本人がそう思ったらそう

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今回のブラックユーモア焙煎度

苦味:★★★★

重量感:★★★

強い酸味:★★★★

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私の名前は千佳。小学6年生。

あみちゃんという物静かで大人しい友達がいる。

小学3年生の時に転入してきて、それからずっと友達。


ある日。あみちゃんがまた教科書を忘れた。

あみちゃんはおっちょこちょいで、よく忘れ物をする。

私は隣の席なので教科書を真ん中に置いて広げる。


「あみちゃん。また教科書忘れたんだ。私の教科書見せてあげるから、一緒に見よう」

ニコッと笑顔で微笑むとあみちゃんはコクリと頷いた。


次の日。

あみちゃんは学校を休んでいた。

普段、学校を休まないので私は心配した。


「みなさん。残念なお知らせがあります」


先生は教室に入るなり、神妙な面持ちで言った。

教室がなになに、と騒めき立つ。


「このクラスでいじめが行われています。いじめられているのは田崎 亜美さんです」


えっ! あみちゃんいじめられていたの?

だれだ! いじめたやつは?

いじめをするなんて最低


みんなが口々に言う。

私もあみちゃんがいじめられていたのは知らなくてびっくりした。


「みなさん。静かに。田崎 亜美さんは、島崎 千佳さんにいじめられていると言っています」


えっ!? 私!


みんなが一斉に私を見る。

その目はとても冷たく視線が刺さるように痛い。


私は鼓動が早くなり頭の中が真っ白になっていく。


「私じゃありません」


私は立ち上がり、先生に抗議した。


「はい。静かに。座ってください」


先生は高圧的な態度で言う。


「でも」


否定しないと。

私は負けじと食い下がる。


「座ってください」


冷たい目線。先生はそびえ立つ山のように見下ろしてくる。


「本人がそう思ったらそう」


本人がそう思ったらそう? あみちゃんが私にいじめられていると思ったって事?


