第四話 実技試験①


 東京都新宿にある光沢ガラスで覆われた巨大な建物。その1階フロアでは300人を超える大勢の人達で賑わっていた。

 そこは防衛隊のもの達が活動の拠点となる『防衛塔』で、関係者以外立ち入りが禁止されている。

 そんな場所に現時点で防衛隊ではない大勢の人達が入室を許可されているのは、彼ら彼女らが魔術師免許を手にしたばかりの入隊希望者だからだ。

 難関の国家試験に合格し、自分達がこれから立派な防衛隊として活躍している姿を思い描き、このフロアは賑やかで耐えない。

 そんなとき、階段の上にひとりの青年男性が現れる

「今年の入隊希望者は随分と元気な人が多いね」

 男性が声を発すると、先ほどまで賑やかだったフロア内も一瞬にして静まり返る。

「みんなおはよう。エンペラーシックスの一人、『ユース・リフレクト』だ」

「きゃー! 見てみて! リフレクト様よ〜♡」

「うんうん! テレビで見るよりもずっと素敵ね〜! かっこいい〜♡」

 リフレクトの登場に黄色い歓声をあげ始める女子達。

 リフレクトは整った顔立ちにサラサラの白髪、さらにモデルのようなスタイルの良さに人々から憧れの的であり、非常に人気者だ。白いマントを羽織り、腰には二本の剣。勇者の姿として様になっている姿がより魅力を引き出している。

 先ほどまでは女子達だけが惚れぼれとしていたが、男子達もその魅力に目が奪われてしまっている。強くてイケメンのリフレクトは男子からの憧れの的でもあった。リフレクトが話し出すとフロア内は再び一斉に静まり返る。

「えー、ここに集まっている350名は見事難関の国家試験を突破した優秀な人達であることは間違いないことだと思う。僕としてもこれだけの入隊希望者が集まってくれたことに大変嬉しく感じているよ。みんな、改めて合格おめでとう」

 拍手を送りながら告げるリフレクト。すると、今度は少しだけトーンを低くして話し出した。

「でも残念ながら、君達はまだ正式に合格をしたわけではない。いまから行われる『実技試験』に合格したもののみが真の合格者になることを、この場を借りて伝えさせてもらう」

