリル。なにをそこまで真剣に考えているのか皆目見当もつかない。話の流れからして、勝負を受けるか受けないかを考えているのだろう。口もとも『への字』になっていることから、その真剣さが伝わってくる。
考えがまとまると、フリルは組んでいた腕を解放し、真っ直ぐな目を向けて告げた。
「分かった。ふたりがそこまで言うなら、その勝負乗ってあげる!」
「あんた、タダで焼肉が食べられてラッキーだと思ってない?」
エルルゥに鋭い指摘をされたフリルは、自分が食い意地をはった女だと周りに悟られてしまう。その恨みを晴らすためにエルルゥをぐったりになるまでくすぐった。
「でも、勝負は明日にしない? 今日は実技試験で魔力を使いすぎたから疲れちゃって」
「わ、わたしも、それに賛成……です……」
「確かに、それだとハンデが生じてしまうな。じゃあ勝負は明日にするか。それでいいか? アクア」
「うん。私はみんなに合わせるよ」
「ありがとう〜!」
区切りが良いタイミングで店員がタレが染み込んだ厚切りの牛ハラミと、鮮やかなピンク色をしたネギ塩牛タンなど、注文していた品が続々と運ばれてきた。
焼く前からすでに口の中はよだれでいっぱいだ。
「んじゃ、この話はまた後にして。いまは打ち上げを楽しむか!」
「「「うん!」」」
全員明日の勝負に向けて、交流を深めながら満腹まで食べ続けた。
★
打ち上げから翌日。午前10時。フリル、エルルゥ、フリーズ、アクアのよにんは防衛塔のフロア3階に集まっていた。
ここはジムや実戦に向けた鍛錬に関する受付場で、魔術を交えた実戦をおこなうにはまずここで手続きをしなければならない。扉を開き、早速なかへ入る。
なかは新しく造られた市役所のように綺麗なオフィスで清潔感が保たれている。ぐるりと見渡すとガラス板が貼られ、プレートに受付場と書かれたコーナーが。そのなかでは受付担当をしている従業員が座っており、思わず目が合ってしまう。
「おはようございます。なにかご用でしょうか?」
「あのっ、私達、魔術を交えた実戦をおこないたくてここに来たんですけど……」
「ああ、演習場のことですね? いまのところ全て空いていますが、いかがなさいますか?」
「ええっと……」
「あ! もしかして新人さんでしたか?」
「そうですね。ここを利用するのは初めてです」
「これは失礼致しました! では簡単に手続きの仕方を私が説明をさせていただきすね?」
「あ、ありがとうございます……!」
「ここ3階はジムトレーニングや演習場を使用するための専門フロアになっておりまして、使用するためにはまず受付コーナーで手続きをしないといけません」
手続きをしないとジムや演習の使用が出来ないということ。つまり、使用したければまずここで手続きをしないといけない。
「次に、あそこに置いてあるタッチパネルを見ていただけますか?」
従業員の人がフリル達の向いている反対側に指を向ける。
そこにはハイクオリティな作りを感じさせる50個以上のタッチパネルが取り付けられていた。
従業員の人もわざわざ事務室から出てきてくれて、フリル達と一緒に操作方法を教えてくれた。
「まず画面をタッチすると、このような項目が表示されます」
項目には以下のことが表示されていた。
・使用目的
・使用人数
・使用時間
そして項目ごとにタッチすると入力をする画面が表示されるとのこと。試しに使用目的の項目をタッチしてみる。
すると、『ジム』と『演習』の二つの選択肢が表示され、使用するほうにタッチして『次へ』を押すよう指示が表示される。
「使用目的は『ジム』か『演習』の二つしかないから、どちらかをタッチするだけでオーケー。もし両方を使用する場合は両方ともタッチして『次へ』ボタンを押せば大丈夫だからね」
どうやらジムと演習の両方を選択することも可能らしい。その場合は使用時間が重ならないよう調整しなければならないが。今回は利用が初めてということと演習しか使用しないため、すぐに理解してもらうためにも余計な説明は割愛させていただいた。
「使用目的が済んだら、次は使用人数だね」
使用人数、使用時間は付属のタッチペンで記入する形となっているらしい。
