第4話 婚約破棄……そして誰もいなくなった

 学園の卒業パーティで、王太子は高らかに婚約破棄を宣言する……そこから始まる大混乱。

 大騒ぎの中でハッと気づいてみれば、いつの間にか関係者が消えていて……?


   ◆


「フランチェスカ! 貴様がキャサリンに行った数々の悪行はすべてお見通しだ! この私、王太子カルロスはヨード公爵令嬢フランチェスカ・ヨード・ステッチカルテンとの婚約を破棄すると正式に宣言する!」

 学園の卒業記念パーティで大きな騒ぎが起こった。いきなり卒業生主席の王太子が同級生で自分の婚約者の公爵令嬢に婚約の破棄を突き付けたのだ。

「カルロス様! 連れ添ったこの私より、そのポッと出の卑しい女を信じるというのですの!?」

 豪奢な金髪を縦ロールにした派手な令嬢が金切り声を上げる。それに対して王子が怒鳴り返し、その彼に抱えられるようにしている栗色の髪の小柄な少女が怯えて身を小さくする。

 問題がややこしいのは、王太子と公爵令嬢、途中から編入した男爵令嬢の三人が三角関係になっていたことだ。この令嬢がまた男爵の妾の子で、最近まで庶民として下町で暮らしていたから身分は貴族の中でも最下層と言ってもいい。

 単なる痴情のもつれで決裂したのか、いじめを客観的に断罪したのか?

 本当に公爵令嬢が男爵令嬢を虐めていたのか、王太子の思い込みなのか?

 公爵令嬢が手を出していたのなら身分差をかさに着た虐めなのか、初心者への躾なのか?

 当事者たちの証言しか判断材料が無いのに、彼らはヒステリックに罵り合っているだけ。なので目撃者となった生徒達も学園関係者も、言い分がいまいち判らない。


 そうこうしているうちに、とうとうしびれを切らした王太子が側近に令嬢の拘束を命じた。

「これ以上議論をしていても、コイツから誠意など出てくるはずもない! ジョナサン、コイツを逮捕して修道院へ放り込め!」

「わかった」

「痛い! 何をするんですの!? 放しなさい!」

 王太子の取り巻きの一人である騎士団長令息が公爵令嬢の腕をつかんでひねり上げたことで、会場のさわぎは最高潮に達する。教員が王太子を諫めようとして逆にくってかかられ、生徒の間から『王宮へは知らせたのか?』と囁きが走る。

 騒然とした空気の中、とうとう公爵令嬢は会場から連行され、玄関へと連れ去られた。

「ふん、最後まで見苦しい女め!」

 鼻息荒くさっきまでの婚約者が引きずって行かれた扉を眺め、吐き捨てる王太子。彼女と婚約者であったことなど、今の王太子にとっては黒歴史だ。

「カルロス、フランチェスカを修道院へ連行するのにジョナサン一人だと監視が行き届かないかもしれん。俺も馬を出して同行するよ」

 もう一人の側近である宰相令息、ヨアヒムが剣をしごいた。確かにもし公爵家が途中で奪い返しに来たら、ジョナサン一騎ではいくら武勇があっても守り切れないかもしれない。

「ああ、頼むぞ! ヤツを不心得者として修道院へ放り込まねば婚約の不適合にできないからな」

 修道院に送り込んで手続きしてしまえば、修道女の身分になるので結婚対象として見られなくなる。

「任せておけ!」

 ヨアヒムがひらひらと手を振って頼もしく去っていくと同時に、王太子にしがみついていた男爵令嬢のキャサリンも顔を上げる。

「あ、あの、カルロス様」

「キャサリン、どうした?」

フランチェスカに対する時と正反対にニコニコして尋ねる王太子に、儚げな少女がフルフルと震えながら訴えた。

「すいません、カルロス様……今の騒ぎで、ちょっと気分が悪くなってしまって……控室で休んできてもいいですか?」

「ああ、いいとも! 大変だっただろう、安静にするんだぞ」

「はい」

ふらつく男爵令嬢が侍従に連れられて行くと、王太子はあらためて会場の人々に自分の正当性を訴えた。皆がなんとも答えようがない中、緊急の使いに肝をつぶした王や宰相、公爵など国の重鎮が次々と学園へ駆けつけてきて余計に騒ぎが大きくなった。




 王と王太子の水掛け論が平行線をたどるのを宰相がなだめ、公爵が涙ながらに抗議すれば王が一転して姿勢低く騒動を謝罪し、ふて腐れる王太子を殴らんばかりに王が食ってかかる。