 フロア内がざわめく。無理もない。ここにいるのは国家試験に合格したものだけが集まっており、それぞれ証拠となる合格書だって持っている。

 それなのに合格をしたわけではないと言われたら疑問の声が上がるに決まっている。

「あ、あのぉ〜、まだ合格したわけではないって、どういうことでしょうか? 私達はすでに合格していると思うのですけど」

 ひとりの女性が合格書を開示してその証拠を示す。

「うん。確かに君は『筆記試験』は合格しているようだね」

「……え?」

「君達が合格したのはあくまでも筆記試験。防衛隊に所属するには、筆記試験の他に実技試験にも合格しないといけないんだ」

 フロア内がさらにざわつく。多くの声で上がったのが『そんなのどこにも書いてなかった』だ。

 それを耳にしたリフレクトは真実を明かす。

「その通り。実技試験に合格しないと防衛隊に入隊できないという注意書きはどこにも記されていない。というより、わざとそうしている」

 初めて知った真実にフロア内は静寂へと包まれる。みんな、どうしてそんなことをする必要があるのか気になって仕方がない様子だ。

「そこの君」

「えっ、俺……ですか?」

「そうだ。いきなりだが君に一つだけ問う。君はどうして防衛隊に入ろうと思ったんだ?」

「そ、それは……えっとぉ…………あ、悪魔を倒すためっていうのと、給料が高いから……ですかね」

「うむ。じゃあ次はそこの君」

「わ、私ですか⁉︎ えっと、私は正直……悪魔を倒す仕事って、なんかヒーローみたいでかっこいいなぁ〜って……!」

「そうか。じゃあ最後は……君に聞いてみようかな」

 最後に指されたのは銀髪ロングの綺麗目な女性。

「ハッ。んなの、悪魔を殲滅させるために決まってんだろ」

 一切迷うことなく、堂々とそうはっきりと告げた女性は随分と強気な姿勢だ。

「さっすがお姉ちゃ〜ん! まっ、アクアも同じ気持ちだけどね。私達姉妹にかかれば悪魔なんてちょちょいのちょいだよっ☆」

 続けて声をあげたのは同じく銀髪の女性。先ほどの強気な女性とは真逆のショートボブで性格もお茶目そうだ。

 そして発言内容からして、ふたりは姉妹のようだ。

「うん、素晴らしい! それでこそ防衛隊だ」

 望んでいた回答を姉妹から聞き、満足気のリフレクトは称賛の拍手を送る。

 それはまるで、他の人も姉妹を見習えと言っているかのよう。リフレクトは全体と向き直してから話し出す。

「まぁ、色んな動機を持っている分には一向にかまわない。だが忘れないで欲しいのは、防衛隊は悪魔を殲滅させることが主な活動であるということ」

 全員の視線がリフレクトに惹きつけられる。

「君達はこれから命を張って悪魔と戦い、人々を守っていかなければならない。その為に必要なのが、悪魔と戦えるだけの実力というわけだ」

 真剣な眼差しで告げるリフレクト。その圧倒される真面目な顔つきの迫力に全員が固唾を飲む。

「確かに魔術師としての知識は必要だ。知識がなければ実力を身につけることはできないからね。つまり国家試験に合格した君達は、最低限の知識と実力はあるということになる」

 国家試験に合格するほどの知識量はもちろんのこと、魔法教育機関ではある程度の実技も習う。魔法教育機関を卒業しているだけで最低限の実力は保証されている証明でもあるのだ。

「じゃあ、その最低限の実力を最大限に引き伸ばすにはどうしたらいいと思う?」

 そう問われるが、全員分からない様子。

「答えは一つ。––––––『実戦』だ」

「実戦?」

「そう。これは世の中の全てにおいて言えることだ。挑戦して、失敗して、それでも挑戦し続ける。そういう多くの挑戦が自分を高みへと連れて行ってくれる唯一の道だ。もちろん闇雲にやっていても意味はない。失敗したときには原因を突き詰める試行錯誤が必要だ。そこで頼りになるのが知識ってわけだね」

 つまり知識というのは挑戦をしたときの失敗を成功へと導くために役立つものであるということ。

「しかし、そうは言っても生きるか死ぬかの戦いに挑戦しろというのは無理な話だ。だから僕から君達に言えることは防衛隊に入ってからは己のスキルを高め、または生み出し、実戦レベルまで努めるようにしてほしいということだ」

 リフレクトいわく、防衛隊には実戦レベルで鍛錬ができるシステムが備わっているとのこと。

 これは生身の人間、ましてや防衛隊の人達に負傷させることがあってはならないという配慮のうえらしい。もちろん同じ防衛隊のもの同士で戦うことも許可されている。

「防衛隊は過酷だ。弱い悪魔もいれば、強い悪魔もいる。君達はそんな多種多様の悪魔と戦わないといけない。––––––例えば」

 リフレクトが一瞬にして姿を消す。

「‼︎」

 現れた場所は姉妹の目の前。

 そして気づいたときにはもう遅い。すでに二人の首元はリフレクトの剣で捉えられていた。

 首元に伝わる剣のひんやり感が、彼女達の青ざめた表情をより一層濃くさせる。

(ウ、ウソだろ……⁉︎)

(全然……見えなかった!)

