第11話 彼女の後を追いかけて

 のどかな木立の続く風景の先に、小さな家がかたまって建っている集落が見えてきた。

「やれやれ、やっと一つ目の村か……」

 乗馬の疲れが溜まってきたところで、一つ目の目的地が見えて来た事にホッとする。やっと休めるという安堵した気持ちと一緒に、先行きに対するほのかな不安も芽生えた。


 ここで、少しでも手掛かりがつかめればいいのだが……。


   ◆


 私、アーノルド・ヨハンソンはこの国の第一王子だ。生まれが良い事はもちろん自覚しているが……ただ王子という地位に甘える凡愚な男と言われないよう、文武両道で努力してきたつもりだ。廷臣や貴族たちから誉めそやされるのは、決して親の七光ばかりで無いと自負してきた。そのつもりだったのだが……。

 そんな思いが慢心の原因となったのだろうか。


 私はつい一週間前、佞臣に誑かされて許嫁を廃して追放してしまった。

 最近よく顔を合わせる男爵令嬢が、私の婚約者であるヨハンナ・トーレビー侯爵令嬢にずっと虐められてきたと訴えてきたのだ。事細かに語られる酷烈な虐待の内容と、我が側近たちが揃って証言したことから私は愚かにも信じてしまった。ヨハンナとは良い関係を築いてきたと信じていたのが裏切られた思いもあって、本人の反論も聞かずに断定してしまったのだ。

 七日前、呼びつけたヨハンナを断罪した時。私は蒼白となってまともに反論できない彼女の様子を、不意に真実を突き付けられて動転したからと考えてしまった。彼女は青天の霹靂に困惑していただけなのに……。

 逆上した私はその場で婚約破棄を宣言し、ヨハンナに国外追放を命じた。家の支援も許さない、馬車を出すことも認めず国境まで行くのも自分で歩いて行けと……。

 断言する私にもはや言うべき言葉も見つからず、黙って退出する彼女が……そっと寂しそうに微笑んで、別れの礼をして踵を返したのが……荒ぶる私の胸に、不思議な棘となって突き刺さった。


 事態が動いたのはそれから五日後、一昨日の事だ。

 ヨハンナがいなくなった途端に、やたらと売り込みに来る御令嬢たちに私は辟易としていた。信じていた女の裏の顔を知らされたばかりの私が、すぐに次の相手を探すなどと何故考えるのだろうか? そんな思いでいるところへ、帰着したばかりの父王陛下から呼び出しがかかった。

 御前に伺候して、陛下に糾弾されて驚いた。先日の男爵令嬢の訴えは狂言であったと。浅はかにも短絡に王室へ接近する事を望んだ男爵と私を狙っていた男爵令嬢が、ありもしない事件を捏造していたのだ。情けないことに私の側近たちは、どいつもこいつも既に男爵令嬢に骨抜きにされて言われるがままに動いていたという。

 旅先で私の婚約破棄の知らせを受けて驚いた父が直ちに調査を命じ、急いで帰りつく頃には詳細な報告が手元に届けられた。父はそれを一読して私を御前へ呼びつけた。つまり、私が冷静に裏を取っていたらすぐにバレる程度の底の浅い企みであった筈なのに……。

「何故この程度の事も自力で解決できん! いや、それ以前にお前は何故ヨハンナを信じてやらんかったのだ!? おまえたちの十年はその程度の付き合いであったのか!?」

 父王の叱責はいちいちもっともで、私は御前に膝をついたまま顔を上げることができなかった。いつしか私は父のお叱りを聞き流し、脳裏に走馬灯のように流れる彼女と過ごした日々の思い出を噛みしめていた。


 結局関係者への処分として、父王は以下のように命を下した。

 男爵父子は王家に陰謀を巡らしたとして極刑、家は取り潰し。令嬢に誑かされて私を裏切り唆した側近たちは身分剥奪と牢獄への収監は行われたが、家は関わっていなかったとして家族は譴責で済んだ。これらはどんな手を使ってでも、王家に食い込もうとする貴族家への牽制でもあったと思われる。