 どうしようもないパニックが続く中、他の人間より幾分冷静な宰相が学校職員を捕まえて当事者の居場所を尋ねた。そこで公爵令嬢がすでに修道院へ送られたことが判明し、もう騒ぎの収拾が付かなくなる。

 公爵が金切り声で悲鳴を上げ、自らの部下にただちに連れ戻すように命じる。一度は会場を飛び出した騎士たちはすぐに戻ってきて、申し訳なさそうに尋ねた。

『どこの修道院か?』と。

 王太子は言を左右してはっきりせず、王に詰め寄られて判明したのが『場所まで指示してない』という驚愕の一言。

 今度こそ半狂乱の公爵が屋敷のすべての人間を出して王都近郊の修道院をしらみつぶしにするように指示すれば、王も申し訳なさいっぱいで王都に駐屯する全ての騎士団と衛兵隊に修道院捜索の応援を命じる。

 学園関係者も含めてわけのわからない騒ぎの渦中で、宰相がもうひとり関係者がいるのを思い出した。

「そうだ、虐められていたという男爵家のご令嬢はどこだ!?」

 王太子ではさっぱりわからないので、そちらからも話を聞かねばならない。

 言われて侍従が走って迎えに行き……一人で戻ってきた。

「さきほどお連れした控室におられません!」

「ならば部屋を間違えたか、別の部屋に移ったのではないか? 探せ!」

 学園の関係者が今度は五人ほど走って行き……さらに時間がかかって全員手ぶらで帰ってきた。

「探しましたが、生徒が休むような場所には全く姿がありません!」

「学園にいないのなら家に帰ったんだろう! 男爵邸に使いを出せ!」

 気が利かない連中に腹を立てながら宰相が公爵令嬢捜索の手配をしていると、さらに驚愕の知らせがもたらされた。

「男爵令嬢はお屋敷にもおられません。男爵によればまだ学校から戻っていないとのことです!」

「なんだと!?」

 さらに凶報が続く。

「王都近郊のすべての修道院で発見できません!」

「馬車の目撃情報がありません!」

「同行したという騎士団長と宰相のご令息たちも行方不明です!」

 どう考えても想像の斜め遥か上を行く情報のオンパレードに、王と公爵だけでなく、宰相や王太子も青ざめた顔を見合わせる。

「なんだ……?」

「何が……どうなって……?」

会場に居残った学園関係者や捜索隊員も、もう何が何だかわからなくて静まり返っている。

 そんな中、学園の職員が走りこんできた。

「あ、あの……!」

「なんだ、誰か見つかったのか!?」

「い、いえ……直接の関係者ではないんですが……」

職員は唾を飲み込み、恐ろしい顔をしている雲上人たちの顔を見渡した。

「公爵令嬢を運んだはずの馬車の御者が、厩舎の飼葉の山の中から簀巻きで発見されました!」


   ◆


 「すいません、ありがとうございました……」

 送ってくれた侍従に礼を言って送り出すと、ふらついていた男爵令嬢キャサリンはピンと背筋を伸ばして扉に張り付き、外の音を探った。

 侍従の足音が消えたのを確認して、そっと扉を開ける。廊下に誰もいないのを確認すると足音を忍ばして走り出し、裏庭を目指した。

 廊下を駆け抜けて庭に通じる使用人室に滑り込むとしっかり鍵をかけ、思い切りよく身に着けている物を脱いでいく。裸になると戸棚に隠していた袋を引っ張り出して、中に入っていた小汚い労働者の服を手早く着た。

 髪もいったんほどき、シニョンに結わえていた髪を高い位置に結びなおして、ハンチングの中に髪を収めた。鏡には、顔さえ見せなければどう見ても少年労働者に見える姿が映っている。

「うーん、胸のないのが役に立つ時が来るとは……と、いけないいけない」

 キャサリンは脱ぎ捨てた貴族としての服をかき集めると袋に詰め込んだ。これが見つかるとからくりがバレるタイミングが早くなるし、旅先で売ればソコソコ金になるだろう。

 袋を抱えて庭に通じる扉から外に出ると、厩舎に飛び込んで馬車の用意をする。一応人間輸送用だけど貴族が乗るとは思えない小汚いヤツをすでに用意してある。抱えてきた袋を車内に放り込むと馬をつないで出発の用意。念のために飼葉の山を崩して捕まえておいた本当の御者の様子を確認した。

