第06話 悪役令嬢まっくろけ

 第二王子カルロは、転入生メリナ嬢への虐めに自分の婚約者ジョバンナが関わっていたとして婚約の破棄を通告した。自分の運命が暗転するとも思わずに……。


   ◆


「ジョバンナ・マリーニ! 私は貴様との婚約を破棄し、司法の手に委ねるために拘束する!」


 唐突に行われた第二王子カルロの婚約破棄宣言に、騒めいていた大広間は一瞬で静まり返った。

 会場の真ん中にいるマリーニ侯爵家の令嬢と、彼女を睨みつける第二王子とその彼女。周囲は慌てて距離を開け、三人の周りにはぽっかりと空間ができた。


 いったい何ごとなのか? 周りが興味津々に見守る中、不意打ちで婚約を解消された美しい令嬢は訝しげに眉を顰める。

「殿下、いきなり何をおっしゃるのでしょうか? 急にそのような事を言われましても」

 怒りと侮蔑を浮かべた王子は、婚約者の言葉をはねのけた。

「心当たりがないとは言わさんぞ! 貴様が今までしてきたことはすでに調べがついているのだ!」

 自分を指さし罵声を浴びせる王子と、彼にすがりつき同じく睨んでくる可愛らしい少女に、侯爵令嬢は困惑を隠せない。

「そうおっしゃられましても……私が何か致しましたでしょうか?」

「ふざけるな!」

余計に逆上した王子は内ポケットから書類を取り出した。

「私はこのメリナ嬢が受けた様々な嫌がらせを調べていくうちに、その裏に貴様がいる事を確信した。彼女はこの学園に編入してきてからの一年の間に、所持品を盗まれたり壊されたりしただけでなく、裏庭に呼び出されてリンチを受けそうになったり階段から突き落とされたりした。この通り、呼び出された時の手紙もきちんと証拠として掴んでいる!」

「そんな! 私は身に覚えがございません」

 否定するジョバンナに、カルロはさらに言い募った。

「それだけではない! ここからが本題だ!」

王子は掴んでいる書類をめくって二枚目に移った。

「貴様の所業を調べていくうちに、貴様の悪行はメリナへの暴行だけではないのがわかった!」

「と、申されますと?」

あくまで判らないという態度のジョバンナに、カルロは密偵からの報告書を突き付けた。

「貴様の動きを探っているうちに、王都で起こる数々の犯罪行為に貴様とその部下が加担していると確信したのだ! 今調べがついている物だけでも営利誘拐に人身売買、違法娼館の経営に麻薬の密売! さらに大手商会や各職能ギルドへ、みかじめ料を恐喝する複数の犯罪ギルドのバックに貴様の影がちらついている!」

「まあ」

「特に地方都市と王都とを結ぶ違法物資の流通には、貴様のマリーニ侯爵家の家紋が関所の検問をすり抜けるのに使われているのを確認しているのだ!」

「あらあら」

「これらの事と表に出ている事件を照らし合わせると、この数年間に不審死した司法関係者や警吏、予審判事を務める貴族が多数いたことも判明した! 誰もが皆、脅迫に屈せず犯罪組織を追った者達だ。これらの事実を掴む間に、私が放った密偵も三人が消息を絶った! もはや事態は明々白々。ジョバンナ、申し開きはあるか!?」

 パーティ会場が静まり返る中、カルロ王子の弾劾の声が大広間に大きく響き……彼が指を突き付ける令嬢に、人々の視線が集まった。




 しばし無言でいたジョバンナ・マリーニ侯爵令嬢は、ややあってため息をついた。

「殿下は……馬鹿でございますね」

 睨みつけるカルロの表情に変化はない。この程度の悪態など予想値の下だ。

「貴様の力で私が怯えるとでも思ったか? ふざけるな。誰でも侯爵家の威光で黙らせられると思うなよ。王子たるこの私が貴様を断罪してくれる! 拘束せよ!」

 カルロの命令に会場の警備についていた近衛騎士達が一斉に動き、肩を掴むと縄を出して後ろ手に縛りあげた……カルロとメリナを。

「なっ!? 何をしている!?」

「きゃああああ!」

 驚愕の表情で縛られている二人の前に、ジョバンナが優雅な足取りで近づいてくる。

「付け加えるなら。禁制品の密貿易と禁止薬物の栽培精製、芸術品や高関税商品の密輸辺りも言えたら満点だったのですが」

「ジョバンナ、貴様あ!」

 王子の雄叫びに眉も動かさず、ジョバンナは広げていた羽根扇子をパシッと畳んだ。

「ホントに殿下は馬鹿でございますね。殿下が演説している間に付近も調べさせましたが、捕り手を潜ませている様子もございませんね。そこまで調べておきながら、なんで私の身柄を拘束するのに信頼できる手勢を用意されなかったのでしょうか?」

 そこまで言ったジョバンナは、にこりと背筋が寒くなるような微笑みを見せた。

「お言葉を返しますが、殿下が怒鳴れば私が怯えるとでも思いましたか? 王家の威光で誰でも黙らせられるわけではございませんよ?」

「き、貴様……」

「今日のレセプション、やけに人数が少ないと思いませんでしたか? 私の身辺に探りを入れてきた“ネズミ”どもを責め立てましたら殿下の動きが判りましたので、私の息のかかった者で会場を固めておきました」

ジョバンナの言う通り、今の出来事を見ても周りを囲む列席者たちに動揺が見られない。

「殿下ももう少しおバカか賢ければ、こんなことになりませんでしたのに。もっと馬鹿でしたら何も気づかなかったでしょうし、もっと賢ければ私にすり寄るにしろ反発するにしろ、それなりの手立てをしてからこの場に臨んだ事でしょう。中途半端に頭が回るのが一番よろしくありませんね」

「ジョバンナ、貴様! 貴族として恥ずかしくないのか!?」

カルロの血の叫びにも、美貌の婚約者は感銘を受けた様子はない。楽し気に小首を傾げ、また羽根扇子を広げて口元を隠す。

「殿下、貴方は部下が命がけで調べてきた報告書を見て何を理解したんでしょうね? これだけやらかしている愛しい許嫁が、いまさら騎士道なんか気にするとでも?」

 ジョバンナが指を振ると、二人を拘束していた騎士たちが猿轡を噛ませる。呻いて暴れる二人は床に転がされ、さらに足も縛られた。

「ドン・マリーニ。こいつらはどうしますか?」

騎士に訊かれ、ちょっと考えたジョバンナは閃いたという風に手を合わせた。

「せっかくですもの、ロマンティックに行きましょう。婚約破棄なんて後々揉めるようなのじゃなくて。愛し合った二人は殿下の婚約に阻まれて結婚できない将来を悲観し、城の堀に身を投げて心中するのです! 悲劇ですね! 美談ですね! 歌劇になっちゃうかもですよ! あ、ちゃんと二人の身体をつないで縛っておいて? 天国に手を取り合って行けるように」

「はっ!」

「それから、先に二人を水に漬けて溺れさせてから堀に投げ込んで。誰かさんみたいに中途半端なことをして、救助されたりやけくそで暴露されてはいけないわ」

「承知しました」

ジョバンナはもう喚くこともできず、涙と鼻水を垂れ流す二人の顔を覗き込んだ。

「そうそう。メリナ様が虐められた件ですけど、ほんとに私じゃないんですのよ? 殿下を逆に調べる過程で、こちらでもその件を把握しました。私の名を騙ってくれたおバカさん達に腹が立ちましたので、足がつかないように拉致してうちの経営の娼館に沈めましたわ……そう、殿下に証言した四人の令嬢たち。あの方々が真犯人でしたの。あ、別に感謝は結構ですわ? 私の名に傷をつけた報いを与えただけですので」

 手下たちに担がれた二人に、ジョバンナは美しく冷たい微笑を見せた。

「それでは殿下、メリナ様。お名残り惜しいですが今生のお別れです。来世はもうちょっと賢く生きられると良いですね。良き旅路をお祈りしますわ」

 美しき闇堕ち令嬢はそう言うと頭を下げ、運び出される婚約者たちを見事なカーテシーで見送った。

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