 そして私は……。


「殿下、本当に一人で行かれるのですか?」

 心配そうに見送る守り役の爺や女官長に、私は笑って答えた。

「そんなに情けない顔をするな。護衛などぞろぞろ連れて歩いたら余計に旅足が遅くなるし、取り巻きたちバカどもはあの通りだ。それに、私が自分で見つけ出して謝罪しなければ彼女を裏切った詫びにはならない」

 父王が私へ下した処罰は、王太子就任の凍結と自力でヨハンナを探して許してもらうこと。本当は王太子の資格は返上する筈だったのだが、弟がまだ幼いので保留扱いになった。

 

 できるだけ急ぐとなると、馬に乗れる必要がある。そうなると騎士や貴族の子弟だが、王の臣下である騎士団を先が判らないのに借りるわけにもいかないし、私に近侍していた者たちはあのザマだ。それに気心の知れない連中をぞろぞろ引き連れて旅をするぐらいなら、自分一人で動き回って一刻も早くヨハンナを見つけたい。

 見送る者たちを置いて城を出た私は馬上で快晴の空を見上げながら、ヨハンナの控えめで儚げな顔を思い浮かべた。

「……私が追い出してから、もう七日の日が経ってしまっている。もしや、行き倒れてしまってはおるまいな……ヨハンナ、どうか無事であってくれ……」


   ◆


 すぐには目撃証言など出てこないかと思っていたのだが、幸運にも最初に着いた村を彼女も通って行ったらしい。

「ええ、ええ、このお嬢様ですよ」

 私が持参したよくできた姿絵を見て、村人たちは好意的な笑顔を浮かべた。

「お貴族様らしいのに、何故か歩いていらっしゃって」

「出荷するお花を、一緒に摘んで下さったんです」

「忙しい時に泣いていたうちの子をしばらくあやして下さって、助かりました」

 いかにも彼女らしい心温まるエピソードを話してくれる人々。あんなことがあってすぐなのに、庶民にも優しく気遣いする様子を聞いて私は涙がこぼれる思いだった。なぜ、あれほど素晴らしい彼女を疑ってしまったのか……。

 村長が村の反対側を指差した。

「お嬢さんはまだ先へ行くのだと仰って、そのまま西へ向かわれました」


   ◆


 次の村でも、彼女の様子を聞くことができた。

「気さくな方でねえ……食事の礼だと言って、村の子供たちにいくつかお話をして下さいまして」

「お嬢さんがちょっと機織りを手伝ってくれてね。都で流行っている綺麗な織模様の入れ方を教えて下さったので、娘たちはもう自分のものにしようと今必死に織り込んでますよ」

 そんな話を嬉しそうに語った老婆は、村の反対側を指差した。

「お嬢さんはまだ先へ行くのだと仰って、そのまま西へ向かわれました」


   ◆


 私が行く先の村々には、何かしら彼女の足跡が残されていた。

 それは微笑ましい子供との交流であったり、村人の生活の役に立つノウハウの教授であったり、困った人に手を貸したという話であったり……控えめであったが実直で物おじしないヨハンナとの思い出を追体験するようで、聞かされる私もついつい時間を忘れて聞き惚れてしまった。


 ……ただ。何日か経つうちに、一つの疑問が私の心中で大きくなってきた。

 どこへ行って話を聞いても、ヨハンナは歩いて来て歩いて出て行ったというのだが……ずっと歩きなのに、馬で追いかけている私が追いつけない。確かに私も立ち寄った村で村人の長話につき合っているのだが、話を聞く限り彼女は私よりよほど腰を落ち着けて村人と交流しているように聞こえるのだが……?