 ゴクリと唾を飲み込む姉妹。

 これだけ大勢の人達がいるのにもかかわらず、まるで誰もいないかのような静寂さ。

 リフレクトの緊張感伝わるお披露目に全員の空いた口が塞がらないでいるためだ。

 リフレクトは全員に見せつけたタイミングで剣を鞘にしまい、姉妹と向き合う。

「いやぁ、ごめんごめん。これ毎年やっていることで今年は誰にしようか考えていたんだけど。君達が印象深かったからつい」

 後頭部に手を当て「あははっ」と誤魔化すように笑うリフレクト。

 しかし、そんな子供騙しで全員が青ざめた顔色を元に戻ることはないし、場が和むこともない。

「とまぁ、いきなりで驚いた人も多いかもしれないけど、ここで僕が言いたことは、さっきので二人は死んでいるってことだ」

 さらに青ざめるフロア内の人達。

「先ほども言ったが弱い悪魔もいれば強い悪魔もいる。弱い分に関しては問題ないが、問題なのは強い悪魔はとことん強いということ」

 仮にここにいる合格者全員が姉妹と同レベルだとしたら、防衛隊はリフレクト一人に全滅させられるということになる。

 協力すれば勝てるとかそんな次元の話ではない。

 相手の動きに反応出来ていない時点で結果は見えている。

「ここまで聞いて自分の無力さに絶望している人もいるかもしれない。でも大丈夫だ。実戦を重ねていけば相手の動きには慣れてくるものだからね」

 国家試験に合格し、浮かれていた人達は現実を目の当たりにし自信を失い始める。

 自分達は国家試験に合格したことに浮かれ、自分を過大評価していたのだと。だが現実は悪魔と戦えるだけの実力を持ち合わせていないのではないかと。自分達がいかに無力であり、愚かであるかを思い知らされた瞬間だった。

「さて、いかに実戦が大事であるかを理解してもらえたところで、早速実技試験に移りたいと思う」

 リフレクトはフロア内に置かれていた腕が一本通せるほどの大きな穴付きの箱を持ってきた。

「この箱の中には1〜12の数字の書かれた紙きれが入っている。まずはそれを順番に一人一枚引いてもらう」

 全員が引き終わったところで、今度はスクリーンを下ろして試験の内容について映し出す。

 スクリーンには円状の形をした時計のような図形が。そして中心部分にはゴール(扉)の文字が記されており、円に沿って記された各数字からはゴールに向かって矢印が引かれている。

「実技試験の内容は至ってシンプル。それぞれ数字の書かれた位置からスタートし、中心にあるゴールの扉を目指してもらう。それだけだ」

 小学生でも分かるシンプルで簡単な実技試験。いまこの場にいる全員も一切悩むことなく理解した様子。

 だがシンプルだからこそ、そこには裏があることをみんなは勘づいている。

「実技試験は僕達エンペラーシックスが開発した実技試験専用のステージでおこなってもらう。ステージは森。入り込んだら二度と出られなくなってしまう噂から通称『迷い森』と呼ばれている。その実態は入ってからのお楽しみということで、詳細は省かせてもらう」

 リフレクトはスクリーンの前に馬車が通れるほどの大きめな扉を出現させる。扉が開くと中は混沌としていて、見ていると酔ってしまいそうな不気味さが漂っていた。

「ちなみにゴールの扉は、いま出現させたこの扉と全く同じ形をしているから、見つけたら中へ進むように」

「これ、入っても大丈夫なんですか⁉︎」

「もちろんだ。毎年入隊試験の日には必ずやっていることだし、去年も行っている。だが毎年、数名の受験生が亡くなっていることも伝えておこう」

「え⁉︎ 死人も出ているのですか⁉︎ 試験なのに⁉︎」

「なにを言う。命を懸けられないものに防衛隊が務まると思うかい?」

「うっ……」

「この際だから言っておく。この実技試験はある意味で実戦レベルに構築されている。ゴールに向かう途中、その妨害策として試験専用の悪魔も用意してある。悪魔達には君達を妨害するようプログラムされているから上手く逃げるなり、殺すなりして突破するように」

 やはり、そう簡単にゴールへと到達させてくれない仕組みらしい。

 途中で妨害してくる悪魔をいかに対処できるかが合格への別れ道となりそうだ。

「ちなみに扉のなかへ入った瞬間、各自引いた番号のゲートに出現するようできているから、後は心の準備ができ次第、各自スタートしてくれ」

 それはつまり、扉を抜けた瞬間が試験開始の合図ということ。

「この試験は基本的に個人の能力を試す試験となっているため、1〜12の数字を引いた魔術師1名ずつを1グループとし、前のグループがスタートしてから5分後に2番目のグループ、2番目のグループがスタートしてからその5分後に3グループ目がスタートといったように時間をずらしておこなう」