「うん、大丈夫だね」

 パーティが始まる前に男性陣がコイツを捕らえて簀巻きにしておいたのだ。顔の横に置いておいた睡眠薬を含ませた綿にさらに薬を足して、飼葉を元通りにかけておいた。


   ◆


 ぎゃあぎゃあ喚く公爵令嬢を掴んだまま、ジョナサンは玄関前で令嬢を送る馬車を待つ。穏便にとしきりに言ってくる学園の職員を適当にあしらいながら待ってると、ジョナサンと自分の馬を引いてヨアヒムがやってきた。その後ろから小柄な少年が鞭を振る一頭立ての小さな四輪馬車が追いついてくる。

 ジョナサンはうるさい令嬢を馬車に放り込むと外から鍵をかけ、御者の少年に出発するように命じた。ヨアヒムから手綱を受け取り、自分もまたがる。

「よし、行くぞ」

「おうよ」

 二人の操る馬はすぐに速度を上げ、馬車に追いつき両側で警戒する位置に着く。馬車もどんどん早くなり、見送る学園職員から見えない距離へと砂塵を巻き上げながらあっと言う間に去っていった。




 いったんは街を横断するかのような方向へ走っていた馬車は、学園が見えなくなるとすぐに郊外へ方向を変えた。両脇の馬は脇をすり抜けて先へ進んでいく。


 街並みが畑へと変わっていく。


 そろそろ人家が無くなるあたりで、先行する騎馬はとある民家の庭先へ入っていった。それなりに形を保ってはいるけれど、この家はだいぶ前から空き家だ。

 到着した二人は納屋の扉を開けて、中に入っていた二人乗りの二輪馬車を引き出した。そうこうしているうちに追いついてきた馬車も庭へ乗り入れてきて、御者は器用に馬を操って切り返しで馬車を後ろ向きに納屋へ入れた。

 御者台から飛び降りた少年、に見せかけたキャサリンは急いで鍵を開ける。

「ごめんねフラン、だいぶ揺れたでしょう?」

「大丈夫よキャシー、これくらいなんでもないわ!」

中から出てきたのは豪奢な絹のドレスに身を包んだ金髪縦ロールの公爵令嬢、ではない。洗いざらしの木綿のドレスにさらりと流した金髪ロングヘアの町娘だった。濃い化粧も落とし、ナチュラルメイクでさっぱりと仕上げた美貌はとても高位貴族には見えない。

「さあ、さっさと準備しちゃいましょ」

「うん!」

 移動の間に着替えも済ませている二人は、男性陣が引き出した無蓋の二輪馬車に脱いだドレスの入った袋を放りこむ。すでに四人分の旅支度は積んである。後は乗ってきた馬車の馬を付け替えるだけだ。

 二人が繋ぎなおしている間に男性陣も着替えを済ませてきた。こちらも貴族な衣装を町人にしか見えない地味な服に変えている。四人ともちぐはぐに見えないように、ちゃんと衣装合わせも済ませているのだ。

「馬具はどうするの?」

フランチェスカに訊かれ、ジョナサンが頭をかく。

「こればっかりは外すわけにいかないからなあ……一応袋とか結わえて偽装はする。途中大きな町で馬具屋があったら売っぱらって安い物に取り換えよう」

「僕らのは結構いい物だからひと財産だからね~。置いていくとバレるけど、はずして運ぶにゃ場所取り過ぎる。使っていくしかないのさ」

ヨアヒムも笑いながら鞍を叩いた。キャサリンが自分たちの脱いだドレスの袋を見た。

「あたしのはすぐ売れそうだけどな~、フランのは胸はガバガバだしウエストぱっつんぱっつんだし、普通の人間が使うには仕立て直さないとね~」

「大丈夫よキャシー、貧乳はステータスだって昔の人が言ってたわ」

「誰だぶっ殺すぞ」

「はいはい、すぐに出発するよ~。王子が真相に気づく頃には国境超えていたいからね」

「あと十年はだいじょぶじゃない?」

「カルロスはな。国が乗り出せばすぐバレる」

 車を替えた一行は、すぐに街道へと乗り出した。人目があるところでは馬車が先を行き、馬二頭が見える範囲で追いかける。たとえ手配書が回っても、服装も馬車も構成も違う。四人が示し合わせて家出したのがわからなければ、一行を見てもだれも気付かない。