 それに、なんというか……どこへ行っても必ず何かしらの話が残っているのだが、数が多すぎはしないだろうか? 知らないと言われた村がまだ一つもないのだが……。


 そうこうしているうちに、話の内容にもおかしなものが混じり始めてきた。

「そうですじゃ! ホントにお優しい娘っ子でのう……村から離れた野原で行き倒れておったワシを、抱きかかえて村まで連れて行ってくれたんですじゃ!」

「……抱きかかえて?」

 ヨハンナは背丈は人並みにあるが、女性としても結構細い。深窓の令嬢でもあるし、彼女が運動が得意だったなどと聞いたこともない。

「……せめて、背負ったとかではないのか?」

 この老人の言う場所から今話を聞いている村まで、歩けば手ぶらでも一時間かかる。背負って連れてくるのも彼女にできると思えないが、抱きかかえてとなると筋力も持久力も段違いだ。人一人を抱えて一時間以上など、鍛えた騎士でも無理だろう。

「そりゃあんた、間違うなんてことはありゃせんがね! 抱っこと背負ってじゃまるで格好が違いますでしょうが!」

「それは、そうなんだが……」

「七十になるこの年まで、ワシャお姫様抱っこなんぞしてもらった事なぞありませんでしたわ! いやあ、抱きかかえられて可憐なお嬢さんの笑顔を見上げておると、年甲斐もなく胸がキュンとしてしまいましてのう! ワッハッハッハ!」

「なあ、本当にこの娘だったのか……?」

「ええ、ええ、間違いないですじゃ! こんな綺麗な娘っ子、初めて見たでのう。間違える筈もございやせん!」

 私が再度見せた姿絵を見て、老人は迷いのない目で頷いた。


   ◆


 幾日も、幾日も。馬を急がせる私が進むたび、訪れる村々でヨハンナの話を聞く。

「赤ちゃんの面倒を見ていただきまして……おしめを替えるのも嫌な顔一つせず……」

「都で流行りの歌を教えてもらったの! 今、みんなで歌っているのよ!」

「いや、あの雄姿をお見せしたかったですよ! わんこパスタ大会始まって以来の……」

「流行り病によく効く煎じ薬を教えていただきました。村の近くにあんな物があるなんて」

「寝たきりのお祖母ちゃんを見舞ってもらって……マッサージして下さったら良くなって」

「あ~、ドスコイのお姉ちゃんだ! うちの村のレスリング大会でぶっちぎりだったの!」

「羊の毛刈りを手伝っていただきました。人手が足りなくて助かりました」

「おお、このお嬢さんは! あの刀削麺の素晴らしい手さばき、只者ではないと……」

「村が野盗に襲われていた時に偶然いらっしゃって……棍棒一本で奴らを叩きのめし……」


 ……本当に、全部ヨハンナの話なのだろうか。


 どう考えても一人の話に聞こえないのだが?


 トンデモ話に埋もれて普通の話に聞こえるものも、よく考えたらおかしくないか? なぜ高位貴族の令嬢のヨハンナが、薬草やマッサージを知っているのだ? 羊の毛刈りなんて、そもそも羊を見たことがあったのか? 刀削麺とやら、もはや私にはどんな技術なのかすら想像もできないのだが……。


 だけど誰に姿絵を見せても、皆が一様に間違いなくこの娘だと口を揃える。彼女のしぐさや口癖も一致している。そう考えると全部ヨハンナで間違いない。しかし……。


   ◆ 


 おかしな話ばかり聞いたせいだろうか……今度は私がおかしな目に遭ってしまった。

『こいつの服装を見るに、どうやらこの時代の王侯貴族らしいぞ』

『ほう、そいつは珍しい! 珍品は良い値がつくぞ!』

 森の中でいきなり光に包まれると身動きできなくなり、気がついたらおかしな銀色に光る真四角の家の前に転がされていた。

 身動きできない私の前で、体にぴったり張り付いた銀色の服を着た男が二人、興奮しながらしゃべっている。まるで継ぎ目の見えない首から爪先まで覆う服装もこの世の物とも思えないが、不思議なのは彼らの言葉だ。彼らは全く聞き取れない言葉でしゃべっているのに、首から下げている小さな箱が私にもわかる言葉に同時に変換して声を流しているようなのだ。