 確かにここにいる350人の魔術師が一斉スタートとなる場合、スタート時点で数字ごとに魔術師の約29名が固まって試験に臨むことが可能になってしまう。

 個人の能力を測ることが目的ならば、時間をずらすのは当然のことだと言える。

 しかしこのやりかただと、スタートした人が次のグループが来るのをその場で待つという方法も取れてしまうが……。

「ちなみに制限時間はスタートしてから2時間。ゴールまでの距離はあえて言わない。もし制限時間内にゴールできなかったものは失格になるから気をつけるように」

 どうやらその辺の対策も取っているらしい。

 誰かを待つという選択を取れば制限時間に間に合わないよう計算されているのかもしれない。

 たかが5分。されど5分。1秒でも間に合わなかったら失格となるこの試験は時間を大切にしたほうが良さそうだ。

 試験のルールをまとめるとこんな感じか。



 ・各自引いた数字のゲートから中心のゴール(扉)を目指す。

 ・途中、悪魔が妨害してくるため上手く対処する。

 ・制限時間はスタートしてから2時間。



「試験のルールは以上だ。なにか質問がある人はいるかな?」

 死が隣り合わせの実技試験。すでに異様な緊張の空気に包まれているなか、赤髪の小さな女の子が控えめに手を挙げて質問をする。

「あのっ、もし途中でリタイアをしたくなったらどうすればいいでしょうか……」

「そのときはその場で挙手をしてもらい、試験をリタイアすることを宣言してくれ。そのものはその場で失格とし、すぐさま試験監督が救助に向かう」

「わ、わかりました……!」

 そのような質問をするのは、死ぬぐらいだったら不合格になったほうがマシという心の弱さの裏返しか。

 この実技試験では毎年死者が出ていることを公言していた。それが事実ならば、ここに集まった350名のうち何名か死んでもおかしくないということになる。

 もしかしたらそれは自分かもしれない。

 その可能性が誰にでもあるからこそ、ほとんどの人が身を縮めて怯えてしまっている。命の危険性がない筆記試験に比べたら、この実技試験は相当シビアなものであることは間違いない。

 フロア内では最初の楽観的賑やかさに比べて、いまは人が変わったように怯えて静まり返っている。

「面白ぇじゃねぇか! 要はとっととゴールへ向かえばいいんだろ?」

 そんな静寂を打ち破ったのは先ほどの綺麗目な銀髪ロングの女性。

「簡単に言うとそうだね」

「へっ! シンプルでいいじゃねぇか。とっとと試験を始めさせてくれよ!」

 怯えている素振りを全く感じさせないどころか、むしろやる気満々な姿勢に周りは尊敬の眼差しを向けている。

「そうそう。どのみちこの試験を突破しないと次に進まないわけだしね。ぱぱっと終わらせちゃおうよ!」

 姉に続き、ショートボブの子も威勢の良さを見せる。

「ほぉ? 君達はこの試験が全く怖くないようだね」

「命を懸けられないようじゃ防衛隊は務まらないんだろ?」

「……フッ。その通りだ」

 リフレクトが期待の眼差しを姉妹に向けて微笑む。今年の受験生のなかに既に頼もしい逸材を見つけられたことに嬉しく感じたのだろう。

 ふたりの秘めた実力を楽しみにしつつも、リフレクトは改めて全員と向き合って告げる。

「ではこれより、防衛隊の入隊試験を始めようと思う。自分の力を精一杯出し切って、悔いのないよう試験に臨んでくれ。全員が無事に合格できることを、僕達エンペラーシックスは願っている」

 リフレクトは受験生全員の健闘を祈ったあと、試験開始の合図を高らかに宣言した。

「––––––それでは、試験開始だ!」

 先着順で1〜12の数字を引いた魔術師の1グループが、扉のなかへと進んで行った。

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