燻製男の異常な愛情

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今回のブラックユーモア焙煎度

コク深め:★★★

野性味:★★★★

スパイシーさ:★★★★

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燻製 - 食材に特有の風味を付加した保存食、またその調理法。



某日。


夫人は大きめの白い帽子を被って喫茶店に現れた。

一番奥の席に座る私を見つけると、軽く会釈をし対面に座る。

外は小雨が降っており、傘と脱いだ白い帽子から雫が数滴、地面に落ちた。


「はじめまして。木村由美です」


夫人はとても50代とは思えないほど、肌は透き通るような白さで綺麗だった。


一瞬見惚れてしまい、間が空いたが、慌てて自分の名前を名乗る。



それは一週間ほど前だった。

私は『結婚はもう結構です』というwebマガジンを連載している。

内容は実際にあった夫婦生活の問題、あり得ない出来事を記事にしたものだ。


その運営サイトに夫人からメールが届いた。


読んでみるとネタになりそうな予感がしたので、私は実際に会って話しを聞くことになったのだ。



私はボイスレコーダー、手帳、ペンを取り出しさっそく夫人にインタビューを始める。



- ご主人はどんな人だったんですか -


「どんな人……。そうですね。優しくて、いい人でした。そして愛していましたね」



- 愛していた。あなたをですか? -


「いいえ。違います。あの人が愛していたのは、燻製です」



- 燻製? あのハムとかチーズの? -


「ええ、そうです。ただ燻製にも色々種類がありまして。熱燻、温燻、冷燻。あの人は煙で燻す熱燻専門でした」



- 燻製を愛する……。頻繁に燻製を行なっていたという事ですか? -


「そうですね。元々あの人Barをやっていたんです。燻製料理をメインで提供する。私は友達と偶然そのお店に行きました。そこで出てくる料理がとても美味しくて。サクラチップを使って燻してるんですけど、芳醇な香りがして、あの人からもサクラチップの香りがするです。一目惚れでした。それで私一人でもお店に通うようになって」



- なるほど。それで恋に落ちたと。恋はサクラチップの香りというわけですね -


「……ええ……まあ、そうですね。あの人は仕事以外の時でもサクラチップの香りがしていましたね……。確かあの人のBarでプロポーズされた時です。お皿に指輪の箱が乗っていました。それであの人が「開けてみて」といって。それで開けたら中から煙とサクラチップの香りがする指輪が出てきました。あの人、結婚指輪を燻製していたんです」



- 結婚指輪を燻製!? すごい演出ですね -


「ええ。本当に。あの時はとても素敵な演出だと感動して涙まで流しちゃって。今考えれば、笑っちゃいますよね」



- 煙が目に染みた。っといった感じですね -


「……ええ……まあ、そうですね。でも結婚してから気付かされました。あの人の燻製に対する異常な愛を」



- 異常な愛とは、一体どのような -


「あの人は、なんでも燻製しないと気がすまないんです。私が作る料理も燻製しないと食べてくれなくて。それに食べ物以外も。ハンカチ、靴下、ネクタイ。仕事に行く前に必ず燻製していくんです」



- うーん。確かにそれは異常ですね -


「……はい。燻製しないとあの人はひどく取り乱して怒るんです。


『俺が優しく燻製チーズのような口当たりで言ってる間にやってくれ』

『燻製の煙が消えるが俺の怒りは消えない』

『お前と俺の関係はもうすでに冷燻だ』とか言われて」



- ひどいですね。それはモラハラ。いや燻ハラですね! -


「ええ……まあ、そうですね。それで、ある日喧嘩になった時です。『お前を燻製にしてやろうか』ってあの人に言われて。その時、あの人ハッとしたような顔になって、『……その手があったか』と言い部屋を飛び出して自室に篭り出して。私はもう限界でした。この結婚は間違っていたんだなと思い家を出ました。結婚3年目でした」



- そうでしたか。……それでご主人はどうなったんですか? -


「亡くなりました。私が家を飛び出して半年後に」



- 亡くなった!! なぜですか? -


「私のところに警察が来て事情を説明してくれました。死因は煙を吸いすぎた事による一酸化炭素中毒」



- ……それは、まさか!? -


「そうです。あの人は行き着いた先に自分を燻製にしたんです。独自で煙が大量に出る燻製装置と燻製部屋を作って。その日は装置が暴走して部屋から出られなかったんじゃないかって。警察はそう説明していましたが、私は思うんです。あの人はこうなる事を望んでいたんじゃないかって」



- 死ぬほど燻煙が好きだったんですね -


「死ぬほど……。先月、あの人の葬式に行ってきました。その時に、あの人の遺書を見せてもらったのですが。そこにはこう書いてありました。『もしも俺が死んだら燻葬にしてくれ』って。無茶苦茶ですよね。なんですか燻葬って。もちろんそんな事は無理です。ただ……気のせいですかね。あの人を火葬する時、サクラチップの香りがした気がして……。あの人、死んでも燻製が好きだったんです」



夫人はそう答えると、どこか物悲しそうな顔をした。



私はこの出来事をWebマガジンに載せる承諾を得えさっそく記事をかいた。



タイトルは『燻製男の異常な愛情』



きっと読んだ人の心が燻される記事になるはずだ。

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