 山賊のようなのだが、全く理解できない物ばかり持つこの連中は何なのだろうか? 話す内容からすると、人攫いのようだが……。

『労働奴隷の単価が下がっていたところだ。こういう嗜好品も悪くないな!』

『ああ、付加価値を付けたいところだが……何か、身分を表すものを持っていないかな?』

 私の商品価値に嬉々としている男たちは、相変わらず身体がマヒしている私の前にしゃがみ込み、私の懐を探り始めた。そして転がり出たヨハンナの姿絵を何気なく見て……。

『おい、これを見ろ!?』

『なんだよ……これは!? おい、この写真まさか……“鮮血の獄卒犬ヘルハウンド”か!?』

『間違いない! 次元パトロールの狂犬、ヨハンナ・トーレビーだ!』

『こいつは関係者なのか……!? クソッ、ヤツがもう嗅ぎ付けたのか!? 逃げるぞ!』

『おい、こいつはどうする!? 証拠隠滅で殺しちまうか!?』

『転がしておけ! 身内に手を出された時のヤツのイカレぶりは語り草だぞ!』

 慌ただしくおかしな犯罪者たちが銀色の箱に入っていくと、変な金属音がして巨大な箱は空中に浮き上がった。そして呆然と見ている私の前で、いきなり空中で消え失せてしまう。

 しばらくして身体の自由が戻ってから付近を探してみたが……あの金属の山小屋みたいな物の跡地で草が踏み潰されていた以外、遺留物は何も残っていなかった。


「今のは、夢だったのか……?」

 草地に存在した証拠が残っている以上、夢ではありえないのだが……全く理解できない出来事だった以上、私には白昼夢としか思えなかった。


   ◆


 自分の身に、おかしな出来事が起きたのを現実だと肯定するのには理由がある。それはなぜかと言うと、一回ではなかったからだ。

『いや~辺境惑星の環境調査に訪れた先で、まさか恩人の旦那さんに出会うとは!』

『全くだな、宇宙は意外と狭いものだ。ハハハ』

 キノコの傘の下にミミズみたいな触手を何本も生やした奇怪な生物が、私の前で談笑している。正直私も笑うしかない。


 先日の連中と違い友好的だが人間の形をしていないこのキノコ状生物は、ばったり遭遇した私をどうするか相談している間にまたもやヨハンナの姿絵を発見してしまった。そうしたら何故か大喜びし、私を彼らの巨大な皿を伏せたような屋敷に招待したのだ。

『いやしかし、旦那さんは過日のE654星域会戦には参加されておられないのですな』

『奥様の雄姿をご覧になっておられぬとは、もったいないことをしましたね』

 彼らはしきりに残念がっているように見えるが……そもそもキノコ生物の表情もわからないし、この通訳をしている魔法の道具は正しい翻訳をしているのだろうか? 私は婚約者と言ったのだが“旦那さん”と言っているし。それに何より、彼ら? の話が突拍子も無さ過ぎて……。

『あの時我が星は完全に戦線を押し込まれており、援軍に駆けつけてくれるキセノン星域連邦軍も間に合わないと思われていました。外骨格生命体連合の猛攻の前に、もはや陥落も目前だったのです』

「はあ……」

 彼らが出してくれたお茶らしい物を前に、私はバカみたいな相槌を打つ。ヨハンナ? の手柄話を教えてくれる前に、この容器の開け方を教えてくれないだろうか?

『そこへ駆けつけてくれたのが奥様だったのです! 間に合わせるために高速艦艇のみを抽出して最大戦速で戦場へ到着した奥様の艦隊は僅か六万隻。それも弱武装の偵察艦や高速巡航艦のみです。トーレビー中将は戦場へ到達した勢いそのままに、連合の主力戦列艦部隊四十七万隻の中心部へ突入されまして……一撃で友軍も一万隻を失いましたが、敵も司令部を中心に四万隻が被弾、指揮系統が麻痺した事で我らにも挽回のチャンスが生まれました!』