代表してフリルが記入。使用人数は4人、使用時間に関しては特に決めていなかったが、とりあえず2時間と記入した。これで画面に表示されている3項目を全て埋め終わった。
「全ての項目を埋めたら右下にある『登録』のボタンを押していただいて」
最初のときには表示されていなかった『登録』ボタンをタッチ。すると画面には『カードキーをかざしてください』と表示される。
「そしたらここに、みんなが入隊したときに渡されたカードキーをかざしてください」
それはミラが寮の案内で渡してきた防衛隊専用のカードキー。それは部屋に入る際に必要なカードで、ホテルと同じカードキーの役割がある。
「このカードはその人が防衛隊の一員であることを証明するカードキーだから、みんなの個人情報も取り込まれているの。だからここにカードキーをかざすだけで、誰が使用しているのかすぐに分かるシステムなのよ」
当然だが、同じカードキーを使って二人目として認識させることはできないようになっている。嘘の情報で手続きをさせない防犯対策もしっかりと完備されているようだ。
全員のカードキーをかざし終えると『認証が正常におこなわれました』と表示される。そして新たに、『演習場9にお進みください』と表示された。
「これで手続きは完了よ。あとは画面に表示された演習場に向かえば大丈夫だから」
今回で言えば演習場9の扉があるフロアに向かえばいいとのこと。演習場9は5階にあるため移動が必要になる。
「ちなみに終了時間の10分前になったら退室のアナウンスが流れるから、すぐに退室をするようお願いね」
「「「はい!」」」
もし演習場9を予約しているものがこの後いる場合、そのものに演習場を明け渡さないといけなくなる。
手続きの流れを理解したフリル達は従業員さんにお礼を言い、演習場9の扉がある5階へと向かった。
★
5階に着き、演習場9と表示された扉を開きなかへと入る。部屋の奥にはさらに扉が1枚建てられており、その扉は入隊試験のときに見たものと一緒だった。
試しに開けてみると、なかは予想通り混沌の世界が広がっている。
その不気味さにどうしても最初は躊躇してしまったフリル達だが、入隊試験の経験と先ほどの従業員の親切さを信じて、緊張しながらもなかへと進んでいった。
––––––そして全員、虚を突かれたように驚く。
混沌の世界を抜け出したかと思えば、視界に広がったのは見慣れた都会の風景だったから。
「ここってもしかして……東京⁉︎」
目を疑ったが、そこは確かに多くのビルがそびえ立つ都会––––––東京渋谷。
人工的に創られたステージだからか、フリル達を除いて誰ひとりと街を歩いていない。
この原理は実技試験でおこなわれた迷い森と同じなのだろう。
念のために悪魔がいないか確認してみるが、いる気配はない。
「……すごいな。こんなバカ広い場所をアタシ達が占領できるってことか」
「そうなるね。まるで私達だけが日本に住んでいるみたい」
「ちょっと不気味……。なんか、みんないなくなっちゃったみたいで……」
全員が人のいない街を見てあっけらかんとしている。
人工的に創られたステージであることは頭の中では理解しているが、やはりそこに身を置かれると心寂しく感じてしまうのは、それだけこの仮想空間がリアルに創られているからだろう。心の中心部分にぽっかりと穴が空いたような感覚にさらされる。
「さぁみんな! せっかく演習場を借りたんだから、気合いを入れて始めよう!」
重くなりつつありそうだった空気を、明るく元気な声で払拭してくれたのはフリル。
「なんだよフリル。随分とやる気満々じゃねぇか」
「もちろん! ふたりに勝って、私達の実力を認めさせてあげるんだから!」
フリルの燃え盛る闘志につられ、他のさんにんにも火がつき始める。
「そうだね。フリルちゃんの言う通りだ。気合いを入れ直さないと」
「う、うん!」
ここにいるよにんは遊びにきたわけではない。互いの実力がどれほどのものかを確かめるためにここに来ている。時間も限られているため、改めて全員が気合いを入れ直した。
「勝敗の決着はシンプルにどちらかがギブアップをするかで決めよう。魔術と体術も好きに使ってかまわない。なにか質問があるやつはいるか?」
