第42話 外伝-1 千夏と梓

「ようこそ。占いの館へ。占ってもらいたいことを話していただけますか?」


 タロットカードをシャッフルしていた女子生徒は、千夏に話しかけるのと同じように部屋に入ってきた女子たちに声をかける。


「はぁ? 何あんた。あーしらが用事があるのはこのぶりっ子なんだけど」


 千夏は追手の女子たちを振り返って見ることはなかったが、きっと威圧的な態度を取っているんだろうと予想できた。間違いなく面倒くさいことになりそうだから他人に迷惑をかけるのも良くないだろう。自分だけで決着をつけるべきだろう。と思って女子生徒を見ると、女子生徒は笑顔を見せながら千夏の後ろの女子たちに話しかける。


「恋占でもしましょうか? どうすれば好きな人と上手くいくか」

「えっ? 何? 何、あんた」


 追いかけてきた女子はあからさまに動揺したような声を出す。もしかして、自分を追いかけてきたことを忘れて占いをお願いしようとしているのだろうか? なんてバカバカしいこと。千夏は当初の目的を忘れかけていそうな女子に追いかけられていることの無意味さを感じて虚しくなる。


 このまま、この場は占い部の女子生徒に任せて教室に戻ろう。昼寝をする時間くらいはありそうだから。


 千夏が立ち上がろうとすると、上から肩を抑えられる。立ち上がれないほどの力だ。いきなり殴られないだけマシではあるが、力勝負は望ましくなかった。相手は運動部。こちらはヒョロヒョロの帰宅部。スピードでは負けなくてもパワーでは勝ち目がない。


「何処行こうとしてるの?」

「教室に戻ろうかなって」

「占いの結果を聞いてからでいいじゃん」

「何を占うの?」


 千夏が言うと押さえつけているであろう女子は沈黙する。黙るくらいならそんな事言うなよ。って文句を言いたくなる。でも、それを言うことは危険だってわかっていたから千夏も言葉を発しない。ただただ、時間が消耗されていく苦痛を味わう。


「まあ、占うまでもありませんからね」


 沈黙を破ったのはタロットカードを机に並べていた女子生徒だった。カードをじっくりと見てから千夏の背後の女子に対して鋭い視線を向ける。


「はぁ? 何言ってるのよあんた。何を占うかも分かっていないくせに」

「いえ、分かっています。恋愛ですね。サッカー部のフォワードの先輩と上手くいくかどうかですね」

「えっ? ちょっと待ってあんた。何言ってるの?」


 女子の声はあからさまな動揺を見せる。もう少し、落ち着いたら良いのに。と千夏は考えるが、勿論言葉にすることはない。どうすればこの場から無事に出ることができるかと考えてからうんざりとするだけだ。


「では、過去のカードを示しましょう」


 女子生徒が一枚目のカードを表にすると太陽のカードが表示される。それが何を意味しているのか。千夏が考えていると、女子も同様だったようで質問をする。


「それ、何かいい意味っぽくない?」

「いえ、これは逆位置です。なるほど、あなたが自分勝手故にフラれた。と」

「は、はぁ? あーし、フラれてなんかないから。ふざけるなよあんた」

「では、現在のカードを示しましょう」


 女子の文句を女子生徒は完全に無視をする。相手にするまでもない。って態度ではあるが、女子も続きが気になるのか口を閉ざす。今度こそ良いカードが出てくれとでも願っているのだろうか。自分を押さえつけている力が弱くなっているのを千夏は感じていた。


「そ、それは何のカードよ」

「塔ですね。しかも逆位置ですから、完全に告白は失敗した状態であると言えます」

「いい加減にしろよこのインチキ占い師」


 千夏を押さえつけていた女子は女子生徒に詰め寄る。が、女子生徒は全く動じていない。平然とした表情で首を傾げながら女子を見ている。


「では、未来は見ませんか? 占わないことも大事なことかもしれません。厳しい現実を直視しない方が幸せなように」

「何よそれ。いいから未来とやらを見せてみなよ」

「分かりました」


 女子生徒が最後のカードを机の上で表にした。


「それは……?」

「法王の逆位置です。つまり、自分の気持ちを一方的に押し付けているだけで上手くいかない。と言えるでしょう」

「てめぇ、いい加減にしろ」


 女子が腕を伸ばし女子生徒のブラウスを掴んだ瞬間、女子生徒が一喝する。


「あなたこそいい加減にしなさい! 占いとは予言ではありません。過去と現在、そして未来を知ることで自分の運命を変えることにあるのです。あなたが、先輩に対して自分の感情を押し付けているだけでは上手くいかないよ。と占いが教えてくれているのです。そのことを知った今でも、あなたは自分の気持だけを優先させて他人を傷つけていく気ですか!? そんなので恋が成就するとでも?」

「そ、それは……」


 女子の声には躊躇いがある。自分の強引さとかに気づいたのだろうか。と千夏が内心呆れていると女子生徒が話を続ける。

 

「どうすれば上手くいくか占うことも出来ますが?」

「ほ、ホント? じゃ、じゃあ占ってよ」

「これ以上は放課後でお願いします。千円で受け付けますが」

「せ、千円?」

「無理にとは言いません。ちなみに、私の占いはよく当たるとの噂ですが。先程の占いが全く当たっていないのであればこれ以上占う必要はないかもしれませんね」

「わ、わかったわよ。予約ね。今日の放課後」


 そう言うと、千夏のことを忘れてしまったのか、そのまま女子たちは部屋から出ていってしまう。


「何なの今の?」


 千夏が女子生徒に訊くと、女子生徒は楽しそうな笑顔を見せる。


「さあ。何でしょうね。もしかしたら千波さんに男を取られたと思って逆上をした人たちじゃないですか?」

「重藤さん、何処まで知ってるのよ。つか、どうしてそんなこと知ってるの?」


 千夏が呆れたような声で言うと女子生徒はいたずらを見つかった子供のような表情をする。


「占い師って情報戦なんですよ」


 そう言うと女子生徒はもっと嬉しそうに微笑んだ。

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