 興奮して八本の触手を振り回すキノコ。こういうしぐさは人種? が違っても共通なんだなあ……と私はぼんやり考えた。横のキノコもしきりに傘を上下させる。

『私は残念ながら会戦には参加していないのですが、奇跡の逆転を成功させた“紅蓮の若獅子”の座乗艦「アコンカグア」が我が軍の母港へ入港した時に出迎えの人混みの中におりました。先頭を切って敵艦隊の中心へ突入された中将の旗艦は満身創痍で、命中していれば爆沈してもおかしくないタキオンエンジンの周囲に大破孔が三か所もあって……いやもう、今話していても鳥肌が立ちます!』

 緑に赤の斑点があったキノコが青に黄色へ変色したのは鳥肌が立ったらしい。


 しかし武勇伝やキノコの色より、私は気になる事があった。

「あの……その活躍をされたのは、ホントにヨハンナで……?」

 私とヨハンナは、婚約が決まってから折に触れて顔を合わせていた。特にある程度成長してからは、ヨハンナも王妃教育が始まったので三日と空けずに城へ来ていた筈。どこの世界だかわからないが、彼らの言うような過去を持っているとはとても思えないのだが……。

 大興奮のキノコたちは私の言葉にピタッと動きが止まり……数瞬の間をおいて、激しく上下し始めた。

『またまた旦那さん、ご冗談を! いや、確かに現場にいませんとあの大戦果はにわかには信じられないかもしれませんな!』

 話の規模の問題では無いのだが。

『ハハハ! キセノン星域連邦軍三百億の将兵の中で、あのような果断な戦いができるのは“紅蓮の若獅子”ヨハンナ・トーレビー中将以外にいるものですか!』

 彼らがヨハンナ? を高く買っているのは話しぶりからわかるが、通訳する道具はさっきから単位を間違えていないだろうか?


 私は日の暮れかけた森の中で、空高く浮き上がって高速で飛び去って行く巨大な円盤を見送った。

 首を傾げる私に、彼らはブロマイドとやらがあると言って空中に幻のような姿絵を表示して見せた。写っているのは、見たこともないおかしな服を着たヨハンナ……そう、確かにヨハンナだった。しかも最近の。

 私はもう見えなくなった円盤が消えた空を見上げたまま、キノコたちの話をどう理解したものか考えていた。


 ただ、今はそれよりも……。

「あいつら、土産物をたくさん持たせてくれたのは良いのだが……何に使う物なのか、用途がわかる物が一つも無い……」


   ◆


 私、アーノルド・ヨハンソンはこの国の第一王子だ。


 私は今、他人の悪意に踊らされた私に追放されて一人さすらう婚約者を追いかけている。愚かな私のせいで、不慣れな市井を彷徨う彼女。一刻も早く見つけ出し、彼女の前に額づき許しを乞わねばならない。

 しかし彼女の足取りを追うのは簡単ではなく、なかなか追いつくことができない。私自身も旅慣れているとは言えない。危険な目に遭う事も多く、現に今、私は森の中で狼の大群に囲まれている。

「グルルルル……!」

 鋭い牙を剥き出しにしながら、包囲の輪をじりじりと狭めて来る狼たち。そんな彼らに、私はなんとなく確信を持ちながら懐から出した姿絵を見せた。

「……キャインッ!?」

 怪訝そうな狼のボスがヨハンナの絵を見た途端……恐怖の表情で跳ね上がり、しっぽを丸めて逃げ出した。私は狼が目を丸くするのを初めて見た。

 部下の狼たちにもボスのパニックは伝染し、我先にと全力疾走で駆け去って行く。森で最強の王者たちは、たった一枚の姿絵であっと言う間に姿を消した。


 私、アーノルド・ヨハンソンはこの国の第一王子だ。 

 私の間違いで追放してしまった婚約者を何としても探し出し、跪いて許しを乞いたいと二か月ほど旅を続けている。彼女が許してくれなくてもいい。どうか、私が心から謝罪していると気持ちを示したいだけなのだ。

 心細い旅を続けている筈の彼女を一刻も早く見つけ出したい。その気持ちに偽りはない。

 ……ただ、最近……本当に再会したいのか、自信が無くなって来た……。

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