ルール説明に関して誰も質問することはない。相手をギブアップさせるためならば自由に手を使ってもいいというシンプルなルールだからだ。
「開始の合図はどうする?」
「んじゃ、これ使うか」
フリーズは地面に落ちていた小枝を拾う。
「これを今から上にぶん投げる。そんで、地面に落ちたら開始の合図っていうのはどうだ?」
「うん、それでいいよ」
アクアとエルルゥもうなずく。
「んじゃ、投げるぞ」
小枝を上に投げたフリーズ。小枝はくるくると回転しながら宙を舞い、一定の速度で落ちていく。そして––––––。
カランッ。
フリルとエルルゥ、フリーズとアクアの両チームとも落下した小枝の音と共に後方へと引き、相手と距離を保つ。
「【
すかさずフリーズが無駄のない動きでフリル達に杖を向け、ブロック状の氷をそれぞれに放つ。
「【
それを正面からぶつかり合うようにエルルゥが杖から炎の球を放つ。
ぶつかり合う氷と炎。互いの放った魔術は水蒸気を発生しながら相殺され、打ち消された。
「へっ、やるじゃねぇか」
「ふふん、このぐらい当然よ!」
「すごいすごぉーい! エルルゥちゃんありがとう!」
飛び跳ねるように喜びで満ち溢れているふたり。
「油断大敵だよ? 【
「!」
その隙を突いたアクアが水蒸気を利用して魔術を使用。なかからは鉄砲玉のように小さな水弾が凄まじいスピードで放たれ、ふたりを襲う。
「うわぁ‼︎」
「きゃああああッ‼︎」
水蒸気で視界が薄れていたのもあり、攻撃への反応が遅れてしまったふたりは弾を直撃し後方へと倒されてしまう。ダメージはそれほど大きくないため、なんとか立ち上がる。
(い、いまのは……っ!)
フリルはこのとき、アクアが放った『
それはフリーズとエルルゥの魔術がぶつかり合ったとき。
氷と炎という正反対の属性がぶつかり合い魔術は確かに消滅した。––––––だがそのとき、氷という固体が溶け、水という液体に変化したものをそのままアクアが『
その無駄のない連携に反応が遅れ、水鉄砲(ウォーターガン)をくらってしまったのが真実。決してかわせない攻撃でもなかった。
「エルルゥちゃん」
「うん。氷と水……ふたりを同時に相手にするのは避けたほうがいいわ」
どうやらエルルゥもその真実に気づいたらしい。
氷と水は表裏一体のため、連携攻撃を可能としてしまう。ただでさえ息がぴったりな姉妹。魔術までも連携されてしまえばこちらに勝ち目はない。
姉妹相手に対してどう戦えばいいのか。その対策について、ふたりの考えていることは一緒だった。
「エルルゥちゃん、二手(ふたて)に分かれるよ!」
「うん!」
フリルとエルルゥが左右に分かれてどこか遠くへと移動し始める。
「……ああ? なんだ? 逃げるのか?」
「ううん。多分違うよ、お姉ちゃん。ふたりは私達を引き離すためにばらける作戦を取ったんだと思う」
「なるほど。アタシ達ふたりを相手にするのではなく、タイマンで勝つっていう戦法か。悪くねぇ作戦だ。––––––が、舐めてもらっちゃ困るな」
フリーズが自分の手のひらに拳を強く打ちつける。
「お姉ちゃんはどっちにつく?」
「アタシはフリルにつく。アクアはエルルゥを頼んだ」
「うん、オッケー!」
姉妹はあえて作戦に乗っかり、各自決めたターゲットを追いかけた。
★
(うぅ〜。ひとりになっちゃったぁ……。怖いよぉ……っ!)
とある建物のなかで、涙目になりながら息を潜めているのはエルルゥ。
姉妹ふたりに勝つ作戦とはいえ、ひとりで相手をしなければならない状況は正直乗り気じゃなかった。
エルルゥはひとりで堂々と戦える器ではないことを自分自身でも理解している。誰かが傍にいてくれないと身も心も不安になってしまう、まさに子供だった。
フリーズの攻撃にすぐさま対応できたのは、傍にフリルという味方がいてくれたこそできた行動。あれがひとりだったなら、おそらくできなかった。恐怖で身震いしてしまい、まともに魔術を発動すらできなくなってしまうのである。
そしていまの状況はエルルゥにとって最悪な展開。相手にしているのがいくら防衛隊の仲間とはいえ、ひとりで戦わないといけないという状況そのものがエルルゥの行動力、判断力、決断力を鈍らせてしまう。
(わたしひとりじゃ絶対に勝てない……。アクア先輩強そうだもん……っ!)