うわっ、ちかがいじめてたのかよ

あいつ生徒会長やっているのに最低だな

仲良さそうに見えていじめていたなんて


みんなの言葉が私の心をえぐる。


「みなさん静かに。目を瞑って顔を伏せてください」


私達は先生の言う通りに目を瞑って顔を伏せる。


「島崎 千佳さんが田崎 亜美さんをいじめていた場面を見たという人は手を挙げてください」


何その質問。

私はあみちゃんをいじめていない。

誰も手を挙げないはず。

お願い誰も手を挙げないで。

目をぎゅっと瞑って心の中で祈る。


しばらくの沈黙の後。


「はい。分かりました。みなさん手を下ろしてゆっくり顔を上げてください」


私は顔を上げてみんなを見渡すようにキョロキョロと視線を動かす。


「島崎 千佳さん。みんなが手を挙げていました」


「ちょっと待って。私、いじめてない」


私は語気を強めて反論する。


「俺見たぜ。お前がいじめているの」


クラスの男子が言い出す。


「どこで? いつ」私は顔を真っ赤にして言う。


「昨日だよ。お前あみに『また教科書、忘れたんだね』ってバカにしてただろ」

「違う。それは、あみちゃんに教科書を見せてあげようと」

「島崎 千佳さん」


先生が大声を出す。


私はビクッとなり身体を縮こませて「……はい」と涙声になりながら答える。


「本人がそう思ったらそう」


本人がそう思ったらそうって。そんなの無茶苦茶よ。


俺も見たぜ。いじめてるの。あれは給食の時間

私も見ました。あれは放課後の時間です

僕も


俺も私もとみんなが一斉に刃を向けた。

ひどい。私はいじめてなんかいないのに。

私はどうしようもない感情が押し上げて来て、嗚咽と共に涙が流れてきた。


「島崎 千佳さん。泣けば許されると思っているのですか。泣きたいのはあなたがいじめていた田崎 亜美さんですよ」


先生の言葉でダムが決壊したように私は声をあげて泣いた。


「ラチがあきませんね。ご両親にも連絡をします。後で来てもらうので、それまで保健室で休んでいなさい」


そう言われて教室から出ていこうとするが、全身がどっしりと重く感じられゆっくりとしか動けなかった。


おい。さっさといけよ

このいじめっ子

あんたが出て行かないと、授業が始まらないのよ。さっさと行ってよ


スロモーションでしか動けない私に向かってひどい言葉を投げかける。


教室を出て扉を閉め、保健室に向かう。

出ていった教室からは、私を馬鹿にした話題で盛り上がり楽しそうな笑い声が聞こえてくる。


「みなさん。静かに。授業をはじめますよ」

「はーい」


放課後。

私の両親とあみちゃんの両親が学校に呼ばれた。


「この度は、娘の千佳が田崎さんの娘さん、亜美さんをいじめてしまい誠に申し訳ございません」


パパとママは亜美ちゃんの両親に会うなり頭を下げた。そこにはあみちゃん姿はない。


「パパ、ママ。私、あみちゃんをいじめてないよ」


私は頭を下げる2人にすがるように言う。


「お前は黙っていなさい」


パパが私の手を振り解く。


「でも」


「千佳。あみちゃんが千佳にいじめられているって言っているんだよね。千佳はそう思ってないけど、あみちゃんはそう思っている」


ママが諭すように言う。


「……うん」


「本人がそう思ったらそうなの」


本人がそう思ったらそうなの? 私にはワケがわからなかった。


「おい。あんたんとこの娘は自分がいじめたのを認識していないのかよ。どういう教育してるんだよ。おい」


あみちゃんのお父さんが、怒りの口調で言う。


「すいません。本当にすいません」


パパは何度も頭を下げた。頭を下げるパパを見て私の胸はギュッと締め付けられるような痛みを感じた。


「この子はいつもこんな感じなんですか先生」

「はい。この子は問題児です。周りにはよく見られるように振る舞っていますが、心の底には悪魔がいます」

「そんな。私、今まで問題なんて一度も起こした事ない」

「千佳! 本人がそう思ったらそうだ。お前は問題児なんだ」


パパは私を叱りつける。パパもママも私の味方じゃないの?


「うちの亜美はこの学校に転入して来た時からずっといじめられていたと言っています。今日もずっと部屋に籠って出て来ません。謝ってください」


あみちゃんのお母さんが涙ながらに私を睨みつける。


「誠に申し訳御座いません」


パパとママは頭を下げる。あなたも謝りなさいと言われ、私は無理やり頭を下げさせられる。


「土下座だな」

「土下座してよ」

「土下座した方がいいですね」


あみちゃんの両親と先生は私達に土下座を強要する。

私は絶対したくなかったけど、パパとママが地面に膝をついたので、私も合わせるしかなかった。


そして「あみちゃんをいじめてごめんなさい」と謝りなさい。と言われた。


私は悔しくて悔しくて涙が出てきて、拳を握りしめたまま頭を下げた。


帰宅後。


最悪の雰囲気だった。


「何であんたいじめなんか」

「……」

「お前の育て方が悪いからだろ」

「はぁ? あなたは仕事ばっかりで育児放棄していたじゃない」

「お前と結婚するんじゃなかった」

「あなたがそう思うならそうね。私もこの結婚は間違っていたと思っているわ」

「お前がそう思うならそうなんだろうな。離婚だ離婚」


2人の喧嘩はヒートアップして、物を投げ出す始末。


これは全部私のせいなの……。


プルルルルル

プルルルルル

プルルルルル

プルルルルル


家の電話が鳴った。


「はい、もしもし! ……はい。えっ! 本当ですかそれは」

電話に出たパパがただならぬ様子で話していたので、私とママは静かに様子を伺う。


「……わかりました」


電話を切りパパは私達の方を見ていった。


「田崎さんの娘さんが自殺したそうだ」




あれから、酷かった。

あみちゃんを殺したと私はニュースで報道された。


そして、住所を特定されて、いたずら電話や、家に石を投げられたり、様々な嫌がらせを受けた。


パパは出て行き、ママは私に暴力を振るうようになった。


もう、こんな人生嫌だ。

なにが本人がそう思ったらそうよ。あみちゃんだけずるい。ずるい。ずるい。ずるい。


私は学校のみんなに仕返ししてやろうと思ってみんながいる平日の昼休みに学校へ行き、屋上から飛び降りる事にした。


私が屋上のフェンスを越えた先で立っていると、それを見つけた生徒が騒ぎ出し、人が集まってきた。


「島崎 千佳さん。そんなところで何をしているんですか」


後ろから先生の声が聞こえたので、私はフェンスにしがみつき上半身と首をひねって後ろを見る。


そこには先生と数人の大人達、クラスメイトの子達がいた。


「なにって。死んでやるのよ」


大声で叫ぶ。


「なぜ死ぬのです。そんな事して誰が喜ぶんですか。みんな悲しみますよ」


「嘘よ。みんな私の事が憎いのよ。あみちゃんだってそう。私の事死ねばいいと思っているんだ」


「そんな事はありません。私もクラスメイトのみんなが悲しみます。本人がそう思ったらそうなのです」


「なによ。それ。バカみたい。そればっかりじゃない」


私は馬鹿らしくなって涙がポロポロ出てきた。


「本人がそう思ったらそうだとか言って……。そうやって、みんなが私をいじめるんだから!!」


心の叫びを腹の底から吐き出した。


「島崎 千佳さん」


先生は私を真っ直ぐに見据えて言った。


「それはあなたの考えすぎです」


私は空中へと足を踏み出した。

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