   ◆


 学園で御者が発見されたころ、夜通し進んだ四人はすでに国境まで半分以上の距離を走っていた。もうここまで来てしまえば、手配をかけることはできないだろう。


 ガタガタ揺れる馬車の上で、手綱を握るキャサリンが隣に座るフランチェスカに申し訳なさそうに声をかける。

「なんかごめんね、あたしと知り合ったばっかりに。ノンケだったんでしょ?」

楽しそうに前を見つめていたフランチェスカは爽やかに笑って首を振った。

「ううん、いいのよ。私も正直、あの見てくれバカの相手に疲れていたし。あなたに誘われて真実の愛を知ったし」

 ポッと頬を染めた二人は、どちらからともなく顔を寄せるとフレンチ・キスをかわした。

今は並行している馬の上から、ヨアヒムがあきれたようにつぶやく。

「おいおい、今はいいけど通行人がいる所じゃ自制しろよ? 理解がある国はまだ遠いぜ」

「あんたたちもしたら?」

「無茶言うな、お互い騎乗でどうやれってんだよ!」

「どっかの曲技団は馬の上で逆立ちしながら足で樽回しするらしいよ」

「正統派の騎士に無茶な要求すんなよ……」

反対側を走るジョナサンが生真面目な顔のままボソリと言った。

「心配するな、その代わり宿に着いたら激しいぜ」

「だから理解のある国は遠いっつってんだろ……男二人の部屋でヤッテる音が響いてきたら宿にそっこーバレるわ」

一人疲れた顔をするヨアヒムを、頬杖を突いたフランチェスカが見やった。

「だけど……貴方たちとは長い付き合いだけど、まさか二人がそういう仲だとは知らなかったわ」

「こっちにしてみりゃ、バカ王子の許嫁のお前が転ぶとは思わなかったよ」

「バカ王子の許嫁だから転んだのよ。一生アレのお守りよ? ぞっとするわ」

「ちげえねえ」

仲間たちの笑い声を背に、やる気のキャサリンは鞭で馬車の柄を叩いて馬にスピードアップを促した。

「おバカな王子も理解のない親もノーサンキュー!

 旧弊な国も身動き取れない身分ももういらない!

 あたしたちは仲間がたくさん住んでいる六色の虹の国へ行って幸せになるんだ!」

「おうっ!」

 四人の若者は昇り始めた朝日に目を細め、より速度を上げて遥か遠い国へ走り去った。


   ◆


 王都では、未だ状況が把握できない人々が右往左往していた。


 すでに四人(御者に成りすました誰かも入れれば五人)が完全に行方不明なのは確実だった。まさか当人たちがもうすぐ国境に到達するとは思いもせず、今は王都の建物をローラー作戦でしらみつぶしに探している。

「拘束されていた御者が目を覚ましましたが、後ろから襲われて犯人を見ていないそうです!」

「くそっ、手掛かりは無しか!」

「事前に綿密に計画しているところといい、犯罪組織かテロリストが誘拐を行ったのは間違いない! 未だに犯行声明が出ていないのは、金銭目的なのか殺害目的なのか……?」

「あああああ、僕のキャサリン、どこにいるんだぁ!」

「うおおおお、フランチェスカァァァァッ!」

「騎士団長の令息も宰相閣下の令息も、実戦経験が無いとはいえかなりの腕前。数人程度の賊に後れを取るとは考えにくい……」

「そもそも男爵令嬢は学園の中で休んでいたんだろう? となると賊が侵入したことになるぞ!?」

「すると、相当な規模の犯罪結社が存在するという事か!?」

「キャサリィィィンンンンッ!」


 捜索隊が王都郊外の空き家に遺棄された護送馬車を発見するまでにさらに二日の時間がかかる。そしてその頃には、国境をはるかに超えた隣国の奥地で逃亡者たちはのんびり観光を楽しんでいた。

「スケジュールに追い立てられないで、のんびり景勝地を巡るのもいいわねえ」

「そうだな。窮屈な宮廷暮らしとは大違いだ」

「この先の湖畔に温泉があるんだって! 今夜はそこに泊まろうよ!」

「いいねえ。ここの所の疲れを癒すかぁ」


 その頃の王都。

「見つかった馬車にも一切遺留物はありませんでした!」

「くそっ、捜査は振り出しか……」

「こんな場所に捨てられているということは、監禁場所は地方か!?」

「いや、外へ向かったと見せかけて王都へ別の乗り物で戻ったかもしれんぞ!?」  

 見当違いな推理を重ねてバタバタと走り回る捜査員たちの中。やつれ切った王太子は棒立ちのまま叫ぶ。

「俺のキャサリィィィンンンンッ! どこなんだあああぁぁぁぁぁっ!」




 彼らが真実にたどり着くのはいつの日か。

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