フリーズの溶けた氷を利用した応用力と冷静な判断力。それをすぐに実行できる行動力。たった一場面を見ただけで自分より格上の相手だということを肌で感じてしまった。
フリル達にくらわせた【
(絶対無理!! わたしなんかがアクア先輩に勝つなんて絶対に無理だよぉ! このまま隠れてフリルと合流できるのを待っていたほうがいい! あ、でもそれじゃあ作戦の意味がないか……。しかも相手はフリーズ先輩だし、もしフリルが負けたりしたら…………)
「エルルゥちゃ〜〜〜ん♡」
「はひぃぃぃッ⁉︎」
近くから聞こえてくるアクアの声にビクッと反応し、全身に鳥肌が立ってしまうエルルゥ。思わず声を口にしてしまい、慌てて両手を口に当てグッと押さえ込む。
「かくれんぼするのはいいんだけど、これだけ広いと探すのが大変だからさ〜。できれば出てきて欲しいんだけど〜」
キョロキョロしながら探す素振りを見せていることから、どうやらエルルゥの隠れている場所には気づいていないらしい。
「もし出てこないなら、大技をかましちゃうよ〜?」
(大技⁉︎ 大技ってナニッ⁉︎ アクア先輩の大技って絶対ヤバイやつでしょ‼︎ そんなのやられたらわたし死んじゃうよー‼︎」
隠れ続けても恐怖からは逃れられないことを悟ったエルルゥはさらに絶望。
いますぐにでもフリルが駆けつけてくれたら勇気を貰って戦う意志も芽生えてくるのだろうが、相手はアクアの姉であるフリーズ。そう簡単に勝たせてもらうことは難しいはず。
やはり消去法的にエルルゥひとりでアクアに勝つしか方法はない。
もしフリルが負けて、フリーズがアクアと合流すればそれこそ勝ち目はゼロになる。アクアがエルルゥを探すのを面倒だと感じ、フリーズのもとへ向かわれるのも最悪の展開だ。
(やっぱり、わたしがやらなきゃ……っ!)
フリルの喜ぶ顔が頭に浮かぶ。不思議とその笑顔からは勇気と安らぎをもらい、心が落ち着くのを感じる。
(フリルのためにも、わたしがやらなきゃいけないんだ!)
実技試験のときはフリルに頼りっぱなしだった。あのときの悔しさは鮮明に覚えている。自分が防衛隊になれたのはフリルのおかげ。どう恩返しをしたらいいのか分からないほどに、フリルには感謝をしている。
そのお返しをするなら、きっといまだ。
エルルゥは大きな深呼吸を何回もする。回数を重ねていくうちに全身の緊張が徐々にほぐれいく。
だが全身から緊張が無くなることはない。それでも、深呼吸をする前に比べたら大分体が軽くなったような感じがした。
エルルゥはもう一度フリルの笑顔を思い浮かべ、心を落ち着かせる。
そのまま杖をギュッと握り、キッと強い覚悟を瞳に宿した。
––––––。
––––––。
––––––。
(う〜ん、エルルゥちゃん見つからないなぁ……。大技かますって脅しちゃったけど……どうしよう?)
エルルゥを探し続けて15分。仮想空間の東京とはいえ、これだけ広いと探すのも一苦労。ましてやエルルゥのように小柄な子が隠れているとなると余計にだ。
あごに指を当て、う〜んと首を傾けながら悩むアクア。––––––そのときだった。
「!」
背後からなにかが迫ってくる気配を感じたアクアはとっさに振り向く。
視界に映ったのは、こちらに一直線に向かってくる複数の炎の小鳥。
(1、2……全部で9匹)
炎属性からして、その小鳥達はエルルゥの魔術によるもので間違いないことを確信したアクア。慌てず冷静に、小鳥達に杖を向けて迎え撃つ。
「【
1発ずつ、着実に小鳥達を撃ち抜いていくアクア。小鳥達から約80メートル離れているというのに、一発も外さずに狙い落とせるその魔術のコントロール力は圧巻のものだった。
上級の魔術師でさえ50メートル先の的を当てるのが難しいというのに。
「あはは! なんか射的みたいでおもしろ〜い!」
味わったことのない新感覚に心浮き立つアクア。その隙をエルルゥは見逃さない。
「油断大敵よ!」
「んんん?」
エルルゥは隠れていた建物の隙間からすぐさま現れ、アクアの背後を取った。
すかさず杖の先端を向け、魔術発動のモーションに入る。
「【
しかし。
「おっと、させないよ?」
「なッ!?」
アクアが目で追えぬ体術さばきでエルルゥの杖を片手で握り、先端を無理矢理上空へと向けさせる。
【
(うそでしょ⁉︎ なんて速い動きなのよ……ッ!)
エルルゥはアクアのことを少しだけみくびっていた。魔術の実力はすごくても、体術のほうはそこまで得意ではないだろうと。それは見た目の可愛さだけで判断してしまったエルルゥの最大のミスだった。
「驚いた? 私は体術もそこそこ得意なほうなんだよ?」
「くっ!」
「あとエルルゥちゃん、さっき私に油断大敵って言ったけど、私は1ミリも油断なんかしてないよ?」
「⁉︎」
「わざとそういう風に見せたのは、こうしてエルルゥちゃんをおびき寄せるため。見事に引っかかっちゃったね」
「そ、そんな……」
「もう杖を防がれたらなにもできないでしょ? これで、私の勝ちだね」
アクアが自身の杖の先端をエルルゥに向ける。まさにチェックメイト。
「…………ふっ」
「ん?」
エルルゥがニヤリと薄く笑みを浮かべる。その目は、まだ勝利を諦めていない目だ。
「いいえ。引っかかったのはアクア先輩のほうよ」
「えっ?」
アクアの背後から勢いよくなにかがこちらに向かってくる。それは1匹の炎の小鳥。
(あれは、エルルゥちゃんの⁉︎)
「そうよ。こういう状況のために、1匹だけ待機させておいたのよ」
(待機……⁉︎)
アクアは思い返す。それは最初に攻撃してきた【
『1、2……全部で9匹』
(あのとき本当は10匹用意していて、1匹はこのときのためにとっておいたということね!)
「いまさら気づいても遅いわ。今度こそチェックメイトよ!」
アクアが【
形勢は逆転した。
「……仕方ない」
「え?」
アクアが軸足に力を入れ、足を肩幅まで開き始める。体勢が整うと、軸足を中心にぐるぐるとエルルゥごと回りだした。
「え、えっ、ちょっ、うわっ、ええええええええええ⁉︎」
体が宙に浮いてしまい、されるがまま回転し続けられるエルルゥ。なにがしたいのか皆目検討もつかず困惑。
側からみれば、それはまるで砲丸投げをしているような絵面だった。徐々に回転の勢いが強く増したところでアクアはようやく口を開く。
「ちゃんと、自分のペットの面倒は、見てあげないと……ね‼︎」
アクアは遠心力を最大限利用し、エルルゥを【
「うわあああああああああああああああああああ⁉︎」
空中に飛ばされたエルルゥは身動きが取れず、一直線に【
「うわぁッ!」
接触したことにより飛ばされた勢いは止まったが、その分ダメージを負ってしまいそのまま落下してしまうエルルゥ。
「おっと」
それを着地点でまで走り込んだアクアがお姫様抱っこでキャッチ。地面への直撃を防げたことに安心したアクアはエルルゥに心配の声をかける。
「エルルゥちゃん、ごめんね⁉︎ 大丈夫だった⁉︎」
見た感じ、エルルゥは軽症の火傷で済んだようだ。これはエルルゥ自身が炎を操る魔術師だから炎に対して多少の耐性があったからこそ。他の魔術師だったら火傷のダメージはもうちょっと酷かったであろう。
「……うっ……うわあああああああああああんッ‼︎ イタイよぉ〜‼︎ ヒリヒリするよぉ〜‼︎」
「あわわっ! ごめんね、ごめんね⁉︎ 痛かったよね⁉︎ もう大丈夫だからね! えぇっとえっと……! あ、イタイのイタイの飛んでけ〜〜〜っ!」
自分がしたこととはいえ、ここまで泣きじゃくるとは思わなかったアクア。戸惑いながらも子供相手に乱暴をしてしまったことを深く反省した。
アクアは自身の魔術を使ってエルルゥの火傷の部分を水で冷やす。
こうしてアクアは、エルルゥが泣き止むまでしばらく慰め続けることになった。
––––––勝負はついた。
紅炎の魔術師エルルゥ 対 水鬼の魔術師アクア。
勝者––––––水鬼の魔術師